第15話

「ラインハルト侯爵家はバランスを重視する」

 

 ヘラの父親であるノイ・ローエングリントは自身の前にいる娘に向かってそう告げる。


「あの家が治める領地は肥沃な土地に多くの資源が取れる地帯に交易に最適な港、巨大な工業都市も持つ我が国の中でも最も恵まれ、やろうと思えば自領だけで国を回せるところだ。だからこそ、求めるのは利益ではなく安全。歴史上争いの絶えなかった自身の治める一等地を守ってくれる心強い味方である。ゆえに国が荒れ、他国の介入が及ぼす可能性を容認しない」


「それが何なの……?私が聞きたいのはアルスが私との婚約を切らないかどうかよ。あ、アルスは私のこと、き、嫌っているみたいだし……」

 

 ヘラは父親の話すラインハルト侯爵家への冷静な分析に対して詰まらなそうな声を返す。

 アルスを心の底から愛する彼女は現実的に自分の立場を揺るがす強力で現実的なライバルを前にして焦っていた。


「ふっ。まだ甘いようだな。ラインハルト侯爵家が保守的、ということはお前とアルスの婚約話に大きくかかわっているというのに。そんな様じゃアルスにも呆れらるぞ?」


「……何よ」


「良いか?現状において我が家と君のライバルであるローズ嬢のノワール家との関係は良くない。そんな中、アルスがヘラとの婚約を切ってローズ嬢との婚約に移るはずがないのだ。うちがラインハルト侯爵家に梯子を外されたとき、我が家は本格的に袋小路と陥り、力を大きく落とすだろう。バランスを求めるラインハルト侯爵家は我が家が一方的に力を失うのを良しとはしないだろう。我が家は武に優れし一族であるしな」

 

 ラインハルト侯爵家とノワール侯爵家の関係はかなり深い。

 武力を求めるラインハルト侯爵家に対して、武芸に秀でる武闘派なノワール侯爵家は最高の相手であり、そう簡単に手放されるような存在ではない。


「そして、バランスを重視する気質は十分アルスにも受け継がれているだろう。精力的に動いているあの子であるが、その本質は保守的だ。改革派かつ大立ち回りしているように見えるが、政争に影響の与えない層への影響を強めているだけだ……何を焦っているのかは知らないが、そんなことをしても精々アルスが処刑されるような事態になったときに反発が起こるくらいで、普段の時には何の意味もなさない。自主謹慎や学園での立ち回りを見るに私の分析は間違っていないだろう。これまで通りを望むアルスであれば自らお前との婚約を破棄するなどと言う暴挙には出ないだろう」


「な、なるほど」


 ヘラはノイの言葉に頷く。


「強くあれ、ヘラよ。ラインハルト侯爵家を守る盾となれ。盾を手放せない一族はヘラが強くある限り我らを離せぬ」


「……わかったわ」

 

 ヘラはかつて軍の元帥まで勤めたことのある自身の父親の言葉に頷く……思い出すのはまだ自分が幼かったころに幾度も自分を陰ながら支えてくれたアルスの姿だ。

 

 自分と同じ年のはずなのにどこか大人らしく、周りからなんと言われようとも一切ぶれずに我が道を進んでいたアルスへの憧れと恋慕の感情をヘラは再確認する。


「アルスは私の大好きな婚約者なのよ……今度は、しっかりと私が支えてみせる。私が守るのよ」


「強くあるのは構わぬが、ちゃんと女としても磨けよ?恥ずかしいのか知らんが、まともに愛も伝えず怒鳴ってばかりなのだろう?私の妻のようにつんつんとしている女も魅力的だが、前提に愛が伝わっていなければウザイだけであるからな?愛して離さず、強い子供を産むのだぞ?」


「……ッ、うるさいわ!」

 

 揶揄うようなノイの言葉に対してヘラは赤面し、声を荒げるのだった。


 ■■■■■


「ラインハルト侯爵家はバランスを重視する」

 

 ローズの父親であるロイ・ノワールは自身の前にいる娘に向かってそう告げる。


「お前も知っているだろうが、他の侯爵家とも比べて裕福なラインハルト侯爵家は自身を守る盾である国が強くあることを望むのだ」


「えぇ、それは知っているわ。私だって劣等生じゃないの?それにアルスくんの動きを見てもわかるわ……問題はそれが私にとってプラスに働くか、よ」


「微妙なところだろうな。ラインハルト侯爵家はローエングリント侯爵家との関係も重視するだろうが、だからと言って俺らを捨ておくことは出来ないはずだ。うちの結構ヤバいからな。あの馬鹿皇子のせいで」


「……いえ、私の魅力がなかったんです」


「そう卑下することはないさ。お前は俺の最高の娘だからな。あの王子が頭おかしいだけだ。それに、あれのおかげで本当の恋を知れたんだ、プラスに思うべきだ」


「そう、よね……えぇ、そうよね」


「俺も最大限に動いて見せるから安心しろ、ラインハルト侯爵家の気質なら十分に狙い目はある。ローエングリント侯爵家が上がっていくように裏から俺でも動くつもりだ。パワーバランスが向こうの方に傾ければラインハルト侯爵家もうちに手を伸ばさずにはいられないだろう。領地の性質上、俺らよりも向こうさんを伸ばすほうがやりやすい。あそこはまだ未開の地が広いからな、だからこそ、ローズ。少しでも良いからアルスを落とせよ?最後に決めるのはアルスとなるはずだ。あれはそこまでになる男だ。まだ小さい。だが、未来はわからねぇ。わかっているな?」


「……うん。わかっているよ」

 

 ローズはロイの言葉に頷く。

 彼女は既に女としての自信を一度失った。

 しかし、それでも新しく見つけた本当の愛を前にしてローズは心を燃やす。


「必ず、私は幸せを掴んで見せるよ」


 ローズは実に頼もしい表情でそう頷くのであった。


 ■■■■■


 恋に燃える二人の少女が自身の心に炎を灯していた頃。

 

「……なんでもローズ嬢も僕に構ってくるんだ。適当な外国の女と結婚して愛人を囲んでハーレムを作る計画の邪魔しないで欲しいんだけどなぁ」

 

 アルスは実に最低なことを一人、つぶやいているのだった。


 

 

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