2. Κιβωτός

 僕は幸せだ。


 決して恵まれた遺伝子状態に産まれた訳でもなければ、遺伝・能力的に成果を発揮したこともなく、優良遺伝子プールに入れる見込みも薄い僕ではあったが、しかし、プログラマネオガイアの一員として「ソフィア」に選ばれ、今新天地に向かい航行しているのだから。


 この誉れは勿論、僕自身の不断の努力も影響はしているのだろうが、それ以上に僕の生得的遺伝情報が「次の地球」にとって望ましいものであった、と言う僕の両親もまた浴すべきものだし、今は僕自身も感謝している。自然交配と言う時代錯誤で不安定な方法を採用する様な愚行はしたが、それが今回は結果的に良い方向に出たのだから。


 いや、正直に言えば、僕は「ソフィア」に選ばれる迄、もっと言えば、このキボゥトース型巡航艦6番艦「サバオート」で外宇宙に出る迄、僕は両親を恨んでいた。

 何せ、「ソフィア」やその窓口に確認する事すらせず、しかも劣情に負けた時代遅れの「自然交配」によって僕を「排出」してしまう程愚かな両親なのだ。

 僕がアカデメイアに入る迄、或は入った後も、そんな下らない劣情の結果である事が、きちんとした理性の成果である「デザインド」に対する劣等感を呼び起こし、僕をどれ程傷付けたか。

 僕の両親には、そんな当たり前の事にさえ及ばない程想像力が欠落しているのだ。


 だが、正にその「デザイン」されなかった事による不確実性の故に、僕の遺伝子には他の「デザインド」には無い「ナチュラル」故の優位性があったのだ。

 そして、この世を正しく管理する「ソフィア」には、その偶然の産物こそ、人類が外の宇宙に飛び出す橋頭堡の礎として相応しく映ったのである。

 しかも、個々の方舟キボゥトースの中核となるΑアルファとして。


 これは僕の人生を文字通り一変させた。


 僕のそれまでの人生は「劣等遺伝子」の為に、仮令アカデメイアを卒業したとしても、それ程明るい物ではなかった。

 いや、そもそも「ナチュラル」がアカデメイアに入れた事自体珍しいのだが、これは「デザインドだけの環境では多様性に欠ける」と言うアファーマティブアクション、謂わばお情けの範囲の中で、偶々僕の成績が上の方にあったからに過ぎない。

 勿論、僕は僕なりに努力した。

 しかし、同程度の努力量や環境なら、どうしたって遺伝的に有利な「デザインド」には敵わない。

 まして、僕の両親は劣情に負けて「ナチュラル」を生んでしまう程度の教育環境、つまり、環境的要因でも僕は最初から「デザインド」から見れば遅れがあるのだ。

 そんな能力的に遅れのある者の就労環境や給与水準等、高が知れているし、婚姻も難しい。

 それも、運良く「ナチュラル枠」に入れれば、だ。

 大抵は社会的底辺とその管理労務で終わり、「ナチュラル」同士の後先考えない婚姻と出産を除けば、異性との関係や、まして繁殖等望めない、謂わば「働き蜂」の一生が見えている。


 そんなどうしようもない、いっそ生まれてこなければ良かった様な僕の一生は、しかし「ソフィア」の慈愛によって転換したのだ。


 勿論、「ソフィア」にはそんなつまらない感情が有る訳もなく、はいつだってビッグデータを基にした「正しい」判断を下すだけだ。

 つまり、僕の存在や誕生は「正しかった」のだ。


 そして、そんな「正しい使命」を帯びた「正しい」僕には、遺伝子的に「正しい配偶者」が選ばれる。

 Αから最も「多様な遺伝子」を引き出せる可能性を持ったΩが。


 僕は最初、このΩと会うのが怖かった。

 幾ら「ソフィア」が選んだ「正しい配偶者」であろうと、それ迄の僕の経験から言えば異性は恐ろしい物だった。

 嗤い、嘲り、傷付ける、そう云う存在でしかなかった。

 偽の魂に侵された悪魔的存在。

 それが僕にとっての「女」と云う物だった。


 しかし、Ω(ユーリと名乗ったか)はそれ迄の「女」とはまるで違った。

 キラキラ光るさらさらとした髪は輝き、その青い目は透き通っていた。

 僕を憐れみも、蔑みも、傷付けもしない。

 優しく微笑み、僕の手を取ってくれた。


 僕の暗く沈みうねうねと曲がった髪や、レンズを通してやっと世界を認識できる不完全な目とはまるで反対の、まるでアイオーンをそのまま物理世界に移した様な存在は、とても眩しかった。

 それが、僕の「正しい配偶者」なのだ。

 「ソフィア」はいつだって正しいのだから。


 この「正しい配偶者」と共に、僕は人類の新たなフロンティアへ進むのだ。

 このこのキボゥトース型巡航艦6番艦「サバオート」で。

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