第191話 発展する街 五章
エルダーロックの街は着実に人口が増えながらも平和な時間が過ぎている。
そして、そのエルダーロックの街と密かに同盟を結んでいるコボルトの村も意外なことに平和な時間が流れていた。
というのも、コボルトの村はヘレネス連邦王国から密かに派遣された中央軍である『氷の精霊騎士団』を、緩衝地帯での戦いにおいて撃滅した事から、いつ軍を再派遣されていてもおかしくなかったからだ。
しかし、『氷の精霊騎士団』の敗北により、中央王都では軍の最高司令官である大元帥が責任を取って辞職。
世間ではこの辞職の理由が『氷の精霊騎士団』が緩衝地帯での訓練時における事故が原因だったことになっていた為、新たな大元帥の指揮能力を量る為に各国が国境で軍を動かす事態になり、ヘレネス連邦王国はその対応に追われ、緩衝地帯のコボルトの村を相手にしている余裕がなくなったからであった。
このヘレネス連邦王国国境付近での諸国との揉め事は、意外に長引くことになる。
というのも、新たな大元帥の対応が後手後手に回っていた為、
「あれ? これならいけるのでは?」
と思った近隣諸国が複数いたからだ。
この時代、軽率な判断一つで国境線が塗り替わることはよくあることである。
もちろん、的確な対応をしていれば、
「手強い指揮官のようだ。ちょっかいを出すのは止めておこう」
と思われて問題は大きくならないだろう。
しかし、今回のように対応が後手に回ると、付け入る隙があるのなら領地を切り取ろうか、と考えるのが敵国であったから、ヘレネス連邦王国は新たな大元帥が初動でミスを犯しと言えたのである。
そんなことからコボルトの村は、緩衝地帯で平和を保つことが出来た。
もちろん、セイレイン王領の地方軍五百を殲滅した事実は世間に広まっていたから、多少の注目はされている。
だが、あくまでも緩衝地帯の小勢力という扱いであり、脅威としての注目は集めていない。
どちらかというと、これもヘレネス連邦王国側の対応が悪かったという扱いで、それも近隣諸国からヘレネス連邦王国が舐められる結果の一つになっていた。
そして、このことで、ヘレネス連邦王国内で迫害を受けるコボルト達や、獣族系の者達(獣の姿をした二足歩行の者を指す)が、コボルトの村の存在を知ることになり、続々と緩衝地帯に移住を望む者が増えることになる。
エルダーロックの街では、同盟者であるコボルトの村が平和であることは望むことであった。
こちら側でもやることは多く、戦にばかり時間を取られるわけにもいかないからだ。
それに戦はお金がかかるし、人も失う。
幸い、緩衝地帯の戦いでは、ドワーフの重装歩兵隊、ヤカー重装騎兵隊は負傷者は多かったが、死人は一桁で済んでいた。
その理由の一つとして、装備品が『コウテツ』が刻印なしで製作した魔鉱鉄製という優秀なものであったから被害も最小限で抑えられたのが大きい。
あとは日頃からの訓練成果だろう。
この時を想定して、街長ヨーゼフの指示のもと、訓練に精を出していたから、それが結果として出たという事である。
街の民は、当初、あまり軍の整備に賛成ではない者もいたのだが、今回の件でその考えも無くなったようだ。
力が無ければ主張も出来ないのがこの世の中だからである。
コボルトの村を救ったことでその評価は一層高くなっているのであった。
「あとは食糧不足を回避する為にも、経済をさらに上向きにしないといけないですね」
コウが街長邸での幹部会議でそう提案する。
「それなら高原の村が大規模な農地開拓を行っているから、自給自足という意味ではあまり心配の必要はないと思うぞ」
農業ドワーフでエルダー高原の村村長であるヨサクがコウの心配に答えた。
「僕もその話を聞いて安心していたのですが、コボルトの村の方に今、移住者が殺到しているようなんです。今朝の報告では、村の人口が千五百人を越えたようですから、こちらに食糧調達の打診に来るのもすぐだと思います」
「なんと! 一応、ゴーレム達を使ってかなり余裕を持って農地を広げていたんだが、その話だと近いうちに追いつかれそうだな。──わかった、新たに耕作予定地を村民と話し合って増やすことにする」
「頼むぞ、ヨサク村長。──それと現在、この街の収入源は鉱山、武器防具・鉱夫ブランドの『コウテツ』、服飾ブランド『アルミナコ』、トレント木材の輸出、そして新たに魔導具ブランド『ジトラ』や麦酒ブランド『エルダーロック』と増えてきているから、その収入で足りない物は輸入する形で大丈夫だろうか? みんなの意見を聞いておきたい」
街長ヨーゼフは、ドワーフの身ならず、大鼠族やコボルト、各獣人族にエルフなどいろんな種族が集まってきているこの街の代表者達に意見を求める。
「個人的にはヤカー・スーによる運搬業も始めたいと思っているのですが、どうでしょうか?」
獣人族の代表の一人である
「運搬業? ガルルは今、エルダーロックと高原村間の運搬や、大鼠族と組んでバルバロス王国方面の商売の助手を務めているのだよな?」
街長ヨーゼフが現在の袋鼠族の役割を確認する。
最近、大鼠族が狙われる事件がバルバロス王国内で起きているで、その護衛と荷物の運搬を兼ねて獣人族である袋鼠族と一緒にヤカー・スーでの運搬をしていた。
袋鼠族は、その特性から格闘に優れた獣人で大鼠族との相性もいいことから最近一緒に組んで仕事をこなしているのだ。
「ええ。まだ、組んで日が浅いですが、大鼠族のみなさんからは好評ですので、この際、ヤカー運送業として形にしようかなと。もちろん、この街の為に動くのが前提として各地の情報収集を大鼠族と一緒にやれればいいかなと考えております……」
ガルルはしっかり考えてのことのようで、大鼠族の者達も賛同するように頷いている。
「ヨーゼフの旦那。袋鼠族のみんなにはうちもお世話になっていてさ。ヤカーの管理もしっかりしてくれるから、こっちとしては助かっているんだ。運送業だけでなく人を運ぶ交通の便にもなってほしいんだがどうかな?」
後押しするように、この街の功労者の一人である大鼠族のヨースが提案した。
「ふむ……。今あるものをしっかり商売にしようということか……。──わかった。それならヤカー牧場長のアズーに頼んで運搬向きのヤカー・スーを優先して回せるように頼んでもらってよいか?」
街長ヨーゼフは忙しくてこの場にいないアズーの代わりに来ていた助手のドワーフにそうお願いする。
「わかりました。牧場も今丁度、繁殖時期が落ち着いて数が回せるので大丈夫だと思いますが、長のアズーに確認します」
アズーの助手が快く引き受けた。
「よし、新たにこの街から運送業が誕生しそうだな。わははっ! ──他に何か提案はあるか?」
街長ヨーゼフ幹部達を見渡して意見を確認する。
「あの……、提案ではなくご報告があります」
コウが挙手してそう告げた。
「報告? なんだ、何か情報でも入ったのか?」
「今朝、うちに直接手紙が届いたのですが、オーウェン第三王子からのものでして、隣領である旧ダーマス領に視察に来ているらしく、こちらにも顔を出したいそうです」
「「「えー!?」」」
コウの報告に一同は、驚く。
一応、自治区とはいえ非公認の街だから、そこにバルバロス王家の王子がこちらに足を運ぶというのは、前回のような非公式の訪問とは違い大ごとである。
だからみんなが驚くのも当然であった。
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