第11話

 どうしてこうなった。

 自主謹慎につき屋敷にこもっているはずの僕は自身の体を撫でる乾いた風を浴びながら呆然と立ち尽くす。


「何を呆けているのかしら!?それでも私の婚約者なの!?早く戦うわよ!」


「……わかっておるわ」

 

 ここ一年弱ずっと過ごしていた屋敷ではなく武骨な岩に囲まれる谷の上に立つ僕は自身の隣に立つヘラからの叱責の言葉に少しばかり眉を顰めながら素っ気なく返す。


「ガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


「ぎしゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!」


「ガァ!ガァ!ガァッ!!!」

 

 そんな僕の前には今、数多のドラゴンが鳴き声を上げ、天空より迫ってきた。


「……なんで」

 

 隣にいるヘラが戦闘態勢へと移る傍らで僕は小さく呟き、現状を前に歯噛みする……何故、自主謹慎中であった僕が天才児としてヘラが飛び級入学することになった一件である竜王との戦いに身を投じているんだ?


「雑魚が。余の上に立つなど頭が高い」


 僕は内心で歯噛みしながら、己の武を示すためも黒炎を展開し、目に映るすべてのドラゴンを燃やし尽くして見せる。

 

「……わぁ、凄い」


 半ば無理やりヘラ並びに父上の手によってこんなところにまで連れてこられたわけであるが、ここで無様を晒すわけにはいかない。

 この場には僕たちの他にもこちらを監視する魔法の存在があるのだから。


「……ふぅー」

 

 僕は噛ませ犬的な扱いであったが、一応敵として主人公の前に立ちふさがる存在であり、それ相応には強い。

 一切鍛えずともある程度の実力を担保する僕が生まれながらに持つ力こそが己の魔法である『黒炎』である。

 

 この世界の人間もその敵である人類へと見境なく攻撃を仕掛けてくる魔物も魔法を使って戦う。

 魔法には二つあり、一つ目は汎用魔法。

 誰でも使える魔法であり、発動する原理はこの世界に住まう者なら誰もが持つ生体エネルギーである魔力を用いてこの世界の理へと干渉し、奇跡を起こす術だ。

 既に長き人類の歴史の中でその技術を発展させてきた汎用魔法は既に洗練されており、理へと干渉する方法として詠唱は魔法陣、札など様々な方法が編み出され、発動の仕方も誰でも出来るよう体系化されている。

 そんな洗練された現代に残る魔法の数々を超える独自の魔法を生み出すのは至難の業と言えるだろう。

 だからこその汎用であり、教育の場で教えられる技術だ。


 それに対してもう一種類が固有魔法である。

 固有魔法の中にも種類が二つあり、一つは洗練された汎用魔法を超えるだけの個人が開発した独自の魔法が含まれる。

 そして、もう一つはその発動の根本から異なる。

 異能と呼ばれることの方が多いこっちの固有魔法は生体エネルギーである魔力そのものに特殊な性質が伴っており、ただ魔力を垂れ流すだけでその性質を顕現させる。

 僕の黒炎もこれに分類される。

 

 黒炎はすべてを文字通り『燃やし尽くす』。

 そのような性質を、権能を持つ僕の黒炎はこの世界の概念すらも燃やし尽くし、極めれば死すらもなかったことに出来る無茶苦茶である。

 まぁ、死者蘇生を行うにはあまりにも難しすぎる問題が多くあり、現実的ではないのだが、それでも傷すら燃やしてなかったことに出来るし、当然相手を燃やすのだって容易だ。

 

 あまりにも強すぎる魔法、異能であり、これが大して訓練もしていなかったゲームのアルスが悪役として主人公たちと戦えた理由である。

 何もせずとも敵を燃やし尽くせる異能を生まれながらに持てばそりゃ訓練も馬鹿らしく思えるだろう。


 ちなみにだが僕の魔力はすべて黒炎の性質を持っており、汎用魔法は一切使えない。

 普通は特定の性質を持った魔力はその人が持つ魔力のほんの一部分なのだが、僕は全部だ。

 そのせいで僕は便利な汎用魔法を一切使うことが出来ない。


 実は僕が多くの女を囲うのにもこれが理由として少しある。

 他の貴族が魔法を使って自分の身の回りの雑用を行っている中、自分だけがその体を動かして行うのは威厳にかけるため、他者を動かすことで貴族感を演出している部分も少しはあるのだ。


「さて、真打が出たか」

 

 そんな異能を持つ中、僕は己の鍛錬を怠ったことはないし、魔王を食してその力を取り込んだことで僕の身体能力は人外レベルとなっている。

 未だ11歳にもならぬこの身ではあるが、それでも僕はこの世界でもトップクラスの実力を持つと自負していた。


「ガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 今回の一件の本題は僕が燃やし尽くした何の戦力にもならないような小さなドラゴンではなく、小国であれば落とせるような巨大にして圧倒的な力を持つ悠久の時を生きる竜王の討伐であった。


「ふっ。私も少しは良いところを見せないとね!」

 

 僕の圧倒的な異能の力を目にしたヘラは今度は自分の番だと言わんばかりに僕たちの前へと降り立った巨大なドラゴン、竜王へと突っ込んでいく。

 その竜王は炎を司る炎竜の頂点に立つ存在であり、僕の黒炎とは少しばかり相性が悪いだろう……一撃で全部溶かし切るのは少々面倒だろう。


「ガァッ!!!」


「遅いわよ?」

 

 だが、それでも僕が心配することはないだろう。

 僕が何もしなくとも心強い婚約者であるヘラが全部を一人で片付けてくれるだろう。


「ガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


「そんな悲痛気な声で哭かないで頂戴?私が悪者みたいじゃない」

 

 人間のサイズなど蟻と変わらないと断じれるほどの巨躯を持ち、身をよじらせるだけで地上に大災害を齎せそうな竜王はその体を最大限を動かして谷を破壊しながら自由自在に空を飛び回るヘラへとその手と尻尾を振り回す。

 だが、それがヘラへと当たることはなく逆にヘラの刃によってその体をズタズタにされていく。

 

 ヘラが得意とするのは汎用魔法の一種である光魔法。

 彼女の手にある剣からどこまでも伸びる光線の刃によって竜王の巨躯はまるで豆腐かのように容易く斬り刻まれていた。


「ガァァァァァァァァァァアア!!!」

 

 このまま戦闘を続けても負けることを悟った竜王はここら一帯を消し飛ばすべく口元に魔力を溜め、ブレスを吐く準備に入る。


「ふふっ」


 それに対してヘラは何か止めるような仕草を見せず、ただそれを傍観する。

 確かに、竜王程度のブレスであれば僕もヘラも無傷で乗り切れるし、一度吐かせきった後に出来る隙を狙って一気に攻め立てた方が楽だろう。

 それでも周りの被害がとんでもないことになってしまうだろう。


「少しは周りへの被害も考えることだ」

 

 僕は自分の異能を発動させることで口元にたまっている魔力を焼き尽くしてその姿を消し、そのまま竜王の頭にまでその炎を延焼させる。


「悪いが、美味しいところは貰うぞ?」


 地上から竜王の元へと飛び上がった僕は黒炎へと包まれて徐々に溶けていく竜王の頭を、ヘラでも簡単に斬り捨てられない竜王の命を支える大事で最も硬い首並びに頭をただ蹴りだけで叩き潰し、地面にトマトのようにその血肉をぶちまける。


「……」

 

 頭を失った竜王の巨躯はそのまま地面へと倒れるのだった。

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