第4話 君は『かえで』
化学の授業から始まった転校初日は、気付けば怒涛のように過ぎて行った。
合間の休憩時間や昼休みに氷堂たちが声を掛けてくれたおかげで、色々なクラスメイトと会話することができたし、仲良くもなれた。
ただ、その中で少し疑問に思ったことがある。小祝さんについてだ。
彼女はあれだけ可愛い。
だから、氷堂から紹介されたりするものかとばかり思ってたけど、そんなことはされず、高嶺の花っぽい扱いなのかと質問しても、濁したようなことばかり返されてよくわからなかったのだ。
他のクラスメイト達の反応もイマイチで、避けられている感じ。関わりたくない人みたいな、そんな扱いを受けてた。
そういうことから、クラスでも彼女は当然一人。
休憩時間中も席を外してるか、本を読んでいるかのどちらか。
クラスメイト達のいる教室で声を掛けようとしても、そそくさと俺から逃げるようにどこかへ行ってしまう。
化学の授業の後。あの時は優しく話をしてくれたのに。
訳がわからず、俺は放課後を迎えた。
夕陽の差し込む廊下で一人歩く。
転校初日ということもあってか、帰りのホームルームが終わった後、すぐに担任に呼ばれ、そのまま色々所属委員会を決めたり、諸々の手続きをしたりと面倒事があったわけだ。転校祝いとしてカラオケにでも行かないか、と誘ってくれた氷堂たちの誘いも断った。非常に申し訳ない。
部活にもまだ入ってないし、とりあえず今日はもう教室までカバン取りに行って帰ろう。
そう思い、辿り着いた教室の扉を開いたら、だ。
「あ……」
誰もいないと思ってたのに、一人の女の子がぽつんと自分の席で本を読んでた。
小祝さんだ。
小祝さんがいた。なぜか。
「あ。え、えっと、その、か、帰らないの? 教室、もう誰もいないし……そろそろ陽も落ちてくる頃だけど……」
何か話さないと、と思い、とっさに出したぎこちない問いかけ文句。
少し驚いたような顔をしてた小祝さんは、そんな俺の質問を受け、アセアセと本を閉じながら答えてくれた。
「う、うん。ちょうど今、帰ろうとしてたところです。さっきまで図書室にいたんですけど、誰もいなかったから、少しだけここでもこの本読んでて……」
「そ、そうだったんだ。なら……ごめん。もしかして、邪魔した?」
「そんなことないです! そんなことはなくて……むしろ……き、来てくれたのが敷和くんで安心したというか……」
「へ?」
「あ、い、いえ! 何でもないです! ……なんでも」
言って、赤くなった顔をうつむかせる小祝さん。
今、彼女がなんて言ったのかはハッキリと聞き取れなかった。
けど、薄っすら俺が来てくれてよかったみたいな、そんなこと言ってた風にも聞こえたんだが……これは聞き間違いなんだろうか。
聞き間違いじゃなかったら、こっちも冷静じゃいられなくなる。転校初日だってのに。
「そ、そうだ。思い出したんだけど、俺、ちょっと小祝さんに聞きたいことがあって」
「……? 聞きたいこと……ですか?」
「うん。ちょうど辺りには誰もいないし……今だったら大丈夫かな、と思って」
「あ……。は、はい……」
何か思い出すようにハッとして、少しばかり表情を暗くさせる彼女。
もしかして言っちゃいけないことだったか……? 今だったら大丈夫、とか。
心配になったけど、とりあえず話を進めることにした。ここで止めるのも変だ。
「あ、あのさ、俺、さっきまで担任の福山先生に呼び出されて、そこで色々クラス内の係とか、委員会とか決めてたんだけど、クラス内係でちょうど小祝さんと同じものになったんだよね」
「え……?」
「え、えっと、確か国語係……だったかな。定期テストの時に授業ノートを集める係」
「……」
何も言わず、椅子から立ち上がる小祝さん。
そして、彼女は小走りにこちらへ駆けて来た。
で、前のめりになって顔を近付け、
「ほ、ほんとですかっ……? 敷和くん、私と一緒の国語係になったんですかっ……?」
「う、うん。ほんと。ほんとなんだけど、きょ、距離が……」
「はわぁ~……! 嬉しいですっ……! 一緒に活動できるんですねっ……!」
言いながら、俺の手を取って喜んでくれる小祝さんだった。
目を輝かせ、嬉しそうに頬を緩ませる彼女。
そこまでの反応をされると、こっちも凄く嬉しいし、あり得ないくらいドキドキする。
それにしても、どうして彼女はここまで俺と一緒にいれることへ対して喜んでくれるんだろう。特に何かをしてあげたって訳でもない。
それこそ、昔からの顔馴染みってわけでも……。
「あの、敷和くん」
「は、はい」
「その……今って放課後……ですよね?」
「う、うん。そうだね」
いきなりおずおずと上目遣いする彼女。どうしたんだろう。
「予定は……ありますか?」
「予定?」
「は、はい。誰かと遊ぶとか、家族と何かする予定がある……とか」
俺は手を横に振った。そんなものない。あるわけがない。いや、福山先生に呼ばれなかったら氷堂たちとカラオケに行ってただろうけど。
だったら、と小祝さんは続けてきた。
「少し……私と一緒に帰りませんか? 懐かしいところ、見て回って」
「え……?」
「私、『かえで』です。昔、夏樹くんが転校するまでよく一緒に遊んでた、あの男の子みたいな」
そう言われて、俺の周りのすべての時が止まった気がした。
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