第2話 異世界配信

 俺はまだ夢かと疑い、何度も自分のほほを叩く。

 ほのかな痛みがある。やはりこれは現実…。

 あまりのリアルさに、俺はヴァンピとしてどこかに転生したことを確信する。

 

「そもそもここはどこだ、クソっ! 設定資料もっとよく読んでればよかった」


 確かヴァンピは流れの吸血鬼、流れってなんだよ。

 なにさすらってますって設定作ってんだよ。


 吸血鬼って言ったら城を構えて、引きこもってるのが普通だろ。

 たまに街に出て人間の血を吸うんだろ。


 苛立っている俺にデビアイちゃんが声を掛けてくる。


「ご主人様~きぶんよくないの?」


 しかし一つ目ってリアルだと結構来るものがあるな、こう圧迫感が強い。

 

 俺は現状を確認する為に、部屋の中を見渡す。ベットと机、服を掛ける家具くらいだ。

 どこかの宿か?


 そんなことを考えていたら突然、頭に痛みが走った。

 

「ぐっ!」


 いてえ!頭が割れそうだ。

 あまりの痛さに頭を抱え、膝をついていた俺の頭に何かが大量に流れ込んでくる。


「これは……こいつの記憶、か?」


 知らない目線から映し出される情景、生まれて自我を確立してからここに至るまで、その一生が一瞬で流れ込んでくる。


 余りの情報の多さに俺は悶絶する。目がチカチカする。

 ようやく収まった痛みに、ぜえぜえと息を乱しながら立ち上がる。


「これは、ヴァンピの記憶だ。間違いない。そして俺は、いやヴァンピはこの村で起こる魔物による略奪行為から村人を救うためにここにきたってことか……」


 断片的な情報しか分からなかったが、この宿に泊まった理由は知ることが出来た。




 まずここがどんな大陸の上で、どんな村なのか分からなかったが、人間がいる村であることに違いはない。

 それならば、問題ない……か? コミュ障な俺がやっていけるのか一抹の不安を覚える。


 寝ていたからか、頭痛のせいか、汗をかいた体が少し不快だ。

 俺は流れ込んできた記憶を必死に探り、魔法を使ってみることにした。

 こうか?


「クリーン」


 汗がサーッと引き、風呂上がりのような涼しさと、爽やかさを感じる。


 でもやはり朝起きたら顔を洗わないのもなんだなと思い、宿の人に桶を借りに行く。

 部屋の扉をあけ、ギシギシとなる木造の床を踏みしめながら、この宿の主人がいるであろう場所を探しながら宿をうろつく。

 階段などはない。一階建ての小さな民宿のようだ。


 俺は女将と思われる人を見つけた。すると相手から声を掛けられる。


「あらおはよう、よく眠れましたか」


「実に素晴らしい夜だった。まるで星が語り掛けてくるような満点の夜空の下、月光が少し眩しかったな」



 ??????


 いや俺普通に良く寝れましたって言おうとしたよね。

 あれ?もしかしてこれ設定っぽいしゃべり方しないとしゃべれない系?

 

 めんどくせえ!!しかも吸血鬼なの隠してるならそんな分かりやすい口調使うな!


「それはよかったわ、それで何か用かしら?」

「あぁ、我の美しい顔を洗いたくてな、女主人よ、それに足る器はないだろうか」

「はいはい、桶ね、はいどうぞ」

「感謝する」


 いちいち長げえ!!

 「桶下さい」がどうしてそんな長くなるんだよ。


 俺は今後に絶望しながら、女将から桶を受け取りその場を後にする。


 これは人との会話は最小限にしないとまずいな。

 なぜか普通に接してくれたけど普通に変人だろこれ。


 俺は部屋に戻ると、桶に魔法で水を出し顔を洗う。

 揺れる水面に映る顔は確かにヴァンピだ、間違いない。

 何度も見てきたその顔に、かなりイケメンだなと思った。

 これモテモテか?


 俺は先程、当然のように人前に出たが、吸血鬼だとはバレていない。

 まず翼が存在しない。牙や爪は出し入れ可能でパッと見普通の人間と変わりがない。


 容姿が銀髪赤目ってこの世界で普通か?

 わからん。


 宿の女将はトマト色の髪に青い目だった。

 彩色豊かな世界観だな、うん。



「とりあえず、街を回るか」


 部屋を出て宿の女将に鍵を渡す。


「また来てね」


 コミュ障な俺は返事もままならず、その場から立ち去ろうとした。

 そして後ろを向いて歩きだすと、自然と左手があがり人差し指と中指を突き出し、頭に手を向けるとそれをピッと横に振り上げる。


 「またな!」ってこと!? いちいちかっこつけないと生きていけないの俺。

 やだあ!!


 何も語らないその背中を女将は何を思ってみてただろうか、とても恥ずかしくて見ることが出来ない。


 実はデビアイちゃんはずっと俺を見ている。

 そして俺にしか見えていない、透明化、いや認識阻害の類を用いて彼女?は姿を消して俺について来ているのだ。


 外に出て太陽の光が直接肌に当たる。少し熱い、しかし焼けたりはしない。

 ヴァンピは日光には弱い(ただしだるくなる程度)という設定のおかげだ。多分。

 俺が明るい村の中を歩いているとデビアイちゃんが話しかけてくる。


「ご主人様~今日は魔物退治しにいくんですか~」

「そうだね、特にやることもないし、見捨てるのも後味が悪いし」


 俺は他の人に聞こえないように小さな声でしゃべる。

 しかしそんな言葉を口にする自分に違和感を覚える。


 俺ってこんな正義感強い人間だっけ?いや今はもう吸血鬼だけど。


 俺は他人がどうなったって知ったことない、俺さえ生きていればいいって思ってたはず。

 ヴァンピになって影響受けちゃったのかな。


 自然と出る言葉は口調こそ俺のままだが、何か浸食されているような感じを覚えた。


 村はずれの森に入る。


 記憶によれば大半は調べ終えており、その痕跡も見つかっている。

 森は生い茂っており日の光は届かない。


 俺は充分街から離れたのを確認すると、衣服を取り替える。

 今まで来ていた服が蝙蝠のようにばらけたと思うと、漆黒のコートに身を包み、目元を隠した仮面を被った俺が完成した。

 一瞬裸になったのは秘密だ。安心してください、見えてませんよ!


 仮面は取り外し可能のギミックとしてヴァンピに取り付けられてたんだけど、結局ろくに使わなかったなあ。そんな感傷に浸っていると目的地が見えてきた。


「記憶によれば……と、いた」


 そこには緑色の子供くらいの大きさをした魔物、ゴブリンが巣を作って大挙していた。

 記憶によれば、ヴァンピは人間の味方のつもりらしいが、人間からは敵視されているので、普段は正体を隠して流れの吸血鬼をしているらしい。


 だから、永住しとけ!流れるな!!


 俺はゴブリンを前にして、強烈な欲望に震える。


 アイツラをコロセ。


 血をウバエ。


 魔物にはシヲ。


 内に眠るヴァンピの本性か。

 俺は目の前のゴブリンに襲い掛かろうとした。


「配信を開始します」


 ん???


 無機質に放たれたその声に俺は驚く。

 声の主、デビアイちゃんを見るとその目が配信中のマークに変わっていた。

 

 そして目の前にぴょんと出てきたのはいつも見ていた配信の画面。

 そこに映っているのはデビアイちゃんから見た俺の姿だ。


 ちょっと! 突発配信は基本してないって!!!

 ていうかこっち来てまで配信したくないんですけど!!!

 生きるのだって必死なのにリスナーのことなんて構っていられるか!


 画面にコメントが流れる


[ヴァンは~]

[お昼からとか珍しい~]

[え、ヴァンピ3Dなんですけど]

[やば、ちょーかっこいい]

[何してんのこれ]

[暗くね]

[ゲーム?]


 間違いない。配信始まってるわこれ。

 俺は見慣れたリスナーのコメントに反応してしまう。


「今日も我の姿を見に来たのか、暇な奴らよ、今から悪鬼を狩る。よく見ておくといい」



[いつもと口調違うんですけどw]

[なりきりww?]

[頑張れー]

[ねえこれゲーム?]



 つい反応してしまったせいでよくわからないことを言う。

 俺は普通に挨拶もできねえのかよ!!


 俺は配信の挨拶を済ませるとゴブリンの群れに駆け出し不可視の風を放つ。

 特に詠唱とか必要がない、魔力をもとに空気中にある魔素を操る。それが魔法だ。


 ひゅんと音がしたかと思うと、ゴブリン達の首は切断された。

 急に仲間の首が落ちたことに驚いたゴブリンが状況を把握しようときょろきょろしている。


 そして俺に気づいた残りのゴブリン達が襲ってくる。

 俺はそれを貫手で迎え撃つ。

 

 グジュという嫌な感触と共にゴブリンが息絶えていく。

 さらに俺はゴブリンの首筋に牙を立て血を吸い取る。


 ヴァンピになってから初めての吸血、血の味は、意外と悪くないな。

 醜悪な魔物から得られる血だからまずいだろうという先入観、それがあっけなく砕けた瞬間だった。


 俺にすべてを吸い取られたゴブリンは干物のように干からびていた。

 その後も、残るゴブリン達を牙で、爪でバッタバッタと倒していく。


 すべてのゴブリンを殲滅し終え、俺は目の前の配信画面に目が行く。

 視聴者は突発だったこともあり五十人ほどだ。


 あ、やべえ、これR指定しないとまずくね。結構グロかったぞ。

 俺はそう思いリスナーのコメントを確認する。


[ゴブリンマジきもくて草]

[ヴァンピつよ~]

[なんか首飛んだけど大丈夫そ?]

[グロはモザイクかかるとかどんなソフト使ってるの?]

[このゲームすごいね]


 どうやら問題ないようだ。

 よかった。

 てか配信繋がってるなら元の俺の体どうなってんの?

 てか投げ銭サンキュー。

 あ、でもこれ今の俺には関係ないんだよなあ。


「配信を1分後に終了します」


 無機質な声でデビアイちゃんが配信の終わりを告げる。

 俺はいつもの癖で、つい反応してしまう。


「太陽の光が差すうしこく、よく見に来てくれた、感謝するぞ、ではまた今宵会おうではないか」


[ヴァンつ~]

[突発配信うれしかったー]

[今夜も配信あるの!?]

[2回行動偉い~]

[結局これ何のゲーム?]


「配信を停止しました」


 デビアイちゃんがそういうと目の前にあった画面が消え、いつもの彼女に戻った。


 今宵も配信ねえよ!!

 勝手に始まったら知らねえけどな!

 俺の配信カメラとなっていたデビアイちゃんが近づいてくる。


「ご主人様~、ゴブリン全部倒せましたね~」

「よくわかんないけど、雑魚っぽかったからね、俺一応最強の吸血鬼だし」


 そういう設定だったはず。記憶の詳細は全部見れていないけど、敵うやついないだろ、多分……

 いないよね!? な!?

 俺はヴァンピの力を信じて、今後のヴァン生を送ることにした。

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