第8話
嵐のようにすべてを呑み込んでいったラインハルト侯爵家のアルスがパーティー会場を去っていったあと、当然パーティーは中止となった。
主役であったヒイロ第二王子殿下は蹴り飛ばされて気絶しているのだ。
これで平然と続けていたら正気を疑われるだろう。
「まずは私から謝罪させて欲しい」
解散後、王宮内の会議室に国王陛下を始めとしたこの国を代表とする有力者が集まっていた。
ノワール侯爵家の当主にローエングリント侯爵家の当主にラインハルト侯爵家の当主。
この場にいないコンロッド侯爵家の代理としてオルリスト伯爵家の当主が。
たった五人、されど五人。
この国における最高権力者たちが一堂に会するこの場で国王は深々と頭を下げる。
「あの少年の言う通りであった。ここ最近、私は自分の立つ位置を見失ってしまっていた。本当に済まない」
国王はどこまでも素直に謝罪の言葉を口にする。
「ノワール侯爵。私の愚息が話していた虐めについての正式な調査を行い、ローズ嬢の無実が露わになった際、此度の失態を犯したヒイロからは王位継承権を強制放棄させることで許しとして欲しい」
王位継承権の強制破棄。
それは王子としての価値の大部分を失ったと言えるかなり重い処罰である。
「それで頼みます。国王陛下。私の娘は虐めなどしておらぬはずですから」
「あぁ、わかっているとも。そして、ラインハルト侯爵。決して君の子息にも罰則を与えぬことを約束しよう」
「……私の愚息の場合は罰則を受けるべきかと愚行致しますがね。それでも、そのような寛大な決断を下していただき感謝いたします」
国王陛下の言葉に対してラインハルト侯爵は苦笑しながら口を開く。
「此度の件はこれで終いにしてもらいたい。そして、オルリスト伯爵。私の方からコンロッド侯爵の領土で起きた災害に対する補填を約束しよう。約束が遅れてすまない」
「いえ、その言葉を聞いたコンロッド侯爵オレノア閣下はお喜びになられるでしょう」
「それならば良かった。改めて告げよう。ここまでの私は多くの失態を演じた。それを謝罪しよう」
国王は再びこのような場所で深々と頭を下げ、誠心誠意謝罪の言葉をよどみなく口にする。
現国王は決して聡明な君主ではない。
しかし、他者からの提言を受け入れられる良き国王にして、善良な人物である。
国をまとめ、他国からの侵攻を跳ねのけられる強者で居続ける。
そのために抱く国王としては理想的な人物と言えるだろう。
国王が頭を下げ、自分の一家の過失として歴史にも残るである大混乱の騒動はこれで終息だ。
この場での決定を跳ねのけられる者などいないだろう。
「それで、だ。彼を愚息などと評すな」
一時的に話が終息し、肩ぐるしい雰囲気が緩和されたこの場でノワール侯爵は今回の件で最も大きな存在感を放った一人の少年についての話題を出す。
「なかなか鮮烈な子じゃないか。やり方は乱暴、そして態度は傲慢。だが、考えれば考えるほどあの場を何事もなく収める方法は思いつかん。内に秘めたる魔力と実力も高そうだ。落ちこぼれと聞いていたが、かなりの神童ではないか。うちの娘も彼に心底心酔しているようだ。うちの娘の名誉を守ってくれて感謝するぞ」
「……アルスくんは私の娘の婚約者だ」
アルスをベタ褒めするノワール侯爵に対してローエングリント侯爵家が牽制するように話へと割り込んでくる。
「だが、不仲なのだろう?」
「そのような事実などない」
「ほう?ではあの子が嘘をついた、と?」
「お二人ともそう睨み合うものではない」
睨みあうノワール侯爵とローエングリント侯爵の間にラインハルト侯爵が割って入り、争いを諫める。
「ふふっ。どうやらあの子はモテるようであるな。それではほれ、ここは間を取って私の娘と婚約させるのはどうかね?ちょうどあの子の一つ下の娘がいるのだよ。可愛いぞ?」
そんな中、国王までも話に入り、婚約者として自分の娘を上げる。
「「……ほう?」」
「冗談である」
そして、国王は二人の侯爵家当主からの視線を受け、あっさり前言を撤回する。
「さて、とりあえずこの場は解散するとしよう。これ以上話すこともないようであろうからな」
そして、国王は無理やりこの場をまとめ、解散を促すのであった。
■■■■■
一時的に牢屋……というか、個室というのが相応しいと思える家具の揃う牢屋の中で勾留されていた僕は一時間足らずで開放され、王都内にあるラインハルト侯爵家が保有する屋敷へと戻ってきていた。
「まったく……とんでもないことをしてくれたものだ。今回はたまたま何もなかったから良いものを……王家を転覆などという話を聞いたときは吐きそうになったぞ?実際に、出来そうなのも肝を冷やす。あまり迂闊なことは告げるな」
父上の執務室の中で。
僕の前に座る父上が疲れ果てたような表情で僕へと告げる。
「結果など、過程を見てさえいれば予測など容易だ。余に何の罰則もないことは予測しておったし、実際にそうなった」
「だとしても、賭けの部分が一切なかったわけではないだろう」
「確かにリスクはあったかもしれんが、これで父上もノワール侯爵家とローエングリント侯爵家の仲を取り持ちやすくなったのではないか?両家に接近出来たわけゆえにな。プラスもあったろう」
ノワール侯爵家とローエングリント侯爵家はあまり仲の良い両家とは言えず、ちょっとしたすれ違いを起点としてここまで両家はギスギスし続けている。
今回のローズ嬢への一件にローエングリント侯爵家も味方ではなく敵として関わっているほどだ。
父上はそんな両家の仲を取り持とうと努力している最中だったのだ。
今回の件が理由でラインハルト侯爵家が両家へと近づくきっかけとなり、両家にある程度干渉出来るようになったのではないだろうか?
「……マイナスなのかプラスなのかはわからぬ域だぞ」
僕の言葉に対して父上は少しばかり表情を曲げながらそう話す。
「父上ならばたとえマイナスであっても取っ掛かりさえあればなんとかできると信じておる。出来るだろう?」
「……はぁー、息子にそこまで言われたらやるしかないなぁ。まったく」
どこまでもへこたれない僕の言葉に父上はため息まじりに答える。
「それでは任せたぞ?父上。あぁ、それと。余は学園に入学するまでの二年間の間、自主謹慎しようと思う。社交界の場には出ぬからそのようにな」
「……は?」
最後に自主謹慎をする旨を伝えた僕はその返事も聞かずに父上の執務室を出るのであった。
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