第9話
「自主謹慎。お疲れ様にございます。変わりないようで安心いたしました。国王陛下からの許しを得てもなお、自主謹慎と言う形を取るアルス卿には頭が下がるばかりです」
「あれだけのことを宣っておいて何もなしと言うわけにはいかぬであろう。たとえ、国王陛下が許したとしても、な。して、何の用か?いや、貴様に言わせるのは酷か」
「……その御心に感謝します」
「金であるな?」
「そうにございます」
僕の言葉に目の前に座っている男が頷く。
彼はヒイロ第二王子殿下を射止めたリリスの生家であるマキュライト商会に多額の
借款をしていた数多の金欠の貴族家が一つの当主であった。
僕が大暴れし、ヒイロ第二王子殿下が失態を犯したパーティーより一週間。
自主謹慎と言う形で自領の方へと父上よりも早く戻って領内から出ていない僕はここ最近、ずっと彼のようなマキュライト商会に多額の借款を行っている貴族家の当主と面会を行ってばかりいた。
此度の失態を受け、レイスト王国での商いが難しいと判断したリリスの父は既にこの国から手を引きつつあり、そのあおりを一番喰らったのが金欠の貴族家たち。
そんな彼らを支援するべく僕は常に窓口を開けているのだ。
マキュライト商会を嵌めるだけでは飽き足らず、彼の商会がなくなったことで空いたシェアに自分の傘下にある商会を伸ばして大きく利益を上げる僕こそが彼らへといの一番に手を差し伸べるべき人間であることは一目瞭然であろう。
「いくらであるか?」
「……金貨、百枚ほどお貸ししていただければ」
「よかろう」
僕は自分の傍らにあるずっしりとした金貨がパンパンに詰まった巨大な袋を三つ取り、それを目の前の男のへと差し出す。
「金貨三百枚ある。余った分で領内を潤わせ、ここに至るまでで迷惑をかけたものへの補填へと当てろ。利子はいらん。もっていくと良い」
「よ、よろしいの、で……?」
金貨三百枚。
日本円に換算すると大体三十億くらいだろうか?
とんでもない大金を利子なしで貸し出すと告げる僕を前に恐る恐るという態度で男が疑問の声を上げる。
「二度も言わすつもりか?余は自身で稼いだ金の出し所をミスるほど愚かでないわ」
「……ありがとうございます」
僕の言葉を受けた目の前の男は瞳に涙を浮かべながら……貴族は、基本的に見栄とプライドの生き物である。
それが大商会のトップとは言え、平民風情に頭を下げて金を借り、あまつさえ侯爵家の令嬢を貶める作戦に無理やり参加させられたのだ。
目の前の男が感じた屈辱は容易に想像……別に僕はしないけど、それでもまぁ、嫌なことだろう。
そんな中で太っ腹なところを見せた大貴族の息子である僕にこれから彼は頭が上がらないだろう。
「頭を上げよ。そして、これからも一層励め」
「ははぁ……!!!」
僕の言葉に対して目の前の男は深々と頷き、実に力強い言葉で肯定の意を示してくれる。
僕は順調にこの国の中での影響力を強めていた。
■■■■■
すべてが順調。
経済界でも政界でも急速に影響力を拡大させ、決して離れることがないであろうノワール侯爵家とのつながりも出来た。
僕の死亡フラグを折るための一環。
世界最高峰の武力だけではなく、決して僕を容易には殺さない状況を、立場を作るという僕の目的も徐々に達成されつつある。
未だ子供の身だが、並みの貴族家の当主よりも強い影響力を既に手にしている。
女に目がなくてどこまでもだらけている落ちこぼれ。
そんな僕の評価は既に覆りつつあり、決して表には出してこなかったうちの家に仕える者たちの裏の評価もうなぎ上りとなっている。
「……」
まさに笑いが止まらないといった状況であった。
「それで?如何用か?」
そんな中で、僕は渋面を内心で浮かべながらつい最近言ったばかりな気もする言葉を目の前にいる少女へと告げる。
「婚約者が貴方に会いに来ちゃだめなのかしら?」
「……構わぬが」
今、僕の前には仁王立ちで立つ僕の婚約者であるヘラ・ローエングリントがぶすっとした仏頂面を浮かべる彼女がいるのだった。
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