空き部屋

 そんな、空気がゆるんだタイミングで。

 実香みかが背中に手を隠しながら、俺の隣に立った。

「ひまちゃん、あのね・・・これ。みかと、おにぃちゃんからプレゼント!いつもありがとう」

 差し出されたのは、一稀ひまれうちに来るまでに作った、水色の折り紙だ。

「わあ!ヒマレの好きなウサちゃん。こちらこそ、仲良ししてくれてありがとう」

 二人は、ひしっとハグをする。

 そんな様子を大目に見ていると、互いに背中をさすり合うままで。いつまで仲良しをするつもりなのか。

「散れ」

 俺は後ろから妹の身体をすくい上げると。その浮遊感に実香みかが「きゃ〜」と声を上げた。

「そっか。チカも一緒に作ってくれたもんね。おいで」

 一稀ひまれが聖母のような微笑みを浮かべ、スッと両腕を広げた。

 何を勘違いしてるのだろうか。

「さて。そろそろ姉貴の家に行くぞ」

 実香みかを床に降ろしながら促すと。

「はいはい」

 渋々というように一稀ひまれが返事をした。

 しかしそれを聞いた実香みかが、しゅんとなった。

「いっしょにあそべないの?」

「ぐっ」

 一稀ひまれの手に握られたウサギが震える。

「お、お姉さんは押しによわくて。チカ〜」

 二人からの頼み事に板挟みになった一稀ひまれが縋りついてきた。確かに実香みかの誘いにあらがえない気持ちは、わかるのだが。

「そうだな。夕飯の前に帰れたらな」

「ん〜」

「チカ兄のいけず」

「お前に言われたかねぇ」

 すると、リビングでパソコンを起動していた母が訊ねた。

実香みか?お昼寝いいの」

「いい。眠くぁ・・・ないもん」

「あくびしてるじゃないの」

 母が笑いながら突っ込む。どうやら、お昼寝という言葉を聞いて、眠気を思い出したようだ。

実香みか。荷物置いてくるだけだから。それまで元気、蓄えてろ。な」

「うん・・・」

「あら、もしかして新芽にかの手伝いに行ってくれるの?」

「ええ、そうなんです。チカがどうしてもって言うので。ワタシに任せてくださいね」

(おい)

「ほんと何から何まで・・・そうだ。朝葵あさきちゃん出張なんでしょう。泊まって?」

「はい勿論もちろんです。実は、そのつもりで来ました」

「やったぁ!ひまちゃんといっしょにおやすみする」

「ねー。パジャマパーティーしよう」

(全く、隅に置けない奴だな)

「そうと決まれば。チカ!」

 一稀ひまれが俺の手首を掴む。

「うぉ」

「さっさと行くぞオラァ」

 リビングの扉を丁寧に開き、2階へと連れ出された。



 ◆◆◆



「わー懐かし。あっちに机あって・・・。こっちで、ままごとしたっけ」

「そうだな」

 久しぶりに、自室の隣へと足を踏み入れると。

 あるのは、窓から射し込む陽の暖かさだけで。

 かつて居た姉の雰囲気を、どこか求めてしまった。

 家具は全て取り払われ、殺風景な空間ではあるものの。ゆくゆくは、実香みかの成長を見据えて、再び子ども部屋となる予定だ。


「昔はもっと、広く感じたのにな」

 物を運ぶと聞いていた一稀ひまれが、気楽にクローゼットを開けた。

「わかる。俺の部屋と一緒なのに、天井が低くなってる」

「・・・それは、身長が伸びたからでしょ」

 背を向けたまま言葉を返した。

 俺は、春に行われた身体測定で165cmを記録した。これは、上級生に紛れても違和感がない、くらいではある。

「なぁ、ニカちゃん家ってさ」

「?アパートだよ。1Kの」

「そっか・・・」

 クローゼットの中には、ダンボール箱やビニール袋が、棚の3分の2ほど埋まっていた。

 既に、日常生活で使う必需品は運び出されているため。これらは所謂いわゆる「思い出の品」と呼ばれるものである。

「急ぎじゃないんだよね?」

「そう、持って行ける分だけで構わないから。母さんが、ちりが積もる前に整理しとけって。送り付けることになった」

「あーね・・・」

 姉のひとり暮らしは、進学を機会に始めたから・・・かれこれ3ヶ月は放置していることになる。

 こうして優先順位が低いものほど、後回しにされるのだ。


「オレも夏休みに部屋、片付けっかな・・・」

「とか言いながら。姉貴のお下がりをゆずってもらうために、手伝いを買って出たんだろ?」

「わかってんじゃん。でも、それとこれは別」

 一稀ひまれは目を泳がせ、自分の部屋の模様を考えているようだ。

「参考に、隣でも見ていくか」

 俺は、左側の壁を指差した。

「は?ミニマリストの部屋なんて、見なくともわかるわ」

「みに?」

「必要最低限の持ち物で暮らす、スタイルのこと」

「へー。・・・必要以上の物って何?」

「ねー。家の物って、使うからあるんだもんねー」

 同調した一稀ひやまれの目はわっていた。

「あれ、姉貴みたいに困ってたりするのか?手がるときは、教えて」

「・・・そうします」

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