第192話 王子殿下の憂鬱
エルダーロックの街に隣接する旧ダーマス領、現王家直轄地にコウと知らない仲ではないオーウェン第三王子が公式な形で視察に訪れていた。
側近はいつもの通りで、身の回りの世話をするセバスと護衛役である騎士のカインとアベルがいる。
もちろん、公式の訪問だから他にも護衛の騎士が付いており、旧ダーマス領を現在治めている代官からは表向き歓迎ムードであった。
「──ふむ、言い分はわかった。しかし、ここまで赤字が出る程の出費は見過ごせないな」
オーウェン王子は、代官の説明を内心不快に感じながら、領地の運営状況が良くないことに難色を示した。
「ですが、今、ご説明した通り、緩衝地帯で好き勝手しているドワーフ達の街に隣接している以上、軍の整備に予算を割くのは当然のことかと……。それに奴らが本当に好意的であるならば、この直轄地を通して商売を行ってもいいはずですが、それもしておりません。何かしらの意図があって、この地を避けているとしか思えないのです」
代官は赤字の原因は、全てドワーフ達の街エルダーロックにあるとばかりに全責任は擦り付ける姿勢のようだ。
「……検問所の通行税、持ち込む荷物に掛ける関税、それらがかなりの高額になっているからであろう? このことは以前の領主ダーマス元伯爵も同じことをしてドワーフ達にそっぽを向かれたではないか。代官、お主はそこから何も学ぶ気が無いのか?」
オーウェン王子は、王家が非公式ながら自治区として認めたエルダーロックという存在を、代官が暗に認めていないのでそれを指摘した。
「恐れながら王子殿下。奴らに甘い顔をすれば、つけあがるのはダーマス元伯爵の末路を見ればおわかりかと。私としましては、奴らに媚びを売って関税を安くしている隣領のボウビン子爵こそが責められるべきかと思います。ここは、王子殿下からもボウビン子爵にそのやり方について非難する声明を出してほしいくらいです」
代官は元々第一王子派を自負する人物であり、エルフとの混血であるオーウェン第三王子を軽視していたから、この進言も少し行き過ぎている感がある。
「代官、そなたはこの地の領民達の生活を第一にするべきだ。王家直轄領である以上、領民の不満は直接王家に向けられる。それを代官であるお主が軽んじて出費を抑えず、税を引き上げて領民を困窮させている事実は変わらない。それに、赤字の原因である軍の維持費の大半は、駐屯している黒獅子騎士団の人件費となっている。これはどういうことだ? 騎士団にはすでに予算から給与が支払われているのに、ここでも二重に支払われているのはおかしいではないか」
オーウェン王子は代官が派遣されている黒獅子騎士団と共に、この地で甘い蜜を啜っていることを指摘した。
「それはおかしいことではありません。黒獅子騎士団の皆様には、わざわざ王都からこの辺境の地への派遣ということで、それを労う為の出張費や、辺境派遣手当、緩衝地帯遠征手当、特別職務手当などを私の権限で税金の中から捻出しております」
代官はおかしなことは何もないとばかりに反論する。
「国からはすでにそれらを含めた額を支払っていると言っているのだ。それに、代官も同じような名目で多額の手当を受け取っているな? これは明らかに国に対する横領行為だ。代官、自治区がどうこう言う前に、お主のおかしな行為を見直す必要があったな。──これ以上は話しても無駄なようだ。皆の者、代官をひっ捕らえよ」
オーウェン王子は、そう言うと、護衛の近衛騎士に命令した。
これには代官はおろか、その場に居合わせた黒獅子騎士団の隊長も驚く。
「お、お待ちください。王子殿下! 代官殿は王都から離れて長い間、辺境に留まって治安を維持する我々の努力を労う為に行っただけのこと。それを横領と一方的に言われるのはあまりにも……」
黒獅子騎士団の隊長は代官と日頃から仲良くしていたのだろう、庇おうと前に出てそう告げる。
「隊長、お主にもその嫌疑がかかる可能性があるのを承知で言っているのか? 私は王国の法に照らして逮捕を命じている。それに対して不満でもあるのか?」
オーウェン王子は、じろりと黒獅子騎士団隊長を睨む。
その睨みに対して隊長は言い返せず、言葉に詰まる。
隊長は飾りにもならない混血の王子だからと甘く見ていたのだが、それが運の尽きであった。
オーウェン王子も、本当は自分の素を出してまで汚職を裁くつもりはなかった。
冒険者の振りをして全国を放浪することもある王子であるから、そんな光景はいくらだも見てきていたからだ。
しかし、今回は、このまま放っておけば、それらの罪はエルダーロックに擦り付けられる恐れがあるとオーウェン王子も感じたのである。
だからこそ、まともな判断をして処罰することにしたのであった。
オーウェン王子は、すぐに領内の税率を下げ、軍にかかっている余計な予算を削る。
これには、駐留する黒獅子騎士団も不満顔であったが、それはオーウェン王子にとっては知ったことではない。
そもそも、支払わなくてよいものだったからである。
オーウェン王子はそのことについても騎士団を前に演説した。
「──これは騎士団の名誉にも係わることだ。王国法に不満がある者は前に出よ!」
オーウェン王子は堂々とそう告げる。
王国法を出されて、不満を言える者はいない。
相手は特にその王国法による裁判権を持つ王族である。
それを無視して文句を言える者などいようはずがなかった。
「代官の証言が取れ次第、そなた達に不当に多く支払われた手当について返還請求が行われるかもしれない。だから、手元にあるお金の扱いについては慎重に行え。返還請求に応じない者は拘束される場合もあるからな」
オーウェン王子は止めとばかりに、指摘する。
これには、黒字獅子騎士団の者達も動揺を隠せない。
湯水のごとく使った者もいたからだ。
そういった者は肝を冷やして残りの任期を過ごすことになるだろうが、それは仕方がないだろう。
本来、それは受け取るはずがない手当だったのだから。
しばらくはエルダーロックに顔を出すことはできないな……。手紙をまた出しておかないといけない……。
オーウェン王子は、内心で嘆息すると、旧ダーマス領の改革に着手するのであった。
数日後のエルダーロックの街の夕方。
コウが、仕事から帰ってきて、一息ついていたところであった。
「コウ。王子殿下からまた、手紙が来ているわ」
手紙の裏に書かれていた差出人名を見て、ダークエルフの同居人ララノアがコウに手紙を渡す。
「あ、そろそろここに来るのかな?──どれどれ……、ふむふむ……、え? そうなの……? それは大変そうだなぁ……。そうなると、結構時間がかかるかもしれない……。──ララ、王子殿下こっちに顔を出すのはもう少し時間がかかるってさ」
コウは手紙の内容を確認してララノアにそう告げる。
「そうなの? 街長も歓迎の準備をしているんでしょ? 明日、仕事行く前に伝えに寄った方が良いわね」
「うん、そうするよ。あっ、夕飯の担当はララだよね? メニューは何にしたの?」
「今日は、コウの好きなトンカツよ。私も食べたかったし」
「丁度も僕も食べたかったんだよ。やった!」
コウはその見た目の少年の姿に似合う喜びようで、テーブルに着く。
剣歯虎のベルもその足元で静かにしており、二人と一匹で楽しい夕飯を過ごすのであった。
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