第189話 緩衝地帯の戦い③
コウは内心で敵将であるアイスマンの装備に興味を持っていた。
なにしろコウの得物である大戦斧は超魔鉱鉄製で一等級の代物である。
それを本気ではなかったとはいえ、盾で受け切ってしまった。
表面に傷はついたようだが、破壊できていないのは、これまのでブランド装備で固めた相手でも初めてのことであったから、異国のブランド装備が気になるのであった。
「くそっ! この盾に傷がついたのは初めてだ……。──本当に貴様は何者だ!? この盾は、我ら『氷の精霊騎士団』秘蔵の準神鉄製初段位である、あの『銀氷の円形盾』だぞ!?」
アイスマンは、自分の腕を痺れさせ、盾に傷までつける少年姿の戦士の名を再度、問うた。
「その準神鉄製初段位とは、超魔鉱鉄製よりも固いのですか?」
コウは、名前を聞かれてもそれは無視して、大戦斧の一撃を防いだその『銀氷の円形盾』とやらに興味を持つ。
「私は貴様の名前を聞いているのだぞ!」
「僕の質問にお答え頂けたら、答えますよ?」
コウは、周囲の戦線の状況を冷静に感じながら、再度質問をする。
すでに戦の雌雄はコウ達に流れは向いていた。
剣歯虎隊は、アイスマンの率いる二百騎を背後から切り裂き、そのまま、中央軍の側面を突いてこれを打ち破りつつあったからだ。
ヤカー重装騎兵隊もその勢いに乗って苛烈な攻撃を加えたことで、勝敗は決したと言ってよい。
それに、軍を指揮するアイスマンがコウ一人に足止めされたことで、軍はまとまりを取り戻すことが出来ないでいた。
「……準神鉄製とは、超魔鉱鉄製の上の位を示すもので、初段位は丁度一等級の一つ上だ。さあ、これで教えたぞ。これで一騎打ちする相手の名前くらい教えてもらおうか!」
「コウです」
「……コウ? 性は?」
「ありません」
「……わかった。では、コウ、勝負だ!」
アイスマンはそう言うと、手にしていた騎士槍を構えると盾をかざし、足で馬の腹に蹴りを入れる。
馬はコウに向かって突進した。
コウは、剣歯虎のベルの首輪の隙間に足先を入れて足元を固定するとそのまま、立ち上がり、大戦斧を構えてこれを迎え撃つ。
アイスマンは騎士槍の狙いを定め、通過する際に、その先端をコウの顔めがけて突く。
コウは大戦斧をアイスマンの胴体めがけて振るった。
コウは、騎士槍に頬を掠めながら躱し、アイスマンは大戦斧をその自慢の盾で弾き返す。
お互い突っ切って、Uターンするとまた、相手に突撃していく。
これが三度繰り返されると、アイスマンはこれ以上の突撃戦法を不利と考えたのか騎士槍を地面に刺して、腰の剣を抜いた。
アイスマンの戦い方は、その絶対的な防御力を誇る『銀氷の盾』で敵の攻撃を弾きながら、それに合わせて手にした槍で反撃して突き落とすというものである。
だが、コウがずば抜けた身体能力でその反撃を躱すばかりか、そのかなり重そうな大戦斧を易々と振るい、その一撃一撃がとても重いことでアイスマンの盾を持つ左手が痺れてしまう。
(このままでは、左手の感覚が無くなってしまう……。それなら重みの乗った突撃戦より打ち合った方がまだ、こちらの手数が増える分有利に戦えるはずだ)
アイスマンはそう考えると、打ち合いに切り替える。
コウもそれに合わせ、ベルの背中に座り直すと、アイスマンと斬り合う。
だが、これも、アイスマンには結果的に不利であった。
コウの大戦斧は、突撃戦ではなくても、その威力が落ちることはなく、アイスマンの手数に負けない速度で剣に対応してきたからである。
大戦斧が重い分、剣を易々と弾き返すから、今度は、右手が痺れてきた。
その為、アイスマンは剣を振るうのを止め、コウの大戦斧の攻撃を盾で受ける防戦一方の戦いになる。
しかし、アイスマンはその間に、右手の痺れを回復させて反撃の機会を見計らっていた。
何度目かのコウの大戦斧の攻撃を自慢の盾で弾いた時である。
コウの大戦斧が横に流れ、態勢を崩した時、アイスマンはその剣先をコウの首めがけて突きさした。
だが、その剣先はコウの喉元には届かなかった。
コウが大戦斧の柄の部分でその剣先を防いで見せたのだ。
その瞬間、アイスマンの剣が砕ける。
「馬鹿な!?」
アイスマンは驚愕した。
剣も超魔鉱鉄製の逸品なのだ。
そんな簡単に砕けるはずがないのである。
「僕の大戦斧と何度も交えた事でガタがきたんだよ」
コウは疑問にすぐに答えた。
そう、武器同士で交えた時、コウは最初からアイスマンの剣を壊すつもりで振るっていたのだ。
アイスマンはそうとは知らず、右手が痺れていくことに気を取られ、武器の損傷に気づけなかったのである。
コウは、慌てて盾を構えるアイスマンのワンテンポ遅れた動作を見逃さず、大戦斧を右手のある方から、首めがけて横に薙ぐ。
アイスマンはその一閃に間に合わず、首を刎ねられるのであった。
アイスマンが一騎打ちで討ち取られたことで、最後まで踏ん張っていた精鋭二百騎は、最後の希望が失われ、とうとう退却に移る。
しかし、ヤカー重装騎兵隊、そして、剣歯虎部隊、さらには反撃の時を窺っていたコボルト精鋭機動歩兵部隊が退却する騎士団の追撃を容赦なく行う。
騎士団はとても訓練された精鋭であり、退却戦もできないわけではない。
しかし、絶対的な指揮官であるアイスマンの戦死は、それだけでも騎士団には大きな衝撃だったし、何より、追撃する敵が今まで戦ったことがないヤカー・スーと剣歯虎に跨った一団であったから、この強力無比な追撃力の前には、為す術もなかった。
ヘレネス連邦王国が誇る六騎士団の一角、『氷の精霊騎士団』七百騎はコウ達の容赦ない追撃の前に惨敗を喫し、緩衝地帯に多くの者が散ったのであった。
騎士団の者達は、当初、行軍路であった緩衝地帯の北から逃げ帰るつもりでいたのだが、圧倒的な追撃力にこれ以上は壊滅すると考え、すぐ西のセイレイン王領に飛び込んだ。
すると追撃はピタリと止み、この機転で数人の騎士が助かった。
コウ達は、あくまでも緩衝地帯というどこにも属さない土地での戦闘ということに拘っていた。
相手領地に踏み入るとそれは、領内侵犯でこれは大問題になるが、緩衝地帯での問題は裁かれる心配がない。
それが、緩衝地帯における暗黙の了解であるからだ。
コウ達はそれを利用して戦に持ち込んだのであり、これを罪に問おうとすれば、自分達の行軍理由も問われることになるから、問題が表面化しづらいのである。
こうして、コボルトの村防衛における緩衝地帯の戦いは、「ヘレネス連邦王国中央軍騎士団千騎の失踪」という扱になるのであった。
もちろん、非公式な戦いだから、記録には残らず、もみ消されることになる。
だが、これは、ヘレネス連邦王国に大きなダメージを与える事になったのは、確かであった。
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