第3話 我、転生する

 む…もう朝か

 我は重たい頭を不思議に思いながら目を覚ました。

 目覚めはいつもすっきりしていたはずなのに、何か変だな。


 辺りを見ると日が落ちているのか暗い。

 我はゆっくりと体を起こし、使い魔のデビアイを呼び寄せる。


「ふむ、寝すぎてしまったか? おい、デビアイよ、今はいつのときか?」


 返事はない。

 我の元を離れるとは珍しい。

 そういうときがないわけではないが、我が眠りについている時は離れず近くにいるはずだ。

 何かおかしい。


「しかし、暗いな、夜目が効くとはいえここは……、どこだ!」


 改めて周りを見渡すと、見たこともない黒い箱や知らない机、ベットではなく床で寝ていることに気づく。

 昨晩は宿に泊まって木製のベットで寝たはずだ。


「———っ! 幻惑の類か!?」


 敵の術中にハマったか?

 しかし正体がバレてしまうようなマヌケなことはしていないはずだ。

 それに吸血鬼ということが分かっているならこんな迂遠な方法を取らず、直接攻撃してくるはずだ。

 人間としての我になにか不都合でもあったか?


 色々考えていは見たが答えはでず。

 我は驚いてその場から飛びのいた。

 だが体がいやに重い。

 身体しんたいにも影響を及ぼすとはなかなか強力な相手らしい。


「だが!! 我はこの世の悪を切るヴァンピール・ド・ヴェルジーであるぞ。この程度振り払って見せよう!」


 我は急いでいつもの漆黒のコートに切り替えようと魔力を操作する。

 あれは優秀な防具でもあるからだ。

 しかし己の体に魔力を感じない。

 ならば、我が爪をもって、……伸びない。

 まだ! 牙が残っておる!! ……出ない。


「身体を拘束されている…?」


 これは……形勢が悪い。ここは一旦引くしかあるまい。

 敗走ではない、戦略的撤退というやつだ。

 我は空へと逃げようと、周りを見渡す。

 外に繋がるようなものは、扉と、窓枠か?

 恐らく窓であろう、ガラスがはめ込まれた枠を見つけ、それを開けて外へ一時撤退しようと考えた。


「ここは一旦引くとしよう。覚えておくといい、名も知らぬ強者よ、我は負けん。この世に悪がある限りな!」


 窓に手を掛け手前に引くが、開かない。

 これはどうやって開けるんだ?ええい仕方があるまい。


 我は勢いをつけてガラスを突き破り、外へと飛び出した。

 外に広がるのは、見たこともない四角い建物、夜空を埋め尽くさんばかりの光、見たことのない光景に息を呑む。


「まさか、これほど広域に領域を展開しているとはな」


 相手の術士の能力の高さに感嘆する。

 この領域内で身を隠せる場所はあるだろうか、今まで会ったことのない敵の技に驚愕しつつ次の手を考える。


 ドシン


 !?!!?


 気付いたら我は地に伏していた。

 まさか空も飛べなくなっているとは、考えれば分かることだ。

 魔力を操作出来ない時点で気付けることだった。

 己の視野狭窄しやきょうさくを憎みながら、ずきずきと痛む腕を見る。


 む?なんだこの太い腕は、よく見ると我の体に肉が付きすぎている。

 着ている服も、見たこともない。

 素材も、なにやらすべすべしておる。

 我が蹲っていると女性の声が聞こえる。


「なに!! 大きな音したけど!? あ、お兄ちゃん!何してるの、飛び降り!? それとも滑って落ちたの? やばい、ガラス突き破ってるじゃん」


 恐らく我が脱出したであろう建物から知らない小娘が出てきた。

 あれが敵の術士か、あれほどの若さで……。

 こうなっては仕方あるまい。

 この制限された状態でも戦うのみ。


「我の名はヴァンピール・ド・ヴェルジー! この手で成敗してくれる!!」


 我は重い体を引きずりながら相手に向かい、気絶させようと腹に向かってこぶしを放つ。

 それを小娘にするりと躱されて、我の腕が絡めとられる。

 そのまま背に担がれたかと思うと、一回転して背中から地面に叩きつけられる。


「ぐぅ!!」


 頭を打ったのか意識が朦朧とする。

 そこに女が首に手を掛け我の首を絞めてくる。


「ちょっと洒落にならないんですけど~、ちょっと寝といてね」


 我はその言葉を最後に意識を失った。








「お母さん~、またお兄ちゃんが奇行に走った~」

「また? どうしてアンタと違ってこんな子に育っちゃったのかしら」

「スポーツだよ! もっと運動させてればよかったのに」


 む、なにやら女の声が聞こえる。

 どうやら気を失っていたようだ。

 

「あ、お兄ちゃん起きた? 今度は何? 前は俺は配信で生きていくって言い出したりしてたけど」


 あの女! 先程の術士……、そうか我は負けたのか……。


「何の質問だか分からないが、もはや生殺与奪の権利はそちらの方にある。好きにするといい」

 

 負けたのだ、何をされてももう何も言えない。

 我にも吸血鬼として矜持がある。

 

「え?何、今度は成りきり? 頭打っておかしくなっちゃった? ちょっと顔洗ってきてよ」

「よかろう、だが生憎ここがどこだか分からぬ、案内をしてくれまいか?」

「やば、重傷だわ。お母さんごめ~ん、お兄ちゃんおかしくしちゃった」

「今更でしょ、とりあえず洗面所行ってきなさい」

「は~い」


 こっちだよ、と小娘に指示され顔を洗いに行く。

 

「ここだよ」


 ふむ、よくわからない装置があるが、洗面台を見るにあそこで顔を洗うのだろう。

 …ん? ガラスに何やら醜悪な人間が映っている。あれはなんだ。


「おい、あの醜い体をした人間はなんだ?」

「なにって、お兄ちゃんでしょ」

「先程から我をお兄ちゃんなどと、我に兄弟はおらん」


 小娘と会話をしていると、突如頭に激しい痛みが生じた。


 グッ!!


 我は思わず膝をつき頭を抱える。なんだこれは、誰かの、記憶?

 よく見ると目の前の人間の記憶のようだ。

 孤独を愛し、いや、孤立している。

 まるで我のようだな。

 人の一生は短い、一瞬で駆け巡った記憶の奔流に頭がすっと軽くなった。


「ちょっと、大丈夫? お兄ちゃん」

「だから兄ではないと…」


 我が立ち上がると、同時に目の前の人間も立ち上がる。

 なんだ、同じ動きをしている……?


 我が前に進むと相手も前に進んでくる。

 これは…まさか!!


 我は急いでガラスの前に向かうと、これがガラスでないことを知る。


「これは精巧に出来た鏡!! ということは先程の記憶で見た男。これが……我!?」


 先程の小娘は妹の良子、それは分かる。

 何故だかこれが現実だと我に告げてくる。

 幻術ではない。我は知らない誰かの中に入っている。


 どういうことだ!我はどうなってしまったのだ。

 その疑問を解決する答えがこの男の記憶にあった。

 その事象を思い浮かべ一つの結論に至る。


 これが転生というのものか。


 どうやら我、ヴァンピール・ド・ヴェルジーは知らぬ世界の野中正のなかただしに転生してしまったようだ。

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