第185話 戦場の予測
現在エルダーロックの街とエルダー高原の村を合わせた治安を守る警備隊は、百名くらいである。
あとは、街と村を外敵から守る為の兵であるヤカー重装騎兵部隊は百五十騎、さらに同じく重装備に身を固める重装歩兵部隊が二百名。
他にも予備兵力として他種族混成の歩兵隊が百五十名ほど。
これは、訓練中であったし、普段はみんな別の仕事をしているから、招集をかけて編成し直す手間があるので緊急で動かす時には向かない。
そしてエルダーロックで秘密の隊と言ってよいのが、
こちらは、常に緩衝地帯のアイダーノ山脈一帯を移動して兵と剣歯虎の訓練、そして、新たな剣歯虎の補充などを行っている為、人前に現れることが非常に少なくなっているが、エルダーロックの子供達にも人気がある遊撃専門の部隊だ。
それらの一部が今回、コボルトの村を守るべく、いち早く動き出している。
すでに、コボルトの村では、精鋭機動歩兵部隊五十名と予備兵隊百名が緩衝地帯で連日訓練を行い、近いうちに襲来するであろうヘレネス連邦王国の中央軍に備えていた。
エルダーロックは、すでに街は警備隊と予備兵隊に任せて、ヤカー重装騎兵隊百五十名がトンネルを抜けてコボルトの村側に移動し、なぜか緩衝地帯を北上している。
あとからは、重装歩兵部隊二百名もコボルトの村の守りの為に、移動していた。
これは、コウの提案で、戦場になる可能性のある土地を確認する為だ。
コウの予測では、戦場になる可能性のある場所は三か所。
それは、コボルトの村周辺かその北の平地がある緩衝地帯。
そして、最後はさらにその北、中央王都から川を東に上った緩衝地帯付近である。
これは、さすがに街長ヨーゼフや右腕の太っちょイワン、幹部のダンカン達も首を傾げる予想であったが、コウは可能性の問題としながらも、下見をすることを強く勧めていたので、コウ自身にヤカー重装騎兵隊百五十騎を率いさせて確認に向かわせたのであった。
「コウ、こんなに北上してきて大丈夫か? コボルトの間者の話では、地方軍の時と同様、セイレイン王領を南下してくる予定だと報告がきているのだろう?」
コウの友人である髭なしドワーフグループのリーダー・ダンカンが、北上の為走らせているヤカーをコウの剣歯虎ベルの傍に並走させ、聞いてきた。
「報告ではそうなんですけどね。でも、前回、ほぼ全滅した地方軍と同じ進路を取る方が可能性が低いと思いませんか?」
コウは、精鋭が多いという中央軍が大敗を喫した地方軍と同じ進路を取ってコボルト討伐軍を動かすのは自尊心的にも縁起の悪さ的にもマネしないだろうという読みがあった。
それだけに、地方軍と同じ進路でコボルトの村を目指すという公表をしたことを不審に思ったのだ。
もし、コボルトの村をまだ、甘く見ているのならそれでもいいが、同じ轍を踏まないという思いがあるならば、偽情報を流しているのではないかと睨んでいた。
そうなると、討伐軍はどこを通ってくるのかと考えた場合、人目が避けられる進路を選ぶはずだ。
であれば、アイダーノ山脈から中央王都まで流れる川を東進し、一度、緩衝地帯に出て、そこから一気に南下する。
これは、コウがセイレイン王領からの帰路とほぼ一緒であり、コウはその時から可能性としてこれも有りだと考えていた。
そして、相手に優秀な者がいれば、この方法を使う可能性が高いとコウは考えたのである。
そして、その予想は当たることになった。
というのも、中央王都から出陣した氷の精霊騎士団千騎が、コボルトの間者の監視の目を盗んで消えたからである。
コボルトの間者は慌てて南下し、その行方を追ったが、その進軍を捕捉できていないという報告が、単純ながら早い伝達ができる魔法信号で緩衝地帯にいるコウ達の元に舞い込んできた。
「……一番恐れていた流れだね。敵はこちらが最悪の場合を想定した通り、川を東進、緩衝地帯に出て国内に向けられていた監視の目を振り切り、一気に南下してコボルトの村を急襲するつもりだと思う。それを考えるということは、相手の指揮官は前回と違い相当な切れ者ということ」
コウは、一緒に進むヤカー重装騎兵隊百五十騎の先頭をベルに騎乗して疾駆しながら、傍のダンカン、ダークエルフのララノア、街長の娘カイナ達に聞こえるように言う。
「でも、コウは前もってそれに気づき、対策を取っているということでしょ?」
ララノアがコウの味方に緊張感を高める言葉に、そう反論する。
「はははっ。ララの言う通り、最悪の想定だけど、最悪の状況ではないかな。──ダンカンさん伝令をお願いします。コボルトの村に待機している軍を北上させて敵が南下する途中で迎撃できる体制を整えてもらってください。戦列はエルダーロックの重装歩兵隊を前列中央と左翼に展開。右翼にはコボルト精鋭機動歩兵部隊を配置する形で。予備兵隊は文字通り、予備隊としてその後背に陣を敷いてもらいます」
「わかった! おい、伝令だ!」
ダンカンは部下に命じると、部下は反転してコボルトの村に戻っていく。
コウ達はそれを見届けることなく北上すると、敵が川を東進して緩衝地帯に抜けてくるであろう上流の森に待機することにするのであった。
それから二日後。
コウの予想通り、軍旗を伏せた謎の軍隊千騎が糧秣隊も連れずに、川に沿って緩衝地帯まで東進してくると、そこから軍馬に乗って南へと駆け抜けていく。
それをコウ以下、ヤカー重装騎兵隊百五十騎は、息を殺して見送る。
「……訓練が行き届いているな。一糸乱れぬ動きだ」
ダンカンが、敵ながら油断できないと思ったのか、敵軍の動きを高く評価した。
「あれが討伐との為に派遣された中央軍、ということでしょう。敵も本気です。それでは、作戦通り、ボク達もあの軍を山麓を進んで追いましょう」
コウはそう言うと、ベルに騎乗して、ヤカー重装騎兵隊に指示をお願いする。
「……わかった。──伝令、奴らにバレないように、山麓の森を並走するぞ」
ダンカンが一見すると無茶と思える命令を出す。
何しろ相手は、中央軍の精鋭軍である。
馬は、軍馬の中でもかなり良いものに違いないし、訓練も行き届いているだろうから、それを悪路である山麓の森を走って追いかけるなど、普通の馬では無理な芸当だ。
しかし、コウ達はその無理な芸当が可能な悪路に強く馬力があるヤカー騎兵隊である。
コウを先頭に走り出すと、ヤカー重装騎兵隊百五十騎は中央軍同様、いや、それ以上の速度で整然と悪路を進んで追いかけるのであった。
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