第43話 我、騙される

 ただしが我として異界の悪魔を倒してから、我の生存を喜ぶ人間達が多かった。

 投げ銭は飛ぶし、サブスクも増えた。

 この世界の基盤が大分構築されてきたのではないかと思う。


 我の力ではないのだがな、いや我ではあるのだが。

 ええい、集中できん。


 外に散歩に行こう。

 我はいつものジャージに着替え、日光の差す街へと出かけていった。


 初めは驚いたものだが、さすがに慣れてきた光景を横に歩を進める。

 装いも改めた、ボサボサで前が見えないような髪を綺麗に切りそろえた。

 美容院でおススメのカットをしてもらい、美容液も欠かさない。


 こんな手入れをしなくても、整っていた我の姿に感謝したい。

 人間とはここまで手入れをしなくてはその姿を保てないとは思わなかった。


 あとこの世界の女性は綺麗な者が多い。

 化粧が一般的なのだろう、貴族と見間違えるようだ。

 しかし肌の露出が多いものも多い、これは慣れぬことだ。


「あの~ちょっといいですか」

「え……あ、はい」


 なんだ、ふんわりとした女性に話しかけられ、我が狼狽えている。

 ええい、しゃきっとせい! 配信の時のお前はどうした!!


「今絵画の個展をやっていまして、興味はありませんか?」


 ふむ、この世界の芸術品か、興味があるな。


「……いいですよ」


 我は女に連れられて個展へと歩いていく。

 このような手狭なところに芸術品とは、随分と慎ましいな。


 ふ、これでも美術品には嗜む程度の理解はある。

 我の目にかかればその価値を言い当てるなど造作もない。


 ふむ、そういえばこの世界に来てからそういったものに触れる機会がなかったな。

 体を鍛えることと配信、ベロラントで時間がつぶれていたからな。


 我は連れられてきたところに並ぶ絵画をみて愕然とした。


 なんと、なんて精巧な絵だろうか。

 まるで実物を切り取ったようなものだ。

 素晴らしい、この様なものがこんなところにあるとは、今日はいい日かもしれん。


「その絵画に興味がおありで?随分と熱心に見ているように見えますが」

「あ、その、いい絵だなって」


 きっと高名な画家が書いたに違いない。

 我の稼ぎでは到底手に入らぬものだろう。


「お目が高いですね、これはかのエンデルバーグが描いた作品で、後世も語り継がれている作品なんですよ」


 やはりな、我が目に狂いはなかったようだ。


「この作品百万円は下らないんですけど、この絵の価値を分かる貴方にこそ相応しいと思うんですよ」

「百万円……ですか、ちょっと、難しいです」

「でも……もったいないチャンスですよね、分かりました。特別に三十万円のローンでお譲りしましょう。頭金は十万円でいいですよ」


 十万か、頭金というのがよく分からない三十万でこの絵が買えるのであれば安いな。


「あの、ローンってなんですか」

「ああ、ローンですか、分割払いですね、最初に十万を納めていただいたあと、月々一万で二十か月、お支払いいただければいいという契約です」


 なんと、便利なものだなローンは。

 毎月一万ならなんとかなるだろう。


「では、この契約書にサインを」


 契約書か、書く機会があるとはな。

 存在は知っていたが、字が細かいな。

 まあいい、とりあえず名前を書けばいいのだろう?


 野中正、と。


「はい、ありがとうございます、それで頭金の十万円ですが今頂いても」


 手持ちはある、ちょうど先日銀行から降ろしてきたばかりだ。


「はい……」

「ありがとうございます、その絵画は後日郵送しますね。住所をここにお書きください」


 我は言われた通りに住所を書いた。

 これであの薄暗い部屋も少しは明るくなるだろう。

 いい買い物をしたな。

 この世界に来て、一番高い買い物をして我は浮かれていた。



 後日、絵画が届いた。

 我は良子達に自慢しようと届いた絵画を手にリビングへと向かう。


「皆の者、どうだ、この絵画。素晴らしいと思わないか?」

「また変なもの買って……」


 母上、これはいいものだぞ。


「え、急にどうしたの、ん~私芸術には興味ないから。ていうかどうしたのそれ」

「なに、美術展をやっていてな、アンケートに答えたら紹介されたので出向いたのだ。そこで本当なら百万もする絵画を三十万で手に入れることが出来たのだ。頭金で十万払って残りはローンだ」

「……お兄ちゃん、契約書とかある?」

「ん?ああ、どこかにあると思うが、どうした?」

「今すぐそれ見して」


 どうしたのだ? 呆れたように我を見て。

 我は部屋に戻り、契約書を探しリビングに戻った。


「あーもうクーリングオフの期間過ぎてる……、間に合わなかったね」

「ご愁傷様」

「? なんのことだ?」

「詐欺だよ詐欺、その絵にそんな価値ないよ。よくある絵画商法ってやつ」

「だが我の審美眼は確かにこの絵は精巧だと……」

「別に精巧に書くのなんてそこらの美術大の生徒でも出来るし、どうしちゃったの?美術品に興味なんてなかったのに。それにしても三十万か……ローン頑張ってね」

「この絵が簡単に書ける? なんの冗談だ」

「そんなに自信があるなら、え~っとちょっと待って、絵画鑑定っと。ここに聞いて見るね」


 いいだろう。我の肥えた眼力で選んだ絵だ。

 高値がつくだろう。


 良子は送られてきたケースに絵画を戻し、絵画鑑定の郵送先に電話をして絵画を鑑定に出した。

 後日結果が届くとのことらしい。


 まあそれはいい。

 いい買い物もしたのだ。

 今日は楽しく配信が出来そうだ。



 数日後、鑑定の結果が出たと良子に言われ、その結果を見に行く。





 千円、贋作






 ん? 間違いか? 贋作? 千円? 何を言っておるのだ。


「ほら~はあ、まあもう買ったから、部屋にでも飾っといたら(笑)」


 良子に鼻で笑われ我は膝をついた。


 ……騙された? 我が?

 姑息な人間に……なんということだ。


 人間とはこうも醜いのか、いや分かってはいる。

 一部の人間にはこういったものがいることは。

 魔王がいなければ、人間同士で争うとしている国もある。


 しかし、実際自分が被害を受けるとは。

 人間の醜悪さを目の当たりにした我はただただ悲しかった。


「我が守ろうとしている人間……」


 その価値が本当にあるのだろうか?

 少し疑ってしまう自分がいた。

 いやこれはただしに引っ張られているに過ぎん!

 人間にもいいところはある。

 あるであろう。




 自信を失った我だった。

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