いつかのチカイと、またあう日まで

きい

第1章—ユメ—

7月/第3/金曜日

 気付くと、暗闇の中にいた。

 辺りを見渡そうとしたが、顔が仰向けに固定されたまま。言うことを聞くはずの手足すら、感覚がなくなっている。

(まるで、宙に浮かんでるみたいだな。確か無重力って言うんだっけ)

 思考に応じたのか、正面にパッっと白い粒が現れ。あちらこちらと瞬く間に天空を覆い尽くす。

(おー)

 眼前に広がる幻想的な空間に、童心に返ったように気分が弾む。

『いま、・・・座の方角にいるから。お尻の直線上に、地球があるはずだよ』

 耳元で、天の声がささやいた。

(へー)

 ふと理科の時間にもらった、星座早見盤せいざはやみばんを思い出す。クラスのみんなは、円盤のつまみをデタラメに回して遊んでたけど。あれは、日にちと時間のメモリを合わせて、季節の星空を調べるために使うやつである。

 しかし、紙と夜空を見比べることと、実際に星空の中から観察することは、訳が違う。

(俺は、よく迷子になるから。案内してくれて助かるよ。ありがとう)

『え?待って。・・・どこから説明したら良いんだろ??』

 何かを考えあぐねる気配がする。

 それに従う他もなく、ただ言葉を待つと。

『ごめんなさい。宇宙のお話は得意だけど。帰り方は、ボクも知りたいんだ』

(そうか。それは・・・困ったね。でも、俺からは見えない、後ろの景色もわかるなんて凄いな)

『ふふん。テンモンガクを覚えたら簡単だよ。あーあ。折角なら、おにーさんにも地球を見せてあげたかったのにな〜!どんな色してるんだろ!』

(青、じゃないの?)

 意識を真下に向けると、カサカサと葉がれる音がした。

『そうなのかもしれないけどね。お絵描きの時間に「太陽は赤色で塗りましょう」って先生が言ったとしても。地上から見える光は、混ぜると白色になるんだよ』

(白?)

 運動会の応援では、白組は稲妻のパートを歌ってないか?と思ったが。

 ポチャンと、水滴がどこかに落ちた。

 言われてみると、青空に浮かぶ太陽をと感じたことは、あるだろうか?それに、絵で描き表そうとすると、間違いなく丸を囲むように毛を生やすことも・・・。

『だから。ボクにとっては地球が、どんな風に目にうつるのか、知りたいんだ』

 すると、時空の一部が大きくゆがみ。にょきっと、髪を立ち上げたひたいが顔を出すと―ネクタイを締めた、おとなの人が召喚された。その大男はおもむろあごを引き、俺のことを見下ろした。

(こ、こんにちは。・・・君の知り合い?)

『ボクが生還したら、感想を教えたい人だよ』

 その言葉にうなずくように。眼鏡の奥の瞳が、穏やかそうに細められる。



 タンタン。引き違い戸の叩く音が鮮明に響き渡った。

「・・・カ?お・・・い」

(誰か、呼んでる)

『違う。ボクじゃない』



「もし・・・し、チカさ・・・」

(この声、知ってる)

『待って。お願い、良い子にしてるから』



「・・・まま、置・・・て・・・かな』

(それは駄目だ!君も一緒に行こ―)



『ひとりにしないで』



「杉本!答えてみろ」

まぶたを開くと、木のもるような匂いに、状況を察する。

「っはい」

 伏せていた手で机を押し当て、席を立ち上がる。

 授業で寝た試しなんて、一度もないのに。

 バッと黒板を向くと、教師どころか、教室には誰もいなかった。

「ウソでしょ」

 見下ろすと、机の前でトランクスヘアの男子が膝を抱えてしゃがみ込んでいた。

 お前か。と睨む俺の顔を見るや、友人は更に肩を震わす。


「ごめんて。迎えに来たよ、チカくん」



 ◆◆◆



 昇降口を抜けると、まだ少し強張こわばっている腕を伸ばした。

「おでこ真っ赤」

 そう言われてつい隠しそうになったが・・・寝跡は、そのうち引けるだろうと放って置くことにする。

 俺は、不自然に浮いた両手を腕組みで誤魔化しながら、反撃に出る。

「いつも居眠りを起こすのは、どっちだ」

「へぇ。ヒマレはかからないよ。悪戯いたずらされないから」

 確かに、寝ている一稀ひまれを前に仕掛けるネタなど思い付かず、ぐぅの音も出ない。

 これからも、彼を揺すり起こす他ないのだろうか。


「チカって、夢とかみたりすんの?無の境地って顔して寝てるけどさ」

「そ・・・うだな?いや、夢なら久しぶりに見たな」

 隣から目をかがやかせる気配を察し、朧気ながらに記憶を辿る。

「えっと。星に囲まれて・・・。地球が青くなくて、赤?だったかな。・・・そしたら、大きなオジサンが突き出してきて、見守られた??」

 言ってみたら絵面がファンシーになり気恥ずかしくなる。

「わー。高熱でうなされるときにみるヤツじゃん」

「何それ大丈夫か?でも、一稀ひまれのおかげで助かった。学校に閉じ込められるのだけは、勘弁だからな。それに・・・」

「ニカちゃんの手伝い、でしょ」

「あぁ。まだ荷物の運び入れが終わらないんだ。大学の方が忙しんだとかで」

 今日はこれから、まとまった時間が取れるということで。

 姉の引っ越し作業を任されているのである。

「何年も遊んでないのに。そういう変わらないとこ」

「あるわ」


 住宅街を道なりに歩き。オレンジ色のカーブミラーが立つ、Y字路に出た。

「じゃ、チカん家集合っ。20分あれば余裕」

「あ、一応。運ぶのはダンボールくらいだけど、服は汚れても良いので来なよ。頼んでばかりで悪いな」

「OK。楽しみにしといて!」

 一稀ひまれは片手を上げると、颯爽とマンションの方へ駆けて行った。



 ◆◆◆



 午前に一学期の終業式が行われ、しばらくの間は夏休みに入る。ひとり、教室に取り残されていた通り。誰かと学外で集う予定はない。

 二年次の新しいクラスは、和気藹々わきあいあいとした雰囲気で。教室では、気兼ねなく過ごしていた。もちろん、級友たちと交流を深めたいとは思っているが、日常生活でやるべきこと、将来に向けてやりたいことがたくさんあって―。


(まずは宿題。参考書、なら図書室で借りるのも良いな)

(誘ってくれた陸上部は、俊敏さとか必要になるだろうし・・・。ジョギングするとしたら、ラジオ体操のついでか)


 つらつらと考えるうち、四角い戸建ての前に着いた。シンプルモダンな外観で、白を基調に、グレーの差し色が陰影を引き立てている。

 玄関ポーチで鍵をガチャガチャやっていると、居間の方から小さな足音が近付いて来るのがわかる。

 扉を引き開けると。

「おかえりなさい、おにぃちゃん」

 視界に飛び込む、妹の朗らかな笑顔に。

「ただいま、実香みか

 4歳の頭を撫でたい衝動にこらえるのが、帰宅後の日課であった。



 洗面所を使い終え、キッチンを覗くと母がいた。

「ただいま、母さん」

「お帰りなさい、直雅ちか。お昼に素麺、茹でるから」

 丁度、薬味を刻んでいるところだった。

「忘れてた。一稀ひまれ呼んだのに、昼どうするか聞いてない」

「すぐ来るんでしょ?なら、多目に作っちゃおう」

「えっ、ひまちゃんにあえる!かわいくしなくっちゃ」

「・・・わかった。着替えたら髪、結ぶから」

 ふたりしてはしゃいでいる。こうして、家族が気さくに友人を迎えてくれるのは嬉しいが。

 俺はそこまで期待してなんか、ないな。



 2階の自室に上がり、机にスクールバックを置く。

 忘れないうちに、学校で渡された通知表や、休暇の過ごし方といったお知らせのプリントを仕分けて。制服を壁掛けのハンガーフックに吊るすと、集団生活から開放されたような気分になった。

 そんで、衣装ケースから適当に、黒い無地のTシャツを引っ張り。動きやすいように、伸縮しんしゅく素材のパンツを合わせた。



 身支度を済ませてダイニングに向かうと、ローテーブルにはクレヨンが散らばっていた。

 実香みかは、ラグの上にちょこんと座り。ヘアゴムに付いている、ビーズ入りのカプセルを振りながら待っていた。俺はヘアミストを用意し、妹の真っ直ぐな髪をかす。

「みかね、じぶんのえをかいてたの」

 テーブルを見ると。開かれたスケッチブックには、二色団子に手足が生えた実香みかの姿があった。

「上手いな。髪型も似てる」

 棒人間を書く俺より、才能があるのではないか。

 しかし、褒められた本人はうつむた。

「ひまちゃんは、いないんだ・・・」

(あー・・・)

 一稀ひまれとは、学校での付き合いが続くため忘れていたが。春のクラス替えで別れてからは、放課後などに家へ寄る頻度が減っていたのである。

 だから、この機会にまた仲良くなりたい、という実香みかの気持ちを受け取った。

「じゃあ・・・折り紙はどうだ?簡単に作れるし、絵も添えてあげられる。はい」

 俺が手を放すと、実香みかは耳の高さで結ばれたツインテールを触り、仕上がりを確かめた。

「どうでしょうか」

「・・・にあってるわ」

 どうやら妹はお姫様になりきり、ご機嫌になったようで。

「いっしょにおりがみ、つくろう」

 と遊びに誘われた。

 こうして、インターホンの呼び出しを待つのであった。

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