3. Εξοδος
僕は幸せなはずだ。
「正しい」「ソフィア」に選ばれ、「正しい」使命を受け、今まさに人類の最前線に邁進している。
これは本来劣等遺伝子が混じった「ナチュラル」には試みる事さえ不可能に近い、挑戦自体が偉業な事だ。
そこに参加している自分が幸せでない筈は無い。
もしそう感じるなら、それは何かが「正しく」ないからだ。
そして今、僕には自分の幸せに対する「疑問」が生じている。
何かが「正しく」ないのかも知れない。
何がーー?
サバオートは太陽系を脱出し、順調に目的の恒星系に向かっており、まも無く到着する。
亜光速航行と冷凍睡眠を組み合わせたタイムカプセルになった方舟は、僕やΩが寝ている間もセミ・テラフォーメイションの準備を着々と実行しており、それは起床時に確認できている。
僕とΩの遺伝子を組み合わせた次世代の人類たる我が子は360になり、その育成も問題ない。我が子等の内、どれだけの数が新たな環境に適合するかは未知数だが、シミュレーションでは8割は超えるだろう。
そもそも配偶者を見つける事さえ絶望的だった僕にこれだけの「子供」ができたのだから僥倖と言う他ない。
冷凍睡眠中の筋力低下も疑似1G区画のおかげで一定以下に留まっている。
何も問題ない。
何がーー?
いや、1つ、気になることはある。
Ωの事だ。
「ソフィア」が選んだ最高の伴侶であるべきΩはしかし、どうも僕の事を避けている気がする。
出会った当初こそ親密な距離を取っていたΩだが、冷凍睡眠の交代を繰り返す度、次第次第にその距離が遠くなっている気がする。
Ωは「デザインド」の中でも特に優秀な遺伝子を持ち、育成環境にも恵まれ、アカデメイアではそのポテンシャルを遺憾無く発揮してきた人材だ。
それから見たら、僕の様な中途半端な能力しか出せていない「ナチュラル」等取るに足らないモノだろう。
いや、それどころか、本来なら接点すら生じ得ない「異生物」かも知れない。
現に、当初は一緒に行っていた冷凍睡眠後の食事会も、僕の食べ方が汚いだとか、自分と会話する気がないだとかの差別的な発言をして段々と回数が減り、ここ最近は全く行わず、ただ航行記録の交換だけ行う状態になっている。
食事会だけではない、筋力維持トレーニング等も今では全く別に行っている。
僕の方としては、「ソフィア」が選んだ「正しい配偶者」なのだから、何とかコミュニケーションを取ろうと、慣れない笑顔や会話を頑張ったつもりなのだが、Ωには「ソフィア」の使命に従う意思は希薄らしい。
この前等はサプライズと共に親密感を示すべく後ろから忍び寄り、笑顔で声を掛けたのだが、唐突に振り向くと纏めた長い頭髪で僕を打ち据え、そのまま0G区画へ跳び立ってしまった。
Ωは「ソフィア」に与えられた使命を侮辱し、冒涜しようとしているのだろうか?
それとも、「ソフィア」の使命が如何に偉大で尊貴な事なのか理解できない程、人間性や認識能力に問題があるのかも知れない。
だとしたらそれは大変な問題だ。
それこそ、僕の幸せを阻害している「何か」の可能性は高いな。
そうだ、今度双方の親密性を高める為にも「ナチュラル方式」の繁殖行為も行ってみよう。
この前提案した時は、こちらを見もせず重力区間に入りハッチをロックしてしまった。
「デザインド」にはショックだったのかも知れないが、「ナチュラル方式」もまた「地を充す」手段として与えられた物なのだから、多様性を得る為にも試みる価値はあるだろう。
何故かΩは最初それを嫌がり、行動直前で僕の胸を蹴り付け、肋骨が折れてしまった。
でも、「ソフィア」の使命に対する試練に違いない。僕がΩを導いてあげないと。
その時、館内にアラートが鳴り響き、モニタに警告が表示される。
「培養装置の緊急パージ及び緊急脱出艇への移動。30秒後、脱出艇の緊急射出」
モニタにはそう警告が表示された。
警告に横に緊急連絡窓が開く。
「あー、ハロー、アダム?こちらユーリ、聞こえるかしら?」
そこにはΩの顔が映り、Ωの声で話しかけてきた。
相変わらず顔と声は美しい。
「聞こえてたら嬉しいんだけど、まあ特に話がしたい訳ではなくて、伝えたいだけだからこのまま伝えるね」
言葉だけはいつもフランクなのだ。
「私としても歩み寄る努力はしたつもりなんだけど、どうもあなたは自分の事しか見てないみたいで、それだと2人で居住拠点を確保してもその持続可能性に疑問が持たれるから、私は自分1人でこの子達を育てることに決めました」
僕の子供達だろ?
あまりの事に口から言葉を出せない。
「これに関しては当初あなたに相談しようかとも思ったんだけど、あなたはいつも私の話なんて聞いてないみたいだし、何度話しても自分から変わるつもりもないみたいだったから、勝手に決めちゃいました。それはごめんね」
何を言っているのだろうか?
理解も追いつかない。
僕が混乱していると、緊急脱出艇が射出され、通信が途絶えがちになる。
「それじゃ、目的地自体は同じでしょうから、私は先に行ってるね。もし会えたら、その時は宜しく」
ノイズが段々と激しくなり、Ωの方舟は射出されると着陸軌道に入っていった。
僕は幸せなはずだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます