乙女とランチ

 玄関のサンダルを引っ掛け、扉を押し開けると。「よっ。待たせたな」

 と言った友人の姿を見て、俺は固まった。


 一稀ひまれは、長めの横髪を後ろに結び、耳を出し。

「あぁ、作業するって聞いて。ハーフアップにしたの」


 スウェット生地の、膝丈ひざたけワンピースをめかしていた。

「うん。色はカーキにして正解だったわ」

 自分で納得したようにうなずく。

 胸元のポケットに刺繍された、スポーツメーカーのロゴが目に留まった。

「いやー、公式サイトで一目惚れしてさ。届いてみたら、フレンチスリーブがぴったりで」

 サコッシュを掛ける肩に手を添え、満面の笑みを浮かべて見せた。


(あ、ここにもはしゃいでる人が・・・)


 どうりで別れ際、「楽しみにしといて!」なんて張り切っていた訳だ。

「忠告した」

「わかってるって。こう見えて、ユニセックスだからさ。メンズ服と気持ち変わりないっていうか・・・普段使いできるし。動けるように、下も履いて」

「そうじゃない」

 体裁ていさいつくろい始めた一稀ひまれの言葉を制し、はーっと息をく。

「お前が何着なにきようが、お前の自由だが。俺は、汚れても良いので来い、と言ったな」

「うん・・・」

「アウトドア用品つっても、ブランドだし・・・。その、気に入ってんなら尚更、物持たす訳にはいかないだろ。ってお前、まさか―」

「んー?それより、オレを見てもらいたい人がいるんだけど」

 魂胆こんたんから逃れるように、一稀ひまれが通路の奥へと視線を向けると。

 俺の太腿ふともも辺りから、そわそわと妹が顔を覗かせた。

「こんにちは・・・」

「わっ、こんにちは」

 一稀ひまれひざに手を添え、かがんでみせた。

「会いたかったよ、ミカ」

「きゃ〜!ひまちゃん、きょうもかわいいねぇ」

 実香みかが照れたようにほっぺを包む。

 俺が帰宅したときの反応とは、段違いである。

「ほんと?ありがと〜!」

 そう言って実香みかの頭を撫でたい衝動に駆られているのが、見て取れる。

「・・・上がって」

「はいはい。おっ邪魔しまーす」

 一稀ひまれ片膝かたひざを折り曲げ、スニーカーのかかとへ手を伸ばした。



◆◆◆



 杉本家の勝手を知る友人は、洗面所を使い終えたようで。

 キッチンへと顔を出し、料理を続ける母に挨拶をした。

「お邪魔してます。お久しぶりです、キョウコさん」

「いらっしゃい、ひまちゃん。って益々美人になったわね?あぁ、お昼にするから、一緒にどうぞ」

 調理台には、3つのガラスボウルとおわんが待機してあり。

 湯気を立てる鍋に、菜箸を回し入れている。

「やった、ママさんの手料理!喜んで食べます」

 今日は、食事の時間が家族と重なったが。普段は、学校や会社といった生活の都合もあり、杉本家の昼食は、各自で取るスタイルである。

 一稀ひまれは、自分の家から出来合いのものを持ち込んだり、俺と一緒にサラダやスープを作ったりと・・・もてなしは、まちまちなのだ。

 ここで、タイマーが麺の茹で上がりを知らせる。

「ワタシにできることは」

「そうね。ひまちゃんが使う物を出して。冷蔵庫に、水出しの麦茶も冷えてるから」

「はーい」

 家の食器棚どころか、至る所には一稀ひまれの私物が置いてある。

「あと、ふたりで実香みかのおしごと、頼める?」

「わかった」


 母の言うおしごととは、実香みかが取り組む、家のお手伝いのことである。身の周りの生活に自分で慣れるようにと、幼稚園のスタイルを取り入れているそうだ。

 俺は、水道の前で踏み台に立った実香みかの、手洗いや水汲みを支える係に。一稀ひまれは、リビングで実香みかから食器を受け取り、テーブルへ並べる係に就いた。

 実香みかは、両手でコップを包みながら、慎重な足取りでキッチンから離れて行き・・・。一稀ひまれの元へ、そっと手渡された。

「どうぞ」

「よくできました。物を大事に使って、えらいね」

 たちまち、誇らしげな表情になった実香みかは。胸に掛けた、ひし形のタオルエプロンを反らせている。

 そんな様子を気に留めていたのか、母がスープをよそいながら声を掛けた。

「焦れったいところも見守っててくれて、助かるわ」

「いえ。キョウコさんに頼られるの、嬉しいですよ」

「・・・よーし!みんなと力を合わせて、今日も乗り切るぞ」

 気合いを受け取ったようにこぶしかかげると、妹も「おー」と真似た。


(あいつの調子の良さは、変わらずだな)

 友人は、言われて嬉しい言葉をりげなく伝えられる人だというか。

 まるで、甘い言葉をささやくアイドルかのようだ。

「チカ」

 一稀ひまれの目が、ニッと細められた。

 よからぬ考えを、見透かされたように―。

「俺には言えないこと、言えるの。凄いと思ってる」

「わーい褒められた」

「言わせた、の間違いだろ」

 しかし友人は、何のこと?と、しらを切るのであった。



 ◆◆◆



 いい感じにお腹も満たされ、食事の後片付あとかたづけを終えると。それぞれ、何の気なしにくつろいだ。

 一稀ひまれを交えた食卓は。クラスで起きたこと(授業中に鳥が乱入したらしい)や、両親の様子(出張の合間に、会食の約束をしている)といった友人の話題で持ち切りで。リビングの一角は、先程までにぎやかであったのだが・・・。


『依然として捜索が続きますが、改めて経緯を―』

 ニュースキャスターの声が、ダイニングに通り渡る。

 リモコンを手にした母が、テレビを付けたようだ。


 ”おみの しゅんえいくんを探しています”

 L字型に縁取られた画面には。男の子の体格や服装といった特徴や、警察署の電話番号が表示されていた。


 何より、入学式の立て看板と並び、スーツ姿で撮られた写真に。運動会で、競技に参加しているホームビデオなどは、繰り返し目にするが。

 いまマスコミが注目を寄せるのは、通称―。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る