第41話 中国拳法
「ご主人様、勝ちましたよ」
「ああ、でも殺しちゃだめだよ、相手もう気絶してたじゃん」
「でも、息の根を止めるまで油断するなって」
「だから殺しちゃだめって! ここではね、実戦ならいいよ」
「はい」
微妙にしょんぼりとしたハクを置いて、次の呼ばれた俺が闘技場へと姿を表す。
「前回ミルクを圧倒した謎の新人、ヴェルの登場だぁああああ」
「そして迎え撃つは、この闘技場で未だ不敗、気功の使い手メルベル!!」
気功?
あの中国拳法みたいなやつか?
いいのか? 相手の情報ペラペラしゃべっちゃって。
強者の余裕ってか。
相手が反対側からゆっくりとその姿を表す。
いかにも拳法してますってって感じの衣装、カンフー風な衣装に身を包み、髪を後ろで結んでいる中年くらいの男。
体は引き締まっているが、ミルクに比べると随分小柄だ。
これで最強?
人は見かけに寄らないって言うし、気功の使い手だから攻撃力も防御力も高いんだろ。
これ勝てるかな、別に負けても困りはしないんだけど。
さすがに未知すぎるので、俺の賭けはなしにしておいた。
これで負けたらアホすぎる。
「それでは構えて、始め!」
審判の合図と共に試合が始まった。
相手は、動かない。
こちらに先手を譲ってくれているようだ。
それなら、俺は足に力を込めて、一気に詰め寄り顔面に右ストレートを放つ。
「なにっ!」
相手はそれを軽く片手で受け止めると、手首を回して勢いを吸収しつつ俺を投げ飛ばす。
俺は空中で一回転して相手から距離を取る。
強い……。いくら人間状態とはいえ、あの反射神経に厄介な体術。
力押しでやってきたヴァンピには苦しい。
それならそっちが拳法を使うって言うなら、こっちはにわか仕込みの柔道がある。
体育で習ってるし、妹の試合でも見たそれなら、こちらの世界にはない。
幸い、ミルクと戦った時、俺の体はよく動いていた。
勝機があるならそこだ。
俺は相手の襟を掴もうと接近する。
そこに、相手の攻撃が割り込んでくる。
鋭いパンチが俺の頬をかすめる。
避けた! 後は掴めば!
「はっ!」
メルベルが声を発したかと思うと、俺は吹き飛ばされていた。
こちらが襟をつかもうとしたところで、こちらに背中を向けてそのまま体当たりを食らった。
ゲームじゃないんだからよ!
それにしてもいてえ。
骨に異常は……なし、あったらこっそり回復魔法使うけど。
俺は向くりと立ち上がり、全身の埃をぱっぱと落とす。
相手は、また待っている。
彼の流儀なのか知らないが、追撃はしないようだ。
出来なかったか?
まあいい。
俺はちょっと安直につかみにいきすぎたかなと思い、攻撃の中に織り交ぜるように相手の隙を窺う。
俺とメルベルとの殴り合いが始まった。
俺の拳を綺麗な所作で受け流す相手に、俺は割と防御出来ずに食らっていく。
このままでは俺は負けるだろう、しかし掴んでしまえば、その一縷の望みに賭け耐えしのぶ。
それになんだか、相手の攻撃が痛くなくなってきた。
これは……力が戻ってきている!?
相手と撃ち合うたびに、体の芯にある力の源でもいうのだろうか、それが増幅されるのを感じる。
そうか、強者との戦いで体の内に眠るヴァンピの闘争本能が蘇ってきているのだろう。
俺はこの時、この試合の勝利を確信した。
だってこのまま続けていけば相手は体力切れを起こす。
対して俺はどんどん強くなっていく。
相手もさすがに不思議に思ったのか、いくら殴っても効いてる感じのしない俺に対して距離を取る。
「これだけ攻撃しても倒れないのは貴方が初めてですよ」
「そうか? 貴様の攻撃が貧弱なだけであろう、なに、あと少しだ、最後まで付き合ってもらおう」
「ふざけたことを!」
相手がこちらに向かってくる。
あと少しだ、それで俺は完成する。
その油断を相手は見逃さなかった。
両の手をこちらに平らにして向けたかと思うと、それを真っすぐ大砲のように打ち出してくる。
「波動砲!」
それ、別のゲーム!
ていうか魔法じゃないのこれ!?
気功ってなんでもありかよ。
俺は急に飛んできたなにかの塊を両手で体を守るように亀のような姿勢をとる。
来る!
波動砲は俺のガードを弾き、腹へと命中する。
俺はそれを抱え込むように後ろへと滑っていく。
「うおおおおおおお」
踏ん張る足が焼けるように痛い。
あ、靴の底が消えた。
それでも波動砲の威力は衰えない。
俺は壁際まで追い詰められ足を壁につけ、耐える。
そしてその塊を弾くように上に投げつける。
「おらっ!!」
「きゃーーーーー!」
「あぶねえぞ」
「避けろ避けろ、天井から瓦礫が落ちてくるぞ!」
観客たちが自分たちに危険が及ぶと判断し、避難口や出入口に殺到する。
そして俺はこの塊に覚えがある。
これは魔力の塊、あの悪魔が使っていたものだ。
つまり相手はそれに準ずるもの、例えば
「魔族……か」
俺がぼそりといった言葉を聞き逃さなかったのか、メルベルがその険しい顔をさらに怒りの表情へと変える。
「つい、ムキになってしまったな。まあいい。ここでの情報収集はすんだ。後はお前を倒しておこうか、魔王様への障害足りえるからな」
「ふふ、我を倒す、か。この姿を見てもまだそんなことが言えるかな?」
観客はもうこちらを見ていない、見ているのはデビアイちゃんとハクだけだ。
我先にと逃げ出す人間達を気にする必要はない。
「配信を開始します」
魔族との戦いが始まろうとしていた。
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