第3話 傷付いた彼女は優しく笑って
理科室への道中、俺は氷堂たちからある程度教室の場所などを教えてもらった。
保健室とか、職員室とか、その他もろもろ。
授業前だし、行ききることのできないところは口頭で場所を説明してもらう。
ただ、そこは実際に歩いたわけじゃないし、どんなルートを辿って行くのか自分で見たわけじゃない。完璧に理解することは難しかったけど、まあわかったって感じだ。
「ありがとう。授業前だってのに丁寧に」
「いやいや。そんなかしこまらないで。俺、当然のことをしたまでだし」
氷堂が手をひらひらさせながら言うと、一緒にいた橋上さんたちが彼にチョップし、
「自分の手柄みたいに言うなし。アタシらも一緒に回ってたでしょ?」
「それもごもっとも。ごめんな、敷和くん。俺たち、だ。俺たち、当然のことをしたまでなのでって風に訂正」
ペロッと舌を出し、そう言ってみせる氷堂。
俺は「了解」と苦笑し、理科室へと入った。
室内では、勝手がもうあるみたいな感じで、クラスメイトのほとんどが席に着き、ガヤガヤと談笑してる。
四人一机みたいな感じだ。
とりあえず全体を見渡す。
その中に……いた。小祝さん。
向こうの方。隅っこの席でちょこんと座り、何をするわけでもなく一人でややうつむきながらいる。
彼女は誰とも話していない。
他のグループメンバー(?)は何やら楽しそうに話してるのに。
「ん。君、もしかして今日転校してきた生徒かい?」
突然横から話しかけられ、ドキッとした。
白衣に身を包んだ若々しい女の人。
「私は一年の化学やらを担当してる阿久津。よろしく」
「あ。よ、よろしくお願いします。敷和です。敷和夏樹って言います」
先生か。そりゃそうだろうけど。
「うん。よろしく。敷和だね。覚えた」
にっこり笑みながら頷き、俺の肩をポンポン叩いてくる。
それを見て、傍にいた氷堂たちは「あ~」と声を上げた。何だ、その茶化すような視線。
「みっちゃん先生、イケナイんですよ~? 若い子に手出しちゃ~」
「そーそー(笑) まだ先生の本性知らないからってすぐ接近するの良くないと思いまーす(笑)」
「未成年淫行だ、未成年淫行(笑)」
言われ、阿久津先生はやや顔を赤くせながら、
「バッカか君たちはァ! 未成年淫行なわけあるか! 手なんて出してないし!」
わかりやすく動揺して反論してた。
未成年淫行て……。なんつー冗談だよ。……冗談だよね?
「わかんないっすよー。先生だし(笑) また先週末もアプリで知り合った人とデート行ってきたんしょ? どーだったっすか?」
氷堂がニヤニヤしながら聞くと、阿久津先生は苦し紛れに視線を斜め下に向け、「失敗だった……」と小さな声で言う。
すると、みんなして「ほらほら~(笑)」なんて風に盛り上がるわけだ。やめてやれよ、そういう煽り方するの……。
「で、でも、私自身の魅力は上がってきてるはず! 男性に良いと思われるような所作、言葉遣い、そして外見的なことも含め!」
「外見的なことは下り坂なんじゃ? 三十路なんだし」
「そ、それ言わないでくれよ! 橋上さん! 先生泣くぞ、ほんとに!」
確かに泣いていいと思いました。
クリティカル過ぎだろ。外見的魅力は下り坂、とか。
たぶん俺が阿久津先生の立場なら号泣してる。生徒にいじめられたって。
言い方きついっすよ、橋上女王……。
「ま、まあ、先生からかうのはそれくらいにして、君たち早く席に着きなさい! もう!」
「はーい(笑)」
言って、ぞろぞろ決められてるであろう自分たちの席へと座り始める氷堂たち。
俺は……わからなかった。どこに座ればいいのか。
「あ、あのー……。阿久津……先生?」
「……? どうかした、敷和くん?」
「俺の席なんですけど、どこに座れば……?」
問うと、阿久津先生はハッとした。
そんで、少し背伸びしながら全体を見回し、
「申し訳ない。君の席、考えてなかった。悪いんだけど、今日は一番端のあのグループに入れてもらってくれないか? 次には考えてくから」
なるほど。お前の席ねーからってやつか。いや、そこまで大袈裟ではないんですけど。
テキトーなことを考えつつ、阿久津先生の言った端の方の席を遠くから見やる。
もしかして、あそこか?
「端ってあそこですか? あの、俺たちから見て一番右の」
「そうそう。あそこに入れてもらってくれ」
了解だ。理解したことを伝え、俺は一人で既に出来上がってる集団の元へ行く。
しかし、まさかまさか。二度もこんな展開になるとは。
小祝さんのいるところへ行け、と。
「……えっと……ごめん。先生からここに入るよう言われて来たんだけど……」
言われた机に辿り着き、おずおずと言うと、
「お! 敷和くん! いいよいいよ、座って座って!」
場を取り仕切ってるっぽい、メガネをかけてる快活な男子に歓迎され、俺は椅子へ腰掛けることができた。
場所は、ちょうど小祝さんの隣。
やっぱり彼女、俺が近付くと何か言いたそうにジッと一度は見てくるんだけど、しばらくしてまたプイっと別の方へ向いてしまう。
声を掛けたいのだが、他の人たちもいるし、そうもいかない。
しかし、よかった。メガネ男子くんもそうだけど、他の人たちもいい人そう。とりあえずは安心だ。
「じゃあ、授業始めるぞー!」
阿久津先生の声掛けと同時にチャイムが鳴り、俺たちは開始の挨拶。
この学校に来て、初めての授業が開始するのだった。
●〇●〇●〇●〇●〇●
化学の授業は、特に問題なく終わった。
進行度としては、思ってた通り前の学校とそこまで変わらず、心配することも無さそう。
なんとなく上手くやれそうな気がして一安心だ。
で、まあ、授業が終わり、俺は一つ決心したことを行動に移そうと思った。
小祝さんに声を掛けることだ。
けれど、彼女は授業終了のチャイムが鳴って、挨拶が終わったと同時に荷物を手早くまとめて理科室から出て行く。
一番乗りだったもんだから、クラスメイト達も小祝さんの後ろ姿を見ながら指さして何か陰口を言ってた。
何か訳アリなのかも。
察せる部分もありつつ、俺も荷物をササっとまとめ、理科室を出る。
氷堂たちにも声を掛けられたが、やんわりと躱し、小祝さんを追いかけた。小走りだ。
「あ、あの! ちょっと待って!」
そこまで距離は走ってない。
教科書類を抱きかかえるように持ち、スタスタと歩く後ろ姿の彼女を呼び止める。
すると、小祝さんはピタッと足を止めてくれ、こっちへ振り返ってくれた。
不安と期待と、どこか嬉しさのようなものが見え隠れしてる、そんな表情で。
「あ……。え、えっと……そのっ」
しかし、だ。声を掛けたものの、何を話すのかはまるで考えてなかったことにここで気付く。
ヤバい。考えろ。話題話題話題話題話題……!
「……様……でした」
「……へ……?」
小さい声で何かを言われる。
疑問符を浮かべると、彼女は恐る恐るにっこり笑い、
「お疲れ様……でした。ここに来て……初めての授業……」
「――! あっ、は、はいっ! そ、そうですね! ははは! そ、そちらこそお疲れ様です!」
なぜに敬語……?
言いながら思うものの、話が続くのなら何でもいい。ぎこちなく笑い、頭を掻いてた。もっと考えとけよ、ほんとさ……。
「授業の進み具合とかは……大丈夫でした?」
「う、うんっ。全然。思ってた通りっていうか、想定外ではなかったっていうか。一安心だった」
「そうですか。なら……よかった」
微笑み交じりの表情で、優しく言ってくれる小祝さん。
元の美貌も相まって、天使……いや、女神のように思える。
やっぱり違うな。楓はこんな感じじゃなかった。そもそも男だったし、元気いっぱいって奴だったから。
「そ、その、授業もいいけど、文化祭とかもそろそろなんだよね……? なんか、今準備期間だって聞いたんだけど……」
「はい……っ。文化祭も……そろそろです。私は……ちょっと出席するかわからないんですけど……」
「え。そうなの?」
体調的なことだろうか。
勝手な見立てで悪いけど、確かに彼女病弱そうではある。声も細々してるし。
「……です。ちょっと……体調的に優れなくて……」
「そ、そっか……。ごめん。だったらこんなこと……」
「い、いえっ……。そこは謝らないでください……っ。私は……嬉しかったので」
「え?」
「あなたに……声を掛けてもらって……」
相変わらず優しい眼差しと声音でそう言って、胸に抱えてた教科書をギュッと強く抱きしめる小祝さん。
その時、俺は思った。
もしかしたら、この人が世界で一番可愛いのかもしれない、と。呑気にも。
実際に彼女が今どんな目に遭ってるのか、なぜ文化祭を欠席しようとしてるのか、本当のことは何も知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます