"S市 児童行方不明事件"

 ―さかのぼること1ヶ月前の、21時頃。

 母親から「小学1年生の息子がいなくなった」という通報が入る。


 その日は、朝から子どもの姿を見ておらず。ひとりでに早くから家を出ることもあり、両親は登校したものと信じて、出勤をした。

 ところが、学校から出欠を確認する連絡を受けたことにより、事態が発覚。

 学級の連絡網を活用し、地域の遊び場などをしらみ潰しに探すも、居場所を掴めず・・・。


 未成年者(13歳以下)が行方不明となる場合。

 子どもの生命や身体に、危険が及ぶおそれがあるとの、警察の判断により。

 両親は、捜索を届け出る運びとなったのだ。


◇◇◇


 世間の議題に挙げられるのは、

【"彼"はなぜ、姿をくらませてしまったのか】。

 そして、

【"彼"はいま、どこにいるのか】である。



 CASE 1 ―遭難


 民家は、山間部のふもとに位置しており。

【登校前に寄り道をした森で、迷い込んだ】可能性が高いとされ。消防団や山岳救助隊による、人海戦術へと乗り出された。

 その目論見もくろみの通り。ちた倒木が架けられた、渓流けいりゅうの付近で。林床から、"彼"のモノと一致する足跡が発見されたのだ。

 しかし、周辺にはランドセルといった所持品や、しげみに立ち入るような形跡がなかったことから。森での捜索は、打ち切りとなるが。


 現場には、もう一つ。

 靴跡が、残されていたのである。



 CASE 2 ―誘拐


『事実関係のある永堀ながほり容疑者は。取り調べで、事件との関連性を否認しており―』

 この大学生さんが、重要参考人と位置付けられたのは。

 森の中で密会していたことを、供述したためである。

 事実上、"彼"を目撃した最後の人物、となるのだ。


 ―二人は、この春まで利用していた保育施設で知り合った。

 大学生さんは当時、「同じクラスにいる弟とお泊りをする」などと口実を作り。"彼"も一緒に、降園を受け入れられることがあった。

 ところが、"彼"の母親が園を訪れると、既にお迎えが引き渡された後で・・・。度々、保護者の間で揉めていたそうだ。


【"彼"を家に連れ込んだ】動機について、大学生さんは。

『義理の弟の"友だち"が、心理的な虐待を受けているのではないかと悩み、専門機関に相談していた。自分が、乳児院(0〜2歳児の入所施設)を利用したと聞くように。"彼"も必要な支援を受けられないかと、手を尽くしたが・・・現状は変わらず、事件を未然に防ぐことができなかった』

 と、いきどおりを述べている。 


 また、今回の事件と合わせて。"彼"が卒園した施設の管理責任が追求され。

『園児の送迎を保護者以外が行う際は、事前の連絡をお願いしているが。

 "彼"の家庭は、閉園まで延長保育が利用されており。職員の退勤時間を考慮すると、"彼"との降園を申し出た犯人の厚意に沿うため。判断の所存は一任すること』

『在園中の、虐待や障害といった問題がある家庭については。引き続き、経過記録を行い。地域で行われている相談会や、療育スクールも案内している』

 という旨の保護者説明会が開かれ。

 保育の連携体制にまで議論が及んだのだが―。


 "彼"の両親が抱えていた、子育ての背景について。

 子どもには、ある特性があった。



 CASE 3 ―失踪


「ギフテッド」とは。

 生まれつき、特定の分野において、突出した能力を持つ人のことである。


 "彼"の場合は、計算を用いた説明が得意だそうで。

『ロボットをプログラミング的思考で操作する知育玩具や。数学パズルを繰り返し解いて遊ぶような子』

 だと、両親は話している。


 また、小学校での"彼"の様子について、担任は。

『一般的に「特異な才能のある児童」に対して。同学年による学習理解の水準や、集団生活の構築といった対応が課題となっており。

 そういった困りごとを"彼"は感じているのか、対話を通して共有するうちに。授業の教え方や教材研究に興味を見つけたようで・・・。"彼"なりに関わろうとする姿勢が、クラスのみんなに親しまれていた。

 近頃は登校がまばらであったが。また学校で会える日を、一同で待っている』

 と、インタビューに応じた。


 このように、教育機関では子どもの特性を理解した支援が求められるが。

『海外で行われている教育プログラムは―』

 と、諸外国の制度がメディアに取り上げられることから。

 一部では【留学に誘われた】とか【大学に引抜かれた】とか。はたまた【とある研究所に拉致された】なんて、実しやかに噂されている。


 ―というのが、連日の報道や新聞から得た情報だ。



◆◆◆



 テレビの映像が、スタジオから街頭インタビューへと切り替わり。銀座の名店を背景に、通行人へマイクが向けられる。


『お子さんの通学について、ご家庭で対策されていることは?』

『外に出るときは、周りに注意を払うように言い聞かせてますが。うちの子と年が近いので、身につまされる思いです』


(ひとりが気を配ったところで・・・。近隣の見守りも必要だよな)


『事件は、"現代の神隠し"とも呼ばれていますが?』

『自分のことを誰も知らない、遠い場所に行きたいとか。この場から消えてしまいたい、なんて思うことは。一度くらいあるでしょう?

 それに、"彼"がもし【異世界に転生していた】としても、いまどき珍しいことじゃないですよ』


(・・・そんな良いもんじゃないから、やめとけな)


『ここで、駅前で情報提供を呼び掛けているご両親と、中継が繋がっております。一言お願いします』

『早く元気な息子の姿を見たいです。ご協力の程、宜しくお願い致します』

『身内のことでお騒がせして申し訳ありません。息子のことは必ず、迎えに行きますので』


(家族に必要な情報が届けられるといいな)



 今一度ニュースを振り返ると、どこかで聞いたことのある話のように思えた。

 この世界に同じ人は、二人といないのに。『行方不明』というカテゴリーにくくられた常套句じょうとうくの中で、"彼"の身の上が語られている。

 そんな世間の認識を、表面的に受け取ることしかできないのだろう。

(結局。人は自分のことばかりだ)

「・・・嘘つき」


 不意に頭にチョップをくらった。肩越しに振り返ると、一稀ひまれがソファで足を組み替え、なぜか偉そうにしていた。

「目ぇ怖いぞ」

 く言う俺だったが、このモヤっとした感情を言い表わせず、押し黙る。

「チカのことだからさ。真剣に考えて・・・歯痒いかもしれないけど。ここはしっかり、関係者に任せることだな」

「あぁ・・・」

 さり気なく励ましてくれた。

 一稀ひまれのそういうところ、やっぱり凄いな。

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