第186話 先制攻撃

 コウとダンカン率いる二足歩行蜥蜴ヤカー・スー重装騎兵部隊は、緩衝地帯を南下するヘレネス連邦王国中央軍の精鋭と誉れ高い六騎士団の一つ『氷の精霊騎士団』千騎をつかず離れずの距離を保って追走していた。


 敵である氷の精霊騎士団は千騎を率いるのは、若手で将来の団長候補と呼び声高いアイスマンが率いている。


 もちろん、コウ達はそこまでの情報は掴んでいなかったが、油断のならない相手であることはわかっていたから、いきなり襲うということもせずにいた。


 それに、相手はヤカー重装騎兵隊百五十騎に対して、約七倍の数である。


 普通に考えるとそう簡単には手が出せないところだ。


 そんな中、氷の精霊騎士団千騎は、夕方近くまで行軍の足を止めず南下し続けていたが、夕暮れとあってその進軍速度を緩め始めた。


 指揮を取るアイスマンは、功に逸って行軍を強行しようとしていたが、街道のように整備されているわけでもない緩衝地帯であったから、あまり無理はできないと副官達に休憩を求められたのである。


「わかった……。まだ、数日はかかる行軍だからな。初日はこの辺りで──」


 アイスマンは部下の助言を聞き入れて、進軍を止めようと手を挙げかけた。


 すると、背後から、


「未確認の部隊が東の森から現れました!」


 という声が上がる。


 最初、この夕暮れの中、獣の群れを見間違えたのではないかと頭を過るアイスマンと騎士達であったが、進軍する千騎の騎士団に向かって猛然と突き進んでくる群れ、いや集団を肉眼で捕らえられる距離になってようやくそれが見間違いではないことに気づいた。


「な!? どこの手の者だ!? ──このままでは背後を突かれる! 全軍、全速前進! わが軍の速度に追いつける者などそうそうにいないから引き離しつつ旋回して未確認の部隊の背後に回る!」


 アイスマンは不意を突かれたことに驚いたが、それも一瞬のことであり、早い決断で対応策を取った。


 しかし、その判断は残念ながら誤りであった。


 氷の精霊騎士団の進軍速度は、足の速い軍馬を集めているから、相手が普通の騎馬ならその判断で問題はなかっただろう。


 しかし、その調練された軍馬でもあっという間に抜いてしまう速度を持つヤカーが相手ではそうもいかない。


 氷の精霊騎士団千騎は、あっという間にコウ達のヤカー重装騎兵隊百五十騎に追いつかれ、そのまま背後から槍で突かれると、死傷者を出していった。


 アイスマンはこの事態に信じられないという思いで先頭を駆けていたが、すぐに被害を抑える為、部隊を二つに分ける。


 左右に分けて散ることで敵の奇襲による分断を避ける戦術だ。


 どちらか一方を狙えば、もうひと片方がその背後に回って挟み撃ちにする。


 というのがアイスマンの狙いであった。


 これができるのも、日頃から訓練された精鋭騎士団であればこそである。


 実際、すぐ半分に分かれることで、食らいついた敵の攻撃を躊躇わせたかのように思えた。


 しかし、次の瞬間、その敵も二手に分かれ、それぞれの部隊の後背をそのまま襲い続ける。


 これには、アイスマンも初めて驚いた。


 敵も自分達同様の精鋭だとわかったからだ。


 だが、アイスマンは即座に手を挙げた。


 それに反応して部下が旗を振る。


 すると左右に分かれた部隊が、さらに百騎ずつに細かく部隊を分けて散ったのだ。


 これには、さすがに数が少ないコウ達も同じように分かれるわけにもいかず、コウとダンカンの部隊に分かれていた軍はそのまま合流して、南に駆けて消えていく。


「奴らは何者だ……? それに暗くてよくはわからなかったが、敵の乗っていたのは、馬ではなかっただろう……?」


 アイスマンは、馬以上の速度で南に消えていくシルエットを見送るしかなく、茫然とする。


 そこへ、部下から被害報告が上がってきた。


「今の奇襲で百名余りが死傷、軍馬もこの暗がりで逃げたものも含めてその五十以上は失いました」


「……今日は、ここで休憩を取る。負傷者の治療を優先し、周囲の警戒を怠るな」


 アイスマンは思った以上の被害に内心では唖然としていたが、部下の手前、表情一つ変えずに続けて指示を出す。


「この中でもさらに足の速い軍馬に乗る者で偵察隊を編成。先程の連中の跡を追わせろ。ただし深入りはするなよ? どこに向かったのかだけを確認出来たら戻ってこい」


「了解しました!」


 アイスマンの適切な判断に部下は反論することなく承諾すると、すぐに偵察隊が編成され南に五騎程の隊が駆けていく。


「私の指揮で百名余りが一瞬で使えなくなってしまった……。敵が誰だかわからないが、この仕返しは必ずさせてもらう……!」


 アイスマンは偵察隊を見送ってから嘆息するのであったが、すぐに気持ちを持ち直し、報復を心の中で誓うのであった。



 その深夜。


 偵察隊はコウ達の後を追っていたが、小川についた時点でその足跡を見失っていた。


「川の上流と下流、どちらに向かったと思う?」


「こんな夜中だ。アイダーノ山脈方面の上流は考えられないだろうな、危険すぎる。そうなると下流だが、そっちは本流に合流することを考えると、これ以上追うのは難しいかもしれない……」


「……そうだな……。──引き返そう」


 偵察隊は、ただでさえ正体不明の敵の移動速度が速過ぎて、その影さえ捉えることが出来ない状況である。


 だから、これ以上の足跡頼みの追跡は不可能だと判断し、本体と合流すべく引き返すのであった。


 その追手を躱したコウ達ヤカー重装騎兵隊百五十騎はというと……。


 一番可能性がないはずの上流に移動して、こちらも引き返していた。


 引き返すと言っても、コボルトの村へではない。


 そう、中央軍の氷の精霊騎士団が休憩を取る陣のある北にである。


 コウ達はまた、山麓の足場の悪い場所を、この暗闇の中、苦労することなく駆けていく。


 敵もまさか、また、自分達に迫っていると思っていないだろう。


 それに、偵察隊が戻って南に消えた、という報告を聞けば、それこそ安堵してもおかしくない。


 コウの狙いはそこであった。


 敵が優秀であればある程、予測はしやすい。


 それは常に最善の動きをしてくれるからである。


 コウはそれをダークエルフのララノア、街長の娘カイナ、髭なしドワーフグループのダンカンに説明した。


「なるほどな。では、このまま、深夜の奇襲を行うか」


 ダンカンが、ニヤリと笑みを浮かべる。


「敵の偵察隊が僕達が南に去ったことを報告するだろから、僕達は休憩を取ってからにしましょう。夜明け前にはララとカイナの魔法で先制攻撃後、ヤカー隊で突撃して敵陣を駆け抜け、また、南に戻るよ」


 コウは、そう作戦を立てると、そうみんなに告げた。


 そして、実際その通りに夜明け前の奇襲を仕掛けて敵に打撃を与えると、南に悠々と去っていくのであった。

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