第38話 配信は戦いの前から

「バーボンを、ロックで」

「はあ?何の酒だそりゃ、葡萄酒ならあるよ」

「それで構わない」


 俺はなんとなくそれっぽい感じで賑わう酒場に来て酒を注文する。

 気分でバーボンとか言ったけどそりゃねえわ。

 

「あいよ」


 俺は店主が持って来た葡萄酒をちびちびと飲みながら、周りの人間達を見渡す。

 バカ騒ぎをしているやつらに、静かに酒を飲むやつ、そしてカウンターでいかにも怪しそうなフードをかぶった男。


 定番だろこれ。

 裏の事情知ってますってやつ。


 俺はそいつに近づき、金貨を一枚ピンッと指で弾いて目の前に落とす。


「これは……?」

「前金と言ったところかな、なに、色々と詳しそうな人間がいたのでな」

「そうか……まあ座れ」


 フードをかぶった男、ノリスと名乗った。恐らく偽名だろうけど。


「で、何を知りたい」


 話が早くて助かるね。


「少し、入用でな、金になることを探していてな」

「真面目に働くのが一番だと思うが、まあないとは言わない」

「例えば?」

「この都市の地下でやっている裏闘技場がある。そこでなら多額の金が動く、賭けも盛り上がっている。腕に自信があるなら参加してもいいぞ」


「目立たないか?」


「実はここの領主が関わっていてな、黙認されているんだ。騒ぎになることもない、それに地下全体には幻惑の魔法が掛かっていて、観客たち同士はもちろん、対戦相手の顔も偽装されている、把握してるのは幻惑を看破する魔道具を持った関係者だけだ」


 う~ん、ちょっと人間の汚いところが見えるけど、お金が欲しいし、なによりこの体で実践を積むことでヴァンピとしての力を取り戻せそうなんだよなあ。


 そこらのごろつきに負けるつもりもないし、ここはいっちょ参加してみようかな。


「次の開幕は一週間後だ、入口の一つは、ここだ」


 男はそういうと、酒場のバックヤードを指す。

 なるほど、図らずも目と鼻の先にあったようだ。


「情報、感謝する」


 そういって俺はもう一枚金貨を取り出し、男へと渡す。


「毎度」


 そう言って男はまた酒を飲み始めた。

 酒っぽく見えてるだけで水だろうな、素面っぽかったし。

 さて、一週間後か、それまで時間があるな。

 俺はその間を有意義に過ごそうと考えた。


 次の日、シルバー達に周囲の魔物を狩るように指示を出すと、街を出てひらけたところでハクと手合わせを行った。


 山籠もりをしている最中にバックにあるアミゾンギフトの食料を食べたおかげか、やせ細ったからだは幾分かよくなり、ふくよかとまではいかないが普通の体型へと戻すことが出来た。


「それじゃあ、俺からは何もしないから、攻撃してきてみて」

「わかりました」


 そう、ハクの戦闘力の向上である。

 眷属となった以上、戦いの場に出ることはあり得る。

 俺は慈善事業で隷属させた訳ではない。

 それに自分の力で生きていくことが出来なければ、俺がいなくなった後も辛い思いをしてしまうだろうしな。


 俺死ぬのかな? 不死だったらいいのか悪いのか。

 あり得ないことだから体験してみるまで分からないけど、そのうち発狂しそうだなあ。

 何故! こんなにも人間とは醜いのだ!

 とか勝手に失望して人類滅ぼそうとか言い出すなこれ。


 ヴァンピは人間に何かしらの希望を持っているけど、人間ってかなり醜いし、汚いと俺は思っている。

 全員がそうじゃないのは分かっているけど、結構な割合で人間って下衆だなって思うよ。



「はっ!」


 ハクの攻撃が始まる。

 元々頑丈だったのか、あれだけやせ細っていても人狼ワーウルフに変身すると力が出たように、人間の時でも彼女の力は強い。

 それにこの一ヶ月で充分な栄養を得たことで、そこそこの強さを得ている。


 まあそれでもヴァンピにかかれば、余裕、かな?

 動きはよく見える。

 体もまあまあ動く、この分なら今の俺の強さに追いつかれるのは相当後になるだろう。

 それはそれで困るなあ、もっと強くなって俺を守ってほしいのに。


 そうだな、ハクも闘技場に出てもらうか。

 まずは俺が出て、安全そうならいい経験になりそうだ。


 俺はハクの強さを確認すると、シルバー達と同じように街付近にいる魔物を狩り始めた。

 さすがに街付近は警備が行き届いているのか、あまり魔物と遭遇することはなかったが、少し奥の森に入ると、ゴブリンやコボルト、スライムといった低級な魔物と出会うことが出来た。


 それをハクの鋭い爪が次々と刈り取っていく。

 そうだね、強くなるにはそうするのが一番。

 たくさん魔物を倒してどんどん強くなろう!


 治安は守れて俺達は強くなる、いいことだな。


 闘技場での催しが開催されるまでの間、俺達は少し奥の森や山に入り魔物を狩り続けた。

 シルバー達とハクは結構強くなった感じする。

 俺?

 俺はあんまり、やっぱりよくわからないなあ。

 早く元に戻りたいよ、とほほ。


 闘技場が開催される当日、俺はハクを連れて先週行った酒場に向かった。


「酒はいらない、食事はムール貝の蒸し焼きで、ああお手洗いはどこかな」」

「……そこの裏手だ」


 よくわからない隠語を店主と交わし、俺は地下にある闘技場へと足を踏み入れた。


 おお、結構でかいな。

 中央で戦っているのは素手の人間同士のようだ。

 内観は小さなコロッセオのようになっており、観客たちが上から声援を送っている。


「おら! そこだいけ! お前にいくら賭けたと思っている」

「魔法や剣は派手ですけど、こういった素手での戦いは泥くさくていいですね」

「ほら、腹ががら空きだぞ!」


 野次だな。

 声援なんていいもんじゃないわ。

 それよりも、俺も参加してもよさそうだな。


 自分で出場して賞金を貰い、自分に賭けて掛け金も手に入れる。

 俺の完璧な作戦だ。


 ハクに俺が出たら賭けるように伝える。

 これはハクを眷属にした時から出来るようになったのだが、念話のように相手に意思を伝えれる。

 これのおかげで遠く離れた王都にいる鼠達とも連絡が取れるようになった。

 所詮鼠なので大した意思疎通は取れないが。

 

 でもシルバーやハクとのやり取りには非常に重宝している。


「じゃあ行ってくるね」

「はい」


 ハクに別れを告げ、ホールにいる店員に参加したい旨を伝える。

 ちょうど欠員が出ていたらしく、そこにねじ込むことが出来た。

 そうだよね、事前に言っとかないとだめだよね、あぶないあぶないラッキー。


 俺は内心バクバクしながら、闘技場に呼ばれるのを待った。

 そして控室で待っていると声が掛かる。


「ヴェルジー、出番だ」

「了解した」


 ふーと息を吐き、控室から闘技場の中央に続く道を進む。


「配信を開始します」


 俺の後ろにいるデビアイちゃんの結構聞きなれた声が聞こえてきた。

 まあまあ、決闘だし、俺は落ち着いてるよ。

 でもこれじゃあ路上の伝説だよ?

 いいの作っちゃうからね、地下の伝説。


 実況の前説が聞こえる。


「それでは、欠場の選手に変わり、急遽参加が決まった新人、ヴェルの登場だああああ」


 さて、軽くひねってやりますかね。

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