第16話 我、一旦鍛え終える

 我が配信を休止すると決め、己を鍛えあげることを宣言してから一ヶ月。

 ついにこの時が来てしまった。

 配信をつける日、我の成長を皆に見せる日だ。


 結局体は思ったより鍛えられず、出っ張っていた腹はいくらか萎んだし、筋肉も付いた。

 しかしまだまだ道半ば、これからも鍛錬は必要だろう。

 これは当たり前だ。

 人間というものがそんなにすぐ鍛えられていれば苦労はしない。


 ベロラントはいまいちだ。

 ランキングは一番下のアイアンを抜けてブロンズにまであがったが、以前ただしのいたシルバーまで到達することは出来なかった。

 それでも約束は約束だ。

 一度姿を見せねばならぬ。


 我はふとネットにある自分の銀行口座の残高を見る。

 これがこの世界で生活していたこやつの収入源だ。


 我の全財産、先月分の広告料が振り込まれている。

 あと投げ銭というやつもだ。

 一体いつ入ったのか見当はつかない。

 そしてこの世界の通貨の価値を考えると、この生活を質素ながら暮らせる程度にはお金が入っていると言えるだろう。


 あと何やら届け物もあった。

 じゅるじゅるとした液体、携帯食のような固形物、透明なものに入った水だ。

 記憶によれば全て食料のようだ。

 われが顔も知らぬ視聴者から送られてきたものらしい。

 なんと情け深いことか。


 この一ヶ月で随分と奴の記憶を探り、様々なことを知ることが出来た。

 もうネットサーフィンも出来るし、まとめサイトの巡回も欠かさない。

 ニュースも見れるしテレビのザッピングもお手の物だ。

 

 我はこの世界にかなり順応したと言っても過言ではない。

 知識と知見が合わされば造作もないことよ。

 ただ、知っているのがこやつの記憶頼りというのがいささか心許ない。

 それを補うために、毎日検索サイトで言葉を入力しては情報を集めている。

 知らない単語を調べ、ニュースを見て国勢を気にする。

 一般的な市民として当然持っている知識を必死に身に着けようとしたのだ。


 我は孤立していたただしを思い浮かべる。

 我は孤独を愛していた、はずだ。

 孤立ではない、孤独なのだ。

 自ら進んで一人になったはずなのに、孤立しているこやつの姿を思い浮かべると胸が痛い。


 我は本当に孤独だったのだろうか。

 ただあの世界から孤立していただけなのではないか?

 だからこの様に世界から爪弾きにされてこちらに転生したのではないのか?


 我は少し陰鬱な気分になった。

 しかし今から配信なのだ、もうZ(旧ツブヤイター)で配信の告知も出している。

 

 我は気を取り直して配信の準備をしてカメラを起動させる。

 配信の仕組みも理解した。

 我は仮の姿で、いやヴァンピール・ド・ヴェルジーの姿でみなの前に立っているのだ。


 我は配信開始のボタンを押す。


 配信画面にコメントが流れ出す。


[ヴァンは~]

[待ってました!]

[一ヶ月長かったねえ] 

[これが噂のヴァンピ?普通じゃん]

[今日はゲームしよ]


 ふむ、視聴者数が千人か。

 前回この数字が百当たりだったのを考えると、どうしたことだろうか。

 この一ヶ月で何か起こった……?

 特にZ(旧ツブヤイター)でつぶやいたこともないし、我の状況を把握しているものはいないはずだ。

 ベロラントの戦績を見られていたか?

 それでも見に来る人々が増える理由には繋がらない。


 まあ考えても仕方あるまい。

 待たせたな、我を望む者たちよ。


「ヴァンは~、今日も来てくれてサンキュー、始める前にちょっとだけ。これから配信時間が短くなって時間も変更になります。夜の7時から12時まで、皆早く寝るんだぞ」


[うんうん]

[分かった~リスケするね]

[早く無双してくれ]

[またベロラントする?]


 我は告知をしてから一ヶ月の成果を見せようとベロラントを起動する。

 腕が鳴る。

 何度も見たゲーム画面に力を入れて挑む。


「一ヶ月お待たせ。まだまだ弱いけど、一か月前とは違う俺の姿を見てくれよな!」


 我は対戦開始の表示を押す。

 しばらくすると対戦相手とマッチングした。

 使用するキャラを選び、ゲームがスタートする。

 見るがいい、我が腕前を!






 Lose


 初戦は負けてしまった。

 だが今日は調子がいい、三連続キルも出来てしまった。


[おし~次もがんば]

[なんだ、普通のゲーム配信か]

[次はスナイプする]


 反応は芳しくない。

 そもそもそこまで強くなっていないのだ。

 きっと見ているものも落胆しているのだろう。

 すまない、我の見通しが甘かった。

 半年ほど時間を取れば、きっともっと上にいけていたであろう。


「う~ん、負けちゃった。次行きます!」


 見ておれ!次こそは!

 我は気合を入れなおし次の対戦へと向かう。





 Victory


 よし!勝ったぞ、しかもMVPだ!

 どうだ見ていてくれたか皆の者。


[ヴァンピつよ~]

[一か月前より全然強くなってる]

[鍛えてて偉い]

[次はスナイプ成功させる]


 ありがとう、ありがとう。

 嬉しいものだな、自分の努力が認められるというのは。

 いつも日影で暮らしていた頃とは大違いだ。

 ここには称賛がある。我を認めてくれる存在がいる。

 ああ、やはり我は孤独を愛してなどいなかったのだ。

 心に蓋をしてそう思い込ませていただけ。


 認めよう。

 我の承認欲求が強いことを。

 前世では陰に潜み陰を狩っていたが、本当はその輪に入りたかった。

 我は人間が好きなのに、どうしてこのような状況になっているのか。


 分かっている。吸血鬼と人間が相容れないことなど。

 だから諦めた。

 しかしここではもう我は人間なのだ。

 思う存分交流するとしよう。


「今回は勝てました~、いや~まだまだ前みたくに強くないけど、今後も定期的にやっていくんで良かったら見ていってね」


 その後も我は配信を続け、勝ったり負けたりを繰り返した。

 ランキングはブロンズから上がらなかった。

 視聴者も二百人ほどに減った。

 最初がおかしかったのだ。

 二百人もの人間が我を見ている。

 その現実の方が我は嬉しい。


「それじゃあ今日はここまで、最後まで見てくれてありがとう、ヴァンつ~」


[ヴァンつ~]

[結局今日はバトルはなしか]

[また待ってるね~]

[スナイプ成功した、勝ったよ]


 我は流れてくるコメントを眺めながら配信を停止する。


 久しぶりの配信は中々に楽しかった。

 ベロラントもまだまだだが、今後もっと強くなれる予感がある。

 ここでも鍛えれば鍛えただけ効果が出る。

 努力は裏切らないのだ。


 我はここに宣言する!

 もっと多くの人に我の姿を見させてみせるぞ!!






「お兄ちゃんうるさい!!」

「すまぬ!」

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