第15話 我、鍛え続ける
我が初めて勝利の一部になれたと感じた日から一週間ほど経った。
肉体の鍛錬は、朝の散歩はウォーキングに、腕立て伏せや腹筋なども加えるようになった。
回数は少ないが、しないよりはマシだろう。
ベロラントの方も順調だ。
明らかに敵を倒す回数が増えてきた。
まだチームの勝利数は増えてこないが、確実に上達しているのが分かる。
幼少期に戻ったようだ、あの頃は何かもが新鮮で難しかった。
体の使い方も、魔力の練り方も一からすべて教わった。
……いや、過去のことはいい。
それよりも今は前だけを向く。
あの日、自分の師でもある男を殺してから、後ろは振り返らないと決めたのだ。
一週間やって気付いたこともいくつかある。
例えばランキング、このゲームにはランキングというものが存在し、自分が今どれくらいの強さであるのか、というのが可視化されるようになっている。
我がいるのは一番下のアイアンというクラスだ。
すまない。
我が不甲斐ないばかりに。
あとむやみに突っ込んではいけないということ。
我はとにかく敵を殲滅させようと、まっすぐ走っては敵と会敵し、一番先に戦闘を始めていた。
しかし、それではダメだと気付かされた。
視界が急に見えなくなる魔法や、煙幕で塞がれたり、壁によって味方と両断されたりもした。
一旦敵の様子を窺い、敵の行動を見てから動く。
これが基本なのだと、親切にチャットで教えてくれたものがいた。
ありがたい。
最近は死ぬ回数はあまり変わらないが、戦闘に参加する時間が長くなっている。
我は確かな手ごたえを感じ、まずは以前
この作業も慣れたものだ。
そうそう、パソコンと言えばこれはすごいものだ。
色々なことを調べることが出来る。
検索サイトなるもので言葉を入力すると、それについての書かれた書面が表示されるのだ。
世界の広さも分かっている。
ここは大陸ではなく島国ということ。
世界は球体であること。
その球体の外には宇宙というそれよりも膨大な空間が広がっているということ。
実際に目にしたわけではないのであくまで知識、というだけだが。
この目で見るまでは一応信じないでおこう。
それにこの科学という技術はすごい。
魔法と同等かそれ以上のことが可能になるのだ。
魔力のないことが不便だと感じていたのはほんの少しの間で、蛇口をひねれば新鮮な水は出るし、トイレも水洗、水が至る所から出現する。
シャワーやドライヤー、洗濯機も便利だ。
我は使っていないが、母上が料理を作る際に用いている調理器具も、火魔法よりよほど安定した火力を維持している。
衣服に関しては着替えが必要で不便ではあるものの、生地の品質が桁違いにいい。
これを魔力で再現することが出来ればもっと快適な生活を送ることが出来るであろう。
我がパソコンについて考えていると試合が始まった。
まずはお互い同じような武器を持った状態で始まる。
このラウンドは実力差がよく出る。
戦術理解度、相手の位置の予測、索敵の有無、余り慣れていないが、左上に表示される地図を見ながら前へと進んでいく。
ただ一直線に進むのではなく、相手がいそうなところでは物陰に隠れる。
相手の出方を失う!
な!
我が吹き飛んだ。
何が起きた??
一瞬の出来事でよくわからなかった。
銃で撃たれた形跡もない。
相手の魔法か?
未だに分からぬことの多いベロラント、これは情報収集が必要だな。
この試合が終わったら検索サイトで調べるとしよう。
Lose
ぬわあああ。
また負けた。
[ベロラント 攻略]
我は検索サイトに文字を入力する。
出てくるのは大量の情報、何所から見ればいいのか分からず、とりあえず一番上の物から見てみる。
そこには大量のキャラクターが並んでいた。
我が使っているのは、これか。
他にも二十体近くのキャラが存在してる。
さらには戦闘区域も多い。
ただえさえ、自分の操作で手一杯なのに、これ以上覚えることがあるというのか。
だが我はヴァンピール・ド・ヴェルジー!
いや今は
こやつの体でどこまでできるかわからぬが、とにかく詰め込めるだけの情報を詰め込む。
情報はあくまで情報。
実際に目にして体感せねばその真価は発揮されない。
この日は覚えきれるだけの情報に目を通した。
とりあえず、我が吹き飛んだのは相手の魔法の一つだったようだ。
種類が多くて覚えきれんわ、たわけ!
頭が痛くなってきたので、体のことも考え布団に入り眠りについた。
それから二週間、配信で休止の宣言をしてから計三週間経った。
体の方はそれなりに順調だ。
相変わらず筋肉痛は消えないが、朝のウォーキングは軽いジョギングへと移行出来た。
腕立てや腹筋の回数も順調に増えている。
やれば出来るではないか。
我は思ったより順調に動けるようになっていく体に、こやつの才覚を認め始めた。
我がいつも通りジョギングをしていると、女性の声が聞こえて来た。
「やめて下さい!」
「え~いいじゃんよ~遊ぼうぜ~」
コンビニの前で何やら女性が男に詰め寄られている。
明らかに拒否している女性に対し、何と下劣なことか。
我の前でそのような愚行に出たこと、後悔させてやろう。
我が参上する。
「あの……その人……いやがって、ませんか?」
「ああ? なんだてめえ」
うっ、酒の匂いか、朝から飲酒とはひどいものだ。
しかし我のなんと弱弱しき声色であろうか。
もっと胸を張らんか!胸を!
猫背になりながらも我は必死にやめるように呼び掛ける。
「うるせえな、お前には関係ないだろ。すっこんでろ!」
男が我の顔面に向かってその握りこぶしを振り上げる。
余裕だな、我は殴ろうと襲い掛かってくる男を華麗に避けようと体を捻る。
バキ!
相手の拳骨が我の顔面に直撃した。
我の動きが遅い。
目で追えたのに体がついてこない。
なんということだ。
そのまま地に伏すと、男から容赦ない攻撃が繰り出される。
うずくまって耐えていると、どこからか制服を着た男が止めに入ってきた。
「やめろ! 暴行の現行犯で逮捕する!」
そう言うと制服を着た男が、我を殴っていた男を羽交い絞めにして手錠を掛ける。
これが警官というやつか、悪を成敗する正義の組織らしい。
我は傷ついた体を触り、どこか怪我していないか確認する。
……よし、擦り傷だけだな。骨にも異常はない。
脂肪があったからか思ったよりもダメージは少なさそうだ。
「あの、ありがとうございます」
助けた女性に声を掛けられた。
すまない、我が弱いばかりに、警察の人がすべて解決してくれたのだ。
「いえ……それじゃあ」
最低限の言葉を発し、その場から逃げるように去る。
恥ずかしい。
悪を成敗しようと出てみればこれだ、まだまだ鍛える必要があるな。
脂肪を取り除くだけではいかん。
筋肉をつけなければ筋肉を。
我が帰宅すると良子とすれ違いになった。
「うわ、お兄ちゃん大丈夫、全身ボロボロだよ」
「なに、この程度問題ない、少し自分の力量を見誤っただけのこと」
我は自分の強さを痛感した。
我は弱い。これは人間の中でも弱いだろう。
それでも、正義をなすためには弱き者の盾くらいにはならねばな。
今できる精一杯をこれからも行い続けるだろう。
「お兄ちゃんもようやく運動に目覚めたと思ったのに、気をつけてよね!」
「善処しよう」
我は良子を見送り、傷ついた体を洗いに風呂場にいく。
擦り傷にシャワーの水が染みる。
この痛さは戒めだ。
より強く、より優雅に。
我は
この世にいるごくごく普通に一般人だ!
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