第39話 闘技場(配信あり)

「それでは、欠場の選手に変わり、急遽参加が決まった新人、ヴェルの登場だああああ」


[ヴェル?ヴァンピじゃないのか?]

[なんで偽名?]

[てかここどこ]

[人間状態じゃん]

[格ゲーは無理]


 目の前の画面にコメントが流れる。

 ここでヴァンピなんて使ったら素性バレバレだよ。

 ヴェルだって偽名としちゃ怪しい部類だ。

 もっといい名前があったかもしれないけど、俺のアホな頭は安直なのだ。


 俺は闘技場に続く廊下を抜ける。

 そこで対戦相手であろう敵が来るのを待つ。


「対するは、その巨体から繰り出されるパンチで幾多の敵を屠ってきた、闘技場の番人、ミルクだああああああああ」


 うおおおおおおおおおおおおと歓声が響く。

 え、もしかして結構強いやつくるの?

 やだなあ、負けないとは思うけど痛い思いしたくないよ。


 そう思っていると、目の前の廊下から2メートル近い巨大な男が現れた。

 何がミルクだよ。

 そのおっぱいから絞り出せるのかよ。


 無差別級っすか!?

 この世界に階級なんてものを考えたのがおかしかった。

 まあ魔物殺せばそこそこ強くなるし、対格差なんてあってないようなものだけど。

 でかいは強い、それはこの世界でも間違っていない。


[でっっっっっ!]

[これ負けましたわ]

[人間形態で勝てんのこれ]

[しかも素手っぽいけど、武器無し縛り?]


 これはね、安全に殴り合いをする場所だからね。

 何を持って安全とは聞かないでくれ。

 刃を潰した剣での戦いの方が安全だとか思うよこれ。

 素手って何気に危ないからね、目つぶしとか関節決めたりできるし。


 俺の姿を見たミルクがキョロキョロと周りを窺うように話しかける。


「ん~、どっかから迷い込んできちまったか? ここはもやしが来るところじゃねえぞ」

「……もやしだと? 誰のことを言っているのかな?」

「お前以外いるわけねーだろ!」


 げらげらと笑うミルクに俺は宣言してやる。


「今日も我の姿を見に来たのか、暇な奴らよ。我は―――、我がヴェル、只のヴェルだ! 今からこの木偶の坊を倒して見せよう、よく見ておくといい」


[ほんと口だけは一丁前だよな]

[前魔法使われて逃げてなかったっけ?]

[前口上だけは安定してるな]


 やっぱりこれを言わなきゃ配信始まった感じしないんだよなあ。

 俺って根っからの配信者だったのかもしれん。

 今更気付いても遅いな、もっと真剣に成りきってたらよかったのかなあ。


「舐められてるぞーミルク!」

「今日もお前に賭けてるんだぞー負けんなよ」


 観客から嘲笑と共に歓声が上がる。

 対するミルクは顔を少し赤くしている。

 意外と短気か?


「その顔、ぐちゃぐちゃにしてやるからな」

「ふ、出来るのならばな」


 無理無理、いくら弱体化してるとはいえ俺はヴァンピだぞ。

 こんな地下でくすぶっているような奴に負けるわけがない。

 精々俺の投げ銭と掛け金の糧となってくれ。


「両者構えて―――、始め!」


 開始の合図とともにミルクが一直線に向かってくる。

 これはまっすぐいって右ストレートだな。

 明らかに力の入った右腕を見て俺は確信する。

 カウンターで顔面に入れたら余裕かな。


[迫力すげえ]

[でも人間だろ?]

[ヴァンピなら余裕っしょ]


「ふん!」


 案の定ミルクから放たれる力任せの右の拳、遅い。

 まだハクの方が早い、力は多分こいつの方が上だけど。

 俺はそれを首をコキッと鳴らして避ける。

 そして腰を入れて相手の顔面にカウンターの右ストレートをぶち込む。


「ぷげらっ!」


[カウンター入ったああ]

[今どきぷげらって]

[万国共通だろ]


 俺の体格を見て大したことないと思っていたのだろう。

 予想外の攻撃に相手がその場に崩れ落ちる。


 あれ?吹き飛ばなかったな。

 それに意外と固い。

 俺は自分の右手を見る。

 そこには相手の返り血だけではなく、切り傷が浮いていた。


 俺の皮膚が切れた!?

 馬鹿な、この程度の相手に俺の皮膚が負けただと。


「いってえな、ちくしょう」


 俺が困惑していると、ミルクがゆっくりと立ち上がる。

 それなりのダメージを食らったようだが、まだその足はふらついていない。


「そんな軽い攻撃、何発食らっても問題ないぜ」


 虚勢だ、さすがに何十発も食らわせれば倒せるさ。

 倒せるよな?


「だが、認めてやるよ。お前はそこそこ強いってな」


 そういうとミルクがステップを踏み始める。

 前世でいうボクシングのフットワークのようだ。

 そこから先程の鈍重な攻撃とは違い、素早いパンチが放たれる。

 ジャブのようなそれは、必死に避けなければいけない速さだった。


[あれ?ヴァンピ押されてね?]

[この男、強い]

[なんか苦戦してるけど]

[いつもの余裕はどうした]


 余裕がねえんだよ!

 人間形態してる時点で分かれよ!

 吸血鬼になれる状態じゃないんだよ!!

 どうせならもっと有益な情報寄こせ。


[相手の下半身弱そう]

[ボクシング相手ならタックルしちゃえば余裕]


 キックボクサーだったらどうするんだよ。

 責任取れよ。

 俺はいくからな。


 俺は下半身にタックルする機会を窺いつつ、必死に相手の攻撃を避ける。


「おらおら、避けてばっかじゃ勝てねえぞ」


 クソっ! 言わせておけば。

 殺す。いや殺しちゃダメだけど。

 倒す。


 俺は相手の少し大振りになった左ストレートを掻い潜り、相手の足に向かって飛び込む。

 膝蹴りは、来なかった。

 そのまま相手を倒して、相手の腹の上に馬乗りになり、マウントポジションを取る。


「形勢逆転だ」


 俺は相手の上から顔面に向かって拳を振り下ろす。

 ガードの上から何度も何度も、しかし相手は守りを固めて耐える。


「こんなもんかよ」

「ふむ、存外丈夫だな」


 うーん、このまま続けてても勝てそうだけど、見栄えも悪いし面倒くさいな。

 よし、極めよう。


 俺は殴るのをやめ、相手の左腕を掴むと、体を半回転させて、左腕を股の間に挟む。

 そして左腕を内側に捻り、関節を決める。

 関節技の対処方法を知らないのだろうか。

 タップをせず苦しむ相手。

 しょうがないな、これは折るか。


 俺は迷いなく相手の腕を折った。


「ぐあああああああああああああ」


 ミルクの絶叫が響く。

 うわ、腕が逆に曲がってる。

 ぐろぉい。

 俺がやったんだけど。


 あれ、観客もドン引きしてない?

 やりすぎちゃった?


[うわ]

[げ]

[普通に痛い]

[モザイクなしかよ]


 リスナーも引いてて草。

 俺もちょっと引いたわ。

 

「しょ、勝者ヴェル!!!」


 継戦能力がないと思われたのか、審判が俺の勝ちを宣言する。

 ミルクはまだ蹲っている。

 ごめんよ、高名な人に見てもらうといい。

 綺麗に折れたからすぐくっ付くと思うよ。多分。


「配信を1分後に終了します」


 俺はデビアイちゃんの宣言に別れの挨拶を行う。


「今宵は少し刺激的だったな、これから少し気を付けるようにしよう、ではな」


[ヴァンつ~]

[あれ、もう終わった?]

[ひどい試合だった]


「配信を停止しました」


 まあ勝ったし、なんかパワーアップした感じもする。

 これ人間倒していけば力取り戻せるっぽいな。

 野盗を探してもいいけど、もっと効率的な方法を考えよう。


 あ、あと賞金と掛け金。

 しっかり貰わないとな。

 俺は闘技場からしっかりお金を受け取り、その場を後にした。

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