第17話

 学園が始まったからと言って僕がこれまでにやってきていた仕事が急になくなるわけではない。

 相も変わらず僕は多忙な日々を送っていた。

 

 多くの下級貴族との会談に商会の拡大、前世より持ち込んだ知識を利用した文明レベルを壊さぬ程度の事業展開。

 どう考えても学園生活と同時並行で進めるにはきつすぎる多くの仕事をこなしているのだ。

 当然、学校が終わって帰ってきた後も仕事漬けの日々だ。


「ラインハルト侯爵家のお膝元であるラインで魔導の天廻の行動が確認されたようです」


「……彼らが?」

 

 僕は自分の秘書を務めている女性の言葉に疑問符を返す。


「はい。そうです」


「……むぅ」

 

 魔導の天廻。

 それは既に滅びた大国である魔導帝国マギアの残党たちで構成される組織である。

 彼らの目的は魔導帝国の再興とこの世界を守ること。誰よりも魔導に関する知識を持つ彼らは世界そのものを脅かす存在の誕生を察知する能力が高いのだ。

 ゲームでも世界の敵である魔王と戦う主人公たちを手助けする存在として登場していた。

 そんな彼らがなんでラインに……?


「大したことは出来ないだろ、捨ておいて構わん」

 

 疑問ではあるが、彼らはゲームだと確かこの時期にラインで暴れたことなんてなかったはずだ。

 放置しても問題ないだろう。


「そんなことよりも大事なことなどいくらでもある。チェスの売れ行きはどうなっている?」


「えっと……チェスの売れ行きは想定よりも少しだけ下回ると言った感じですね。市井の売れ上げは当初の予想通り緩やかなものですが、ここ最近になって急に売れ行きがのびました。これは徐々にルールが浸透してきたからでしょう。ですが、予定を下回ったのは貴族層への売れ行きです」


「ふむ。余か」

 

「……言い難いですが、おそらくはそうでしょう」

 

 僕の言葉に秘書は頷く。

 

「ふぅむ。だが仕方ないか。余の悪名を考えると……王侯貴族からは敬遠されているだろうからな。どうしようもないか。ここで大立ち回りはしたくないしな」


「ローエングリント侯爵のロイ閣下に売り込むのはどうでしょうか?」

 

 諦めモードの僕に対して秘書は僕へとそう提案してくる。


「……あの人にか」

 

 僕は秘書の言葉に眉を顰める。


「はい、そうです。あのお方であれば快く買ってくれそうですが」


「無理やりでもなく、政治的に問題なく、売り上げにも直結する、か……仕方ない、行くか」

 

 僕は秘書の言葉に嫌々ながらも頷くのであった。

 

 ■■■■■


 王都より場所を変えてノワール侯爵家の邸宅もあるローエングリント領の大都市、レイン。

 学園の休日を利用してレインへと足となる飛行魔法を得意とする女性と共にレインへとやってきていた僕はノワール侯爵家の邸宅へとやってきていた。


「はっはっは!久方ぶりに会うな!よくきてくれたよ!」

 

 アポなしで乗り込んできた僕に対してノワール侯爵ロイ閣下は実に素晴らしい笑顔で歓待の意を示してくれる。


「再びお会い出来て光栄だとも、ノワール侯爵ロイ閣下」


「唯我独尊とも言える君にそう言われて光栄だとも」

 

 僕とノワール侯爵ロイ閣下は熱い握手を交わし、互いに席へと座る。


「アルスくん。私が淹れたお茶だよ。美味しく飲んでくれると嬉しいな」

 

 席についた僕へとお茶を用意してくれたのはローズ嬢だ。


「……ありがとう」

 

 レインへと僕が出向くことは誰にも言っていないはずである。

 なのに何故かここにいる王都にいるはずであるローズ嬢が淹れてくれたお茶を僕は口に含む。

 た、たまたま里帰りしていたのかな?そうだよね……うん。


「どうかな?結構自信あるんだけど」


「うむ。非常に美味である」


「そう?それなら良かったわ。これでかな?……な、なんちゃって」


「ふっ。かもしれぬな」


「……ッ!そ、それはつま」


「ノワールト侯爵ロイ閣下。今日は急にも関わらずこのような席を開いてくださり感謝します」

 

 僕はローズ嬢の言葉を遮って本題を切り出す。


「俺としてはまず若い二人で話してもらっていて良いが、まぁ良いだろう……それにしても、聞いてはいたが会談時の君の豹変具合は凄いものだな。いつもそのような風に過ごしていればいいものを」


「あまり性に合わないもので」


「であれば仕方ないな。それで?今日は如何用かな?」

 

「本日は我が商会の方が開発した新しい魔道具についてです」

 

 チェスの売り込み如きで侯爵家の当主との会談を開くわけにはいかない。

 僕が魔王を捌く中で知った新知識を利用して秘密裏に開発していた魔道具に関する交渉をまずは始めるのだった。

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