第5話 我、配信する

 信じがたいことだが、どうやら我、ヴァンピール・ド・ヴェルジーはこの男、野中正のなかただしに転生してしまったようだ。

 こちらに我が来たとなると、我の肉体はどうなっているのだろうか。

 静かに朽ち果てているのだろう。


 しかしこの男、なんて醜い体をしておる。顔が、ではない。無駄な脂肪、外に出ている人間とは思えないほど白い肌。不健康極まりない。


 こやつはなにやら部屋に引きこもり、パソコンというやつを使って配信なるものを行っているようだ。

 我がこの体を使い、どう生活していくかは後で考えるとして、とりあえずこの世界に順応するために今まで通りの生活を送ってみるか。

 しかし体は鍛えないといかん。さすがにひどすぎる。


 己の重たい体が憎らしい。


「お兄ちゃん? 大丈夫? 思い出した?」


 妹である良子がこちらを心配そうに眺めてくる。

 いい妹を持っているなただしよ。


「問題ない、我はすべてを思い出した。今宵も配信があるため、失礼しよう」


 そう言って我はいつもの配信とやらを行うことにした。

 二階にある自室に戻り、状況を確認する。

 隙間風がびゅうびゅうと入ってくる。

 窓は破れたままだ。先程我が突き破ったからな。

 明日修繕させよう。誰にだ? まさか我!?


 とりあえず、喫緊の問題である配信を行うことにする。

 こやつは配信を行うことでこの世の中を生きているようだ。

 我は明かりの灯っているディスプレイとパソコンを触ってみる。


「なんの素材出てきている? 鉄にしては軽いな」


 記憶によれば、アルミという合金らしいな。

 ふむ、銀でないのであれば問題ない。

 そもそもこの肉体では関係ないことだが。


 あとこの世界には魔力がない。

 空気中に漂う魔素を感じ取ることも出来ない。

 不便極まりないことだ。


「このパソコンの操作がいまいちわからん。記憶を探ってみても細部までは難しい」


 必死にただしの記憶を遡り、配信に至るまでの手順を記憶から掘り返す。

 むむむ、ソフトウェア? キャプチャーソフト? 名称と使い道は入ってくるが実際に自分の手で行うのはまた別なのか。ままならないことだ。


 我は悪戦苦闘しながらも配信の設定を行い、カメラを起動させて配信の準備を行う。


「配信の時刻は…人定22じから日出5じだと」


 記憶の中の男は夜中に配信をしている。

 我と同じく夜に輝く人間のようだな。

 それに我の体と同じく、夜になっても眠気を一切感じない。


「ふむ、転生しても体質は変わらないようだな」


 しかし、少し動くだけで息のあがるこの脆弱な体、これをどうやって鍛えなおそうか。

 そもそも普通に畑仕事でもしていればそれなりの体になるはずなのだ。


 そんなことを考えていると、時計の針が十のときを差す。

 我の体が自然と配信開始と表示されている画面にマウスを使い右クリックを行う。

 それは我が何かに操られているかのようだった。


 配信が始まる。

 我が目の前の画面に映る。右下にぽつんと。

 しかし我は正面しか向けない。どうなっているのだ。

 必死に顔を動かす。

 あ、微妙に横には動くぞ。


 顔の具合を確かめながらしばらくすると、画面の前に字が流れ始めた。


[ヴァンは~]

[定期配信感謝~]

[あれ夜はいつもと同じなんだ]

[かわいい]

[今日は何のゲームする?]


 これがコメントというやつか、どうやらこの姿の我を見ている者がいるらしい。

 少し挨拶をしてやろうではないか。


「こんヴァンは~、俺がいなくて寂しかった? 今日も元気に配信してくんでよろしく!」


 ??????


 なんだこの軽薄なしゃべり方は。

 我の思っていた言葉が出ない、これは由々しき事態だ。


[なりきりやめたんだw]

[お昼限定なのかな?]


 昼間…?

 我がここに来る前に配信を行っていたか。

 なりきりとは…? なんのことだ?


 我は我であるぞ。

 しかしとにかく配信を続けなければ。

 遊戯を起動しよう、色々あるな……このベロラントとかいうのでいいか。


「今日のゲームはベロラントして行きたいと思いま~す」


 くっ、この口調で続けていくのは辛いな。

 我の威厳が失われていくようだ。

 しかし今の我はただしでもあるのだ、受け入れなくてはなるまい。


[今日もかっこいい]

[スナイプするね、ゴースティングはしないから]


 画面にあるベロラントのショートカットをダブルクリックで起動させる。

 ふむ、とりあえずなにか画面に出たはいいが、よくわからないな。

 そう思っていると自然と手が動いていく。

 おお、何と便利なことか、配信に関してはこやつの記憶と体に感謝しなければならんな。


 右も左も分からない状況だが、とりあえず始めるにはどうすればいいのか?


 ここか?ふむ、銃というものを使って敵を倒していく遊戯か

 魔法も使えるようだな。

 なに、造作もないな、我が爪の錆にしてくれよう!


「それじゃあ今からゲーム始めていきま~す、応援よろしく!」






 我はゲーム始めた。操作自体は記憶の中にある。

 しかしおかしい。記憶の通りに動かしているはずなのに、敵を倒すことが出来ない。

 あ、また死んだ。

 何度も死ねるとは、神の奇跡かこれは


 遊戯の左下の画面になにやら字が表示される。

 ん、なになに


[チャット]

ゆーすけ:あの、勝手に突っ込んで死ぬのやめてください、ヴァンピさん

せいたろう:まじゴミで草


 なんだこやつら、我のことを言っておるのか?

 ……我が悪いと!? おぬしらが臆病にもウロウロしているからだろう?

 しっかり言い返さねば


ヴァンピ:臆病者め、前に出ろ


 ふん、これでいいだろう。


せいたろう:こいつ真正w俺afkするわ、勝手にやってろ


 は? なんだ? 動かないぞこやつ

 勝負を放棄しただと!? 戦え、くそ、動けえええ


 あ、また死んだ。






 Lose


 負け!? 我が負けただと、屈辱だ、ええい、こちらの仲間が悪いのだ、しっかりと我を守れば勝てたというのに


[おしい~]

[次行こ次]

[チャット荒いね今日]


 ぐぬぬ、おかしい、記憶の中のこやつは敵を何度も倒していた、我も出来るはずだ。

 今日は勝つまでやめぬ。








 あれから一回も勝てなかった。

 我、弱し。

 窓から太陽の光が差し込んでくる。


 ここまでか…


「今日はここまで見てくれてありがとう~、次は勝てるように頑張るんでよろしく、ヴァンつ~」


[ヴァンつ~]

[どんまい!]

[でもかっこよかったよ]

[なんかいつもと違った]


 我は配信停止を右クリックしてキーボードから手を離した。


 クソ、クソ、クソ

 この世界に来てから負けてばかりだ。

 どうにかせねば。


 鍛錬あるのみだ。

 しかし眠い。

 体質は同じかと思っていたが、単にこやつが夜型の生活をする人間だというこか。

 仕方がない、少し眠ってからベロラントの鍛錬を行おう。

 我は床に敷かれている布団の中に潜り、昼間の時間まで寝て過ごした。



 目を覚ましたのは昼を過ぎたころか。

 日は高く昇り、窓からは涼しい風が入り込んでおる。

 とりあえず我は腹が減ったので、御飯を頂くために下の階に降りる。


「あらただし、起きたの? ご飯置いてあるから勝手に食べて」

「ああ、感謝する、母上」

「……その口調続けるの? あと窓は段ボールで塞いでおいてね、今度業者呼ぶから」


 無論だ。何故かはわからぬが配信をしていないときは普通にしゃべれるようだ。

 我は目の前に並んだ見たこともない料理を口に入れる。


 ……うまい、血こそが最上の馳走だと思っていたが、ここに並んでいるのはそれと同等かそれ以上だ。

 やつめ、このような贅沢な生活をしておるから、弛んだ肉体になるのだ。


 我は残りの御飯をゆっくりと味わった。

 この世界にきて初めて感謝したかもしれぬな。


「では母上よ、我は少し外を見回ってくる」

「そう?それなら牛乳買ってきといて、覚えてたら」

「うむ、買ってこようではないか」


 我は一度二階の部屋へと戻り、外着にへと着替える。

 魔力で服を纏えない以上、今あるものを着るしかない。


 しかし基本的にやつの部屋にある服飾は地味なものが多いな。

 まあ普段着ならこんなものか、もっと煌びやかなものを着れる機会が出来たと思ったのだがな。

 世を忍ぶ必要もないのに、なんということだ。


 折角吸血鬼ではなく人間になったのだ。

 普段出来なかったことを存分にしていこう。

 もはや元居た世界には戻れないと思え。この世界で野中正のなかただしとして生きていくのだ。

 

「この格好が動きやすそうだな」


 我は一組のジャージを取り出し着付ける。

 さて、外の世界を見に行こうではないか。

 その前に、母上から受け取った段ボールとテープを使い窓を修繕する。

 ふう、これでいいだろう。



 あとは牛乳を買わねばな、記憶の中の情報と実際に感じるものはまた別だからな。

 この目で見て、感じて、今後の糧としよう。


 我は玄関へと赴き、靴を履き、扉を開けて家の外へと繰り出した。








 完全に未知の世界だった。

 車というのはあんなに早く走るのか。

 コンビニというものはあんなに多様なものが売られているのか。

 建物の高いこと高いこと。


 しかし誤算だったのは日常生活になると、こやつはぼそぼそとしか、しゃべることが出来ぬことだ。

 相手との受け答えの声も小さく、最低限の言葉しか発せぬ。


 先程のコンビニでも、「あっ・・す」としか言えなかったぞ。

 少しは目を見て人と話せ! 愚か者が。


 そして極めつけは息の上がるのが早い。

 家から出て少しもしないうちにもう体が悲鳴を上げ始めた。

 これは体を鍛えなおすには相当な時間が掛かるぞ。


 ああ、あの遊戯も勝たねばならぬ。

 しかし、時間がない。

 配信もしなければならない、鍛錬も行わなければならない。

 ……しょうがない。

 我はここに決意した。





 その日も配信をつける。

 それは今日決めた目標のために必要なことでもあった。


「こんヴァンは~、今日は短いんですが、皆さんにお知らせしたいことがあります」


[ヴァンは~]

[なになに、ついにグッズ?]

[3d本格化しちゃう!?]

[ゲームしよ]


「急なことなんだけど、自分を鍛えるために、ちょっと定期配信のお休みを貰います。一ヶ月くらいかな。それまでにゲームの腕もあげとくんで待っててね」


[え]

[え、待って]

[え]

[え]

[ゲームしないの?]


「強い男になってまた帰ってきます。それまで皆元気でいてね、それじゃヴァンつ~」


 我は配信を切り、ベロラントを起動する。

 これからしばらくこの遊戯と体の鍛錬、とりあえず一ヶ月と目標を決めたが、どれだけ成長出来るかは分からない。


 しかし、我はヴァンピール・ド・ヴェルジー!

 誇り高き吸血鬼なるぞ!

 このままでは終わらせん! 勝つぞ!!




「お兄ちゃんうるさい!!」

「すまぬ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る