第8話 馬車に乗って
初めて出会った街のオーク騒動のあとも、俺は王都へと歩いて向かっていた。
あくまで俺は人間だからね。
歩いて一ヶ月ならそうしないと。
遠方の村に出向いて、一ヶ月かかるところを一週間で帰りましたなんて不自然極まりない。
乗合馬車みたいのにも遭遇しないし。
そう思っていると遠くに帆の張ってある馬車の集団があるのが見えた。
ラッキー、商人か? 普通の馬車か?
とりあえず近づいてみないとわからないな。
俺は、おーい俺も乗せて~って感じで近寄っていった。
あれ?
なんか戦ってない?
盗賊かなにかかな?
人間同士で争いあうなんて、ヴァンピが嘆き悲しむよ。
「で、助けに行っちゃうんだろうな」
「ご主人様~どっちの味方するの?」
「正解は、どちらも!だ!!」
俺は吸血鬼ヴァンピへと変身する。
漆黒のコートと目元を隠した仮面を身に纏い、颯爽と宙に舞い戦っている人間達を見下ろしながら叫ぶ。
「愚かなり! 同族同士での殺し合い、全く持って不条理。もっと重要な使命があるのではないのかね」
突然空中に現れた俺に皆固まっている。
全員の視線が俺に向いてる。
やめて、恥ずかしい!
「無駄な争いは即刻辞めよ、これからどうなるか、言わねば分からぬか?」
あ、盗賊の人達が逃げてく。
ばいばーい、もう二度と襲うなよ。
あれ? 馬車の人達がまだこちらに敵意を向けてくる。
やめてよ、もう争いの種は消えたでしょ。
「吸血鬼め……姫様を連れて逃げろ! お前ら!!!」
「隊長!」
「どれだけもつか分からん! とにかく急げ!!」
よく見れば一つだけ煌びやかな馬車がある。
その馬車を中心にして残りの馬車がこの場から去っていく。
待って待って、どこいくの。
せっかく馬車使って楽しようと思ったのに。
よく考えたら吸血鬼になっちゃったら馬車乗れないじゃん……
完全にやらかした。勢いだけで飛び出しちゃったよ。
だって仕方ないじゃん!
心のヴァンピが動くんだもん!!
「ほう、貴様が最後まで俺の相手をすると?」
「くっ……メアトリクス様、どうかご無事で」
俺の話を聞いて!
もういい、知らん。
「……興を削がれた、いってよいぞ、人間」
馬車ないんじゃしゃーない。
隊長と呼ばれたこの男と話をしても進展しなさそうだし。
また歩きか、体は疲れないけど暇でしょうがないんだよな。
デビアイちゃんと少しばかり話をするけど、ペットみたいなもんだから。
人との会話に飢えてる。
でもこのおっさん話聞いてくれなさそうだし。
「さらばだ、人間よ。次はもっと甘美な褒美を我に寄こすのだな」
じゃあね、バイバーイ
俺は馬車の人達から見えなくなるまで宙を飛んで、地面に降りて漆黒に身を纏っていた衣装を解いた。
中々、心のヴァンピと調和を取るのが難しい。
合理的に動くことが出来ない。
獣か俺は。
人間では……ないしなあ。
「デビアイちゃんは俺のことどう思ってる?」
「ご主人様~?大好き!!」
「うん、俺も大好き!!」
癒されるのはデビアイちゃんだけ!
馬車に乗れなかった俺は再び王都に向けて歩き出した。
数日は経っただろうか。馬車には出くわしていない。
次はうまくやる。
人間のまま、助けに入る。
まあ馬車がいて襲われるなんてそうそう出くわすことじゃないんだけどね。
「うわあああああああああ」
突然俺に聞こえたのは大人の男の叫び声。
助けにいかなくちゃ!
でも吸血鬼に変身するのは、だめ!
俺は学んだ。
今行くぞ、見知らぬ人!
俺は愕然とした。
二度目だった。
また馬車だ。
この世界のエンカウント率高くない?
結構な頻度で事件に出くわすんだけど、これも設定されてるのか?
どうやら商人のおっさんと護衛の冒険者がコボルトの集団に襲われているようだ。
コボルトは犬のような顔をした人型の魔物だ。
ちょっとモフモフしててかわ……いくない!
なんだあのぎらついた眼、牙!
狼とは全然違う、野性味が汚い!
これは容赦なく倒せる!
待っててみんな、俺が今から助けるよ!!
俺は叫びながら襲われている人間達に近寄っていった。
「助太刀する! こちらだ! 魔物たちよ!!」
こっちを見ろおおおお
あ、コボルトがこっち見た。
何体か来るな。ま、余裕なんですけど
俺はバックから普通の剣を取り出し、それなりの冒険者に見えるように剣を振るう。
人前で剣を使うときは常識の範囲内で!
ヴァンピとの約束だぞ!
三体のコボルトを切り倒し、馬車のところへ突き進んでいく。
あ、こら! 馬車を壊すな!!
弓もだめ! 魔法も打つな!!
これから俺が乗る予定の馬車だぞ!
「面白い、我の障害になろうと、片腹痛いわ、コボルト風情が!」
もーやめてって、言ってる、でしょ!
俺は目につくコボルトをどんどん倒していく。
あ、ちょっとセーブしないと。
あくまで人間の範囲内で、落ち着いて、落ち着いて。
「ふん、この程度か、二度と我のものに触れるでないぞ」
ふい~なんとか馬車守りきれた。
コボルトなのに魔法使うとかやめろよ。
弓も使うし、手先が器用な連中は厄介で仕方がない。
俺の馬車が。
無事だよ! あぶねー。
「ありがとうございます。助かりました。私商人をしていますダンショウと言います」
「その護衛をしています、冒険者のノーズと言います。今回の助力、誠に感謝します」
「ふむ、危ないところだったな。なに、我にかかればあの程度造作もない。感謝されるほどのことではない」
「いえ、あの剣技、まるで勇者のようでした、お名前をお伺いしても?」
「我はしがない冒険者、ヴァンピ、ただのヴァンピだ」
「ヴァンピさん、その力を見込んで頼みたいのですが、帰りの道中護衛を引き受けていただけないでしょうか、もちろん謝礼もお出しします」
よっしゃー。
馬車ゲット!
今度は成功したぜ、失敗から学べる俺、偉い!
褒めてほめてー!!
「すいません、僕が弱いばかりに、この腕ではもう戦えませんし……」
うわ、いたそ~。
血が出まくりだし、赤黒くなってるところもしかして骨折してない?
しょうがない、大サービスで治してあげよう。
「腕を出せ」
「え?」
あ、上げるのもしんどい感じ?
ごめんごめん、気が利かなくて。
ほら、これでどうだ!
回復魔法発動!!
「痛みが引いていく……傷が治っていく!」
「あの剣技に加え回復魔法まで……」
あれ? 普通の人間ってここまでできたっけ?
まあいっか、痛そうだったし。
人助けはいいことだからね。
「もういいか? それではいざ向かおうではないか、……何所へにだ?」
「私達は王都へ帰るところです。問題ありませんか?」
王都直行便きたああああ。
これで予定よりだいぶ早く帰れる。
王都に俺の拠点みたいなところあるのかな?
ちょっと記憶覗いてみるか。
う~ん、わからん。
俺は快適な馬車の旅をしながら、ヴァンピの記憶を必死に辿り、時に守り、時にダンショウやノーズと話をした。
いいやつらばっかだなこの世界は。
こんなにいい人ばかりの世界なのに、どうしてヴァンピは敵視されているのだろうか。
それに魔王だって倒しちゃえばいいのに、最強の吸血鬼がどうして?
う~ん、謎だ。
記憶を探ってみても分からなかった。
まあいいか、それより念願の王都だ!
待ってろよ。名も知らぬ人間達よ!
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