第188話 緩衝地帯の戦い②

 アイスマン率いる『氷の精霊騎士団』七百騎は布陣すると、短期決戦とばかりに飛び道具による攻撃も早々に白兵戦に移行した。


 騎士と言えば、騎馬突撃による攻撃が威力を発揮するからだ。


 中央の隊に合わせて両翼の隊も同時に敵に突撃を仕掛ける。


 迎え撃つのは、重装歩兵隊を中心とするコボルト軍だ。


 だが、敵に接近していくと奇妙なことに気づく。


 その重装歩兵の身長が低いことにだ。


 最初こそ距離を取っての布陣であったし、比較対象がなかったからその身長の低さに気づくこともなかったのだが、接近していくとその身長の低さがはっきりとわかる。


 コボルトは人とあまり変わらないくらいの身長だから、明らかに中央と左翼の部隊はコボルトではない。


「敵の主力はドワーフだ!」


 先陣を駆ける騎士が、接敵する寸前にそう叫ぶ。


 それも悲鳴混じりのである。


 それはなぜか?


 重装備ドワーフ兵への騎馬突撃は、あまり利口ではないからだ。


 ドワーフ相手には弓や魔法耐性が低いから弱点である魔法による飛び道具での攻撃が、一番安全だからである。


 それに対して、白兵戦はドワーフの飛び抜けた腕力を相手にすると、反撃を食らいやすいのだ。


 騎士達は突撃の為に、ドワーフの重装兵隊に突っ込むと、ドワーフ達は隊列組み盾を身構え、その騎馬の勢いを受け止める。


 そして、その背後に控えている斧槍や戦棍、戦斧などを構える仲間が、勢いを止められた馬上の騎士に襲い掛かった。


 次々に前線でその光景が展開されると、あとに続く騎士達は自己判断で突撃から車懸かり戦法に切り替え、斬りかかっては、その場からすぐに離れる。


 車懸かり戦法とは、車が回るように、一番手・二番手・三番手と間断なく兵を繰り出して敵に攻めかかるものだ。


 これなら、ドワーフに攻撃を受け止められ、動きを完全に止めることにはならないから、有用な戦術なのである。


 それにドワーフが鈍足なのは有名な事であり、この戦法なら追撃を食らわずに済む。


 その為、最初の突撃で『氷の精霊騎士団』は、大きな損害を受けたが、その後は、現場判断と指揮官であるアイスマンの指揮もあって、互角に渡り合うことになるのであった。


 いや、コボルト軍の右翼に展開していたコボルトの部隊五十は、軽装備だったから押され始め、戦局は少しずつ数で有利なアイスマン軍が押し始める。


「やっぱり、攻撃に向いていても、守りには不利なコボルト精鋭機動歩兵部隊にこれ以上右翼を任せるのは難しいんじゃないか?」


 ダンカンはそう判断してコウにそう助言する。


 その言葉に、コウはまだ早いとは思ったが、後衛で戦線を見守っていたヤカー重装騎兵隊を右翼の援軍に動かす。


 すると、同じく後衛でこちらを観察していたアイスマン本隊である二百もそれに反応するように動く。


「……やっぱり、合わせて動くよね……」


 コウはこのアイスマン隊の動きによどみがないので、厄介さを感じる。


 だが、右翼のコボルト隊を見放すわけにはいかないのでそのまま援軍として向かった。


 コボルト隊はわずか五十名で倍の百騎を相手にしてここまで踏ん張っていたのだから、それだけでもどれだけ頑張っていたかわかるというものであったが、相性の悪さはやはりあり、じりじりと押され始めた。


 そこに、コウ達ヤカー重装騎兵隊が援軍として駆け付け、押し返し始める。


 コボルト隊もそのお陰で、勢いを取り戻すのであったが、それも束の間、今度は敵のアイスマン率いる本隊二百名がヤカー重装騎兵隊を狙って突っ込んできた。


 これで、また、膠着状態に入る。


 白兵戦はドワーフが得意とするところであったが、コボルト隊を守りながらであったのでなかなか難しい立ち回りを要求された。


 それに、アイスマンの率いる二百名は精鋭中の精鋭であり、それを相手にするだけでもなかなか骨が折れるのだ。


 コウはその中で、一人剣歯虎のベルに跨って大戦斧を振るい激戦を展開していた。


 魔鉱鉄製の装備で身を固め、洗練された戦い方を見せる精鋭の騎士団相手でも、その強さは桁違いであった。


 騎士達も見た目が子供のコウが、一番厄介な相手とわかると、警戒しながら慎重に戦い始める。


 コウの活躍で数の不利を補って右翼の戦線を維持できているが、左翼と中央のドワーフ隊は、倍の敵を相手にしているから、長期戦では不利になるところであり、何かしらきっかけができると、総崩れになってもおかしくない状態であった。


 コウが奮闘しながらそう思考を巡らしている頃、敵のアイスマンも同じことを考えていた。


「よし、中央の騎兵三十騎を割いて敵の右翼の横っ腹に突っ込ませよ。数の有利は揺るぎない。ここが勝負どころだ!」


 アイスマンがそう指示を出した時である。


 アイダーノ山脈側、つまりコボルト隊側の右翼のある方向の森から、正体不明の集団が飛び出してきた。


 その集団は剣歯虎に跨ったドワーフ達である。


 髭なしドワーフグループでダンカンの甥っ子達であるワグ・グラ・ラルの三人が率いる剣歯虎部隊六十騎であった。


 剣歯虎部隊は絶好のタイミングで猛然とアイスマンがいる部隊無防備な背後へ突撃する。


 どうやら、敵の指揮官を狙って様子を窺っていたようで、ここぞというところで参戦したようだ。


 アイスマンは、この想定外である敵の増援に、急いで率いる騎士隊の向きを変えさせ迎え撃つしかなくなる。


 その剣歯虎隊だが、そのヤカー・スー以上の俊敏な動きで敵の後背を突いたから、一撃で騎士の多くがその餌食になっていく。


 やはり、剣歯虎の鋭いその牙と爪には、騎士の装備でもただでは済まなかったのである。


 コボルト中心の右翼に勝機とばかりに戦力を全投入していたアイスマンは、実はまんまとコウの策略に嵌まっていた。


 それは、コウが右翼にコボルト隊を配置した時からすでに駆け引きは始まっていたのだ。


 左翼や中央と比べると右翼のコボルト隊は迎え撃つに不利であったのだが、これを左翼に置いていたら、剣歯虎隊の奇襲は難しくなる。


 左翼側には平原が広がっているだけだからだ。


 だが、右翼のあるアイダーノ山脈側なら、森もあるので剣歯虎隊を伏せておくことが出来る。


 あとはアイスマンが精鋭である後衛部隊を右翼に投入して戦いが白熱したところで剣歯虎隊がその横っ腹、後背を突いてもらえば、流れは一気にこちらに傾く、その為の布陣であった。


 お陰でアイスマンは勝機と考えて中央の兵も右翼に回したので、剣歯虎隊はそれらも含めて襲い、ダメージを与えることに成功する。


 アイスマンは、この剣歯虎隊の登場で、見る見るうちに自軍の左翼が崩壊し、自分の率いる精鋭二百騎も大打撃を受けることになった。


「……流れが完全に敵に移った。──撤退する。右翼と中央は対する鈍足のドワーフを振り切って左翼の撤退の為に、後衛で再陣形を組み、追撃に備えよ。私は崩壊した左翼部隊をまとめながら後退する!」


 アイスマンはどこまでも冷静で、敵の追撃、特にコウの率いるヤカー重装騎兵隊と剣歯虎隊を警戒してそう命令する。


 ドワーフの重装歩兵隊は、守りや白兵戦には強いが、鈍足なので追撃戦には全く向かないのだ。


 その時である。


 指示を出すアイスマンのもとに粉塵が舞う中、一騎の剣歯虎に跨る戦士が肉薄して来た。


「むっ!?」


 アイスマンはとっさに盾を構えて迎え撃つ。


 ガキン!


 という鈍い金属音が鳴り響くと、大戦斧が盾に弾かれる。


「なんという強烈な攻撃だ! ──貴様は暴れまわっていた少年戦士か! 名を名乗れ!」


 アイスマンが、痺れる左腕を意識しながら、敵を睨む。


「名乗る程の者ではありません」


 コウがそう応じると、両者は相対するのであった。

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