第187話 緩衝地帯の戦い①

 ヘレネス連邦王国の誇る六騎士団の一角、『氷の精霊騎士団』の一隊を率いるアイスマンは、想定外である二度の襲撃によって、二百五十以上の死傷者を出してさすがに不機嫌になっていた。


 特に、明け方前の奇襲は味方が油断していたこともあって死者が思いのほか多く、本来の目的であるコボルトを撃滅し村を奪う前に士気はかなり下がっている。


 負傷者もいたので、一部の護衛を付けて、中央に戻らせたこともあり、現在は、総勢七百騎を下回っていた。


「……部隊の三割の損耗。これは、軍事における負けを意味するものだ。しかし、当初の目標を達成する為の数としては、残存兵力である七百騎でも、十分任務を果たせる数だ! それに、我々を襲撃した謎の部隊の正体もわかっていない。それを知ることなく撤退することは氷精霊騎士団の名折れだ! 精鋭である六騎士団を担う諸君! 立て、立つんだ! 敵は奇襲という卑怯な手段によって我らに打撃を与えたが、正面から戦えば、勝てない相手ではない! コボルトを滅ぼし、そして、襲撃者にも制裁を加えてから中央王都に堂々と帰還しようではないか!」


 アイスマンの朝からの演説は、彼らの騎士としての誇りに訴えかけたことで、萎んだ士気に大きな影響を与えた。


「「「おー!」」」


「そうだ! このまま、逃げ戻ったら騎士の名折れだ!」


「任務を果たして、奇襲してきた敵も血祭りにあげよう! 帰還するのはその時だ!」


「「「ヘレネス連邦王国万歳!」」」


 騎士達は見事に士気を高揚させ、当初の任務を果たすべく、奮い立つ。


 これで何とかなりそうだ……。


 アイスマンが内心安堵するのであったが、そこに朝早く偵察に出した騎士が戻ってきた。


「南から北上してくる敵軍を発見しました!」


「敵? 例の襲撃犯か!?」


「いえ、コボルトが混ざっていることから、コボルトの軍かと……」


 偵察隊は、少し動揺した様子でそう報告する。


「コボルトだと!? 奴らは軍を持っているような規模の村ではないはずだぞ? 地方軍を壊滅させたのは意表を突いた奇襲だと聞いているし……。──まさか、一連の奇襲も奴らが!?」


 アイスマンは報告を聞きながら、点と点が結びついたとばかりにハッとした。


 そこへさらに報告が続く。


「敵軍に我々を襲ったとみられる騎兵部隊が混ざっております!」


「やはりか! ……ということは、全てコボルトによるものだったということか……。だが、なぜこちらの侵攻路がバレているのだ? 敵を騙す為に味方にも秘密にして進んできたのだぞ!」


 アイスマンは偵察の報告を聞いて、軽く混乱した。


 言う通り、この作戦は中央上層部と指揮権を持つアイスマン以外に情報を知らない状態で進軍したのだ。


 つまり、部下達も緩衝地帯に入る直前まで当初の目的を聞かされていなかったのである。


「……もしや、コボルトの間者が紛れ込んでいるのか……? しかし、コボルトに味方して何の得があると……?」


 アイスマンは可能性を考えて、さらに困惑した。


 だが、答えが出ない。


 それも仕方がないだろう。


 作戦はコウ一人によって、見抜かれていただけなのだから。


 アイスマンはそこまでは考えが及ぶわけもなく、軍内部に間者がいると考えて、疑心暗鬼になるのであった。


「……敵の編制は!?」


 アイスマンは今は目の前の敵を叩くことだと気持ちを切り替え、偵察に詳細な情報を求める。


「見たところ中央に重装歩兵部隊百五十、左翼に同じく重装歩兵隊五十。右翼に軽装のコボルト兵五十です。そして、我々を襲ってきたと思われる見たこともない魔獣に跨った一団が百五十騎ほど、軍の後方に展開しています」


「合計四百の軍勢だと!? ──……なるほど、だから、先制攻撃で奇襲を仕掛けてこちらの数を減らすことで、まともに戦えるようにしたのだな。だが、甘い。こちらは精鋭の騎士七百騎だ。想定外の奇襲で後れを取ったが、正攻法の相手には負けぬわ!」


 指揮官であるアイスマンは、敵がはっきりすれば勝てない戦ではない、と確信した。


 それは騎士達も一緒であり、すぐに騎乗して軍を整える。


「中央に三百騎、両翼に百騎ずつ、後衛二百騎は私と共に敵の魔獣の騎兵隊に備えるぞ!」


 アイスマンは正面から堂々と数の力で叩き潰す選択をする。


 これが、正攻法として通常の選択だからだ。


 それに、正攻法なら、相手の奇策にも対応しやすい。


 というのが、アイスマンの考えであった。


 それに対し、コボルト軍はすでに二度も奇襲を成功させてしまった以上、相手も十分警戒する事が想定されるので、ヤカー重装騎兵隊は、敵を牽制する為にも後衛で待機する方が良いとコウも考えていた。


 この布陣から両者は奇策無しの通常戦闘での勝負になるという意識のもと、お互い布陣するのであった。



「後衛の我が隊以外の中央、両翼は一斉に攻撃を開始せよ。敵の誘いに乗って陣形を崩すな。全軍が連動して押し込むのだ。こちらが全軍騎兵である以上、戦闘での優位は変わらないからな」


「隊長、敵の重装歩兵隊は本当にコボルトなのでしょうか? 顔が確認できないので確信は持てませんが、身長など体格的にコボルトではないような……」


 部下が、アイスマンの命令を受けると、一つの疑問を口にした。


「右翼に展開しているのはコボルトの軽歩兵で間違いないのだろう? ならば、コボルトだ。この緩衝地帯で奴らに味方する者どころか、住んでいる者はほとんどいないのだから、それ以外には考えられまい」


「……そうでした。それでは、全軍に攻撃命令を出します! ──全軍、攻撃開始!」


「「「攻撃開始!」」」


 戦場に響く大きな声での号令に、各部隊の隊長が復唱すると、氷の精霊騎士団の騎士達は前進しコボルト軍(仮)に攻撃を開始した。


 まずは、騎上から弓を放ち、それから盾を構えて前進である。



 それに対し、コボルト軍であるコウ達は、盾を構えて、その先制攻撃に耐えた。


 重装歩兵隊が中心の味方は当然中身はドワーフである。


 彼らの強みは何と言ってもその重装備だ。


 騎士が馬上から使用する弓は軽弓と呼ばれるもので通常のものより使い勝手が良い反面威力が落ちるので、その鉄の塊のような装備の前にはほぼ無傷である。


 それにしっかり盾も構えているから、弓矢での攻撃は無駄に見えた。


 だが、距離を詰めてくると、今度は、騎上からの魔法攻撃である。


 これにはドワーフ達も無傷とはいかないところだ。


 なにしろドワーフは土魔法耐性はあるがそれ以外の魔法に対しては個人差はあるが苦手意識がある。


 だが、これも意外に、耐えることが出来た。


 それは、その身に纏っている甲冑が、コウとイッテツ達が自信をもって製作した魔鉱鉄製であったからだ。


だから、低級の魔法は、直撃してもダメージを与えることなく霧散し、中級のものでは軽傷で済む。


 だから敵は、遠・中距離攻撃を諦めると、そのまま、騎馬を疾駆させ突撃を試みるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る