第10話
僕が普段使っている執務室にいるのは今、僕とその婚約者であるヘラ・ローエングリントの二人だけ。
何とも言えない気まずい雰囲気が流れていた。
「……随分と、暴れたそうね?」
「うむ」
僕はヘラの言葉に頷く。
「私の婚約者であるってことも忘れないで欲しいのだけど?」
「だが、必要であったのだ。許せ」
「……まぁ、別にそこは許すわ。でも!一つだけ見過ごせないことがあるわ!貴方、私という者がいながら女の子を誑かしたそうじゃない」
「別に誑かしたわけではない」
僕はヘラの言葉を否定する……決して、疚しい気持ちがあったわけではないッ!!!
「私の目を見て言えるかしら?」
「……」
「ほら!今、目を逸らしたわね!見逃してもらえると思わないことね!」
いや、あれは仕方ないと思うんだよね。
表面上は平常心を保っている僕は内心で言い訳がましい思考を回す。
「……」
「とにかく!私のこと、忘れないないでね!貴方は私の婚約者なの!その自覚を持ちなさい……わ、私の家の名が穢れるわ」
「善処しよう」
ヘラの言葉に日本の政治家が生み出した最高の言葉で返す。
「それで良いのよ。それで。それじゃあ、今日からしばらくの間、ここに泊めてもらうから。お願いね」
「……む?」
僕はヘラの言葉に疑問の声を上げる。
「文句は言わせないわよ。既にその気で来ているのよ……これからも予定が詰まっているみたいだし、とりあえず私はここで退出するわ。それじゃあね」
嵐のように現れ、僕へと実に的確な指摘をしていった彼女は部屋を出るべく扉へと手をかける。
「……それと、私は貴方を嫌ってなんかないわ。む、むしろ……す、す、す、好きというか、ね?……これからもよろしく」
最後に、僕へのデレとも言えるような言葉を残していったヘラはそそくさと僕から逃げるように立ち去って行った。
「……え?何そのツンデレ発言」
執務室に一人残された僕は思わず素で言葉を漏らす。
「……っと。勘違いはしないでおかないと」
少しばかり呆けていた僕は自分の手の甲を少しだけつねりながら小さく呟く。
ヘラの今の言葉とて恋愛が理由と言うよりも貴族としての義務から僕を好きであろうとしているだけだろう。
たとえ、主人公が今回の件で王位継承権を放棄させられ、そのまま海外に厄介箱として追放されてもヒイロ第二王子殿下はちゃんとヘラのことを攻略することだろう。
何せあのヒイロ第二王子殿下はローズ嬢を主人公としたDLC版において不死鳥の変態と呼ばれ、ラスボスよりも恐れられた男なのだ。
どんなルートを通り、どんな方法でもってヒイロ第二王子殿下を陥れていれても彼は必ずやローズ嬢の前に舞い戻ってくる。
奴隷となっても素手でありとあらゆる難敵をぶち殺して成り上がってきたのはもはや狂気であり、恐怖の対象だ。
何があろうとも主人公補正なのか戻ってくるヒイロ第二王子殿下は最終的にラスボス戦である魔王との戦いにも参加し、その功績でもって必ず次期国王最有力候補となるのだ。
ちなみにヒイロ第二王子殿下はたとえそうなっても『俺にはリリスさえいれば良い』などとほざいて公爵家として辺境に閉じこもるようになる。
それだけの一途さを持っているのに無意識下で女の子を大量に攻略して必ずハーレムエンドとなるのがあの男だ。
意味の分からない男である。
だからこそ、たとえ今回の件で王位継承権を放棄させられ、厄介箱として海外に留学と言う形で追放されても普通に戻ってきて変わらぬ日々を送ることだろう。
「僕は脇役らしくメインヒロインを攻略するつもりはないよ」
マシになってきたとはいえ、それでも少しだけ落ちこぼれ扱いが残っている僕とは違い、ヘラは努力の天才だ。
とある功績を理由に飛び級での学園入学が認められることになる彼女は僕の知らぬところで勝手にヒイロ第二王子殿下の手によって攻略され、真の愛を知ることとなるだろう。
「ヘラはヒイロ第二王子殿下に任せるさ」
僕は小さく呟き、仕事へと戻るのだった……やるべきことはいくらでもあるのだから。
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