第176話 噂の真偽

 エルダーロックの街は、今や差別を受ける他種族の駆け込み寺のような存在になっている。


 しかし、それを誤解して、バルバロス王国内で重罪を犯した者が、逃げ込んでくることも増えてきた。


 当然ながら、街長ヨーゼフは犯罪者を匿う気は毛頭ないから、バルバロス王国側にすぐ引き渡すことにしている。


 だが、今度は、このことがまた、誤解を生むことになった。


 というのも、エルダーロックの街を当てにして頼ってきた者達を、ドワーフ達が好き嫌いだけで追い出しているという噂が出回り始めたのだ。


 その噂は各地で情報収集や商売を行っている大鼠族達が、そのような噂が地方で出回っていることを知って報告してくれたのだが、どうやら、その噂は熊人族が広めているらしいこともわかった。


 熊人族は以前、移住を求めてきたのだが、自分達の文化の主張ばかりで、ドワーフの文化を尊重する意思が皆無であったので、街長ヨーゼフが移住を拒否したのである。


 どうやら、そのことを根に持ち、方々で嫌がらせの噂を広めているようだ。


 他にも、エルダーロックの街は長続きしないとか、あそこはドワーフ至上主義だから、他の種族は奴隷扱いされるとなどという嘘も広めているようである。


 そして、驚いたことに、その噂を広めた熊人族もエルダーロックの街から遠く離れた北方の同じ緩衝地帯に村を作ったらしい。


 現在、移住者を募っているらしく、エルダーロックの街の悪い噂を聞いて移住を考えていた他種族の者達も、熊人族の村の方に流れているようだとのことであった。


「それと、俺達大鼠族が最近、羽振りがいいらしいという噂が人族を中心に流れていてな。大鼠族の商人を狙った強盗が増えつつあるんだ。俺も狙われそうになったから、うまく巻いて逃げたけど、これも噂のせいらしい」


 大鼠族のヨースが、バルバロス王国の街道で尾行され、襲われそうになった時の話をした。


「「「噂?」」」


 コウとダークエルフのララノア、街長の娘カイナが、コウの自宅で麦酒の入った器を手に、ヨースの言葉に口を揃えて疑問を口にした。


「ああ。荒稼ぎしている大鼠族の連中がいるらしいってな。どうやら、王都で俺達が香辛料ギルドで『鉱椒』の売却で稼いだ情報を流した奴がいるらしい。まあ、大鼠族と一括りに言っても、エルダーロックの街に住んでいない者も多いからな。今のところ、この街の関係者が襲われたという話はない。そういう意味では俺が狙われたのが初めてかもな」


 ヨースは首を竦めて、溜息を吐く。


「人族にとって、大鼠族の判別はしづらいでしょうから、エルダーロックの街の住人が狙われる確率は低いかもしれないわ」


 街長の娘カイナが確率論で現実的な指摘をする。


「うふふ、そうね。私達もヨースの見分け方が難しいもの」


 ララノアが笑って、冗談交じりに応じる。


「おい、ララ! 俺の判別がつかないって、酷くないか!?」


 ヨースは意外にショックだったのか、ララノアの言葉に激しく反応した。


「はははっ! 冗談で言っているんだよ、ララは。今は、首に巻いた赤いスカーフ以外にも、髭の長さや、耳の形、毛色など総合的な特徴でヨースだすぐわかるから安心して」


 コウは、最近ようやくそれがわかるようになったことは、言わないでフォローする。


「お、そうか? ならいいんだけどよ……。とにかく、エルダーロックの街の住人ってだけでも狙われる可能性が今後増える可能性もあるし、気をつけるに越したことはないって話さ」


 ヨースは機嫌を直すと、注意喚起をして麦酒を飲み干すのであった。



 翌日、ヨースはコウと猫妖精族ケット・シーで魔導具師のジトラが製作した携帯用魔導コンロを二十組、自分の魔法収納に納めると、それを売り込む為、王都へと旅立っていった。


 それを見送ったコウであったが、コウはコウで忙しい身である。


 鍛冶師の仕事や、髭なしドワーフグループで鉱山長ダンカンの手伝いもやっていたし、エルダー高原の村に畑やモモの木、二足歩行の蜥蜴ヤカー・スーの育成をしている牧場主のアズーのところにも顔を出しているから、かなり移動が多い。


 特にこの日は、隣領のヘレネス連邦王国側にある、コボルトの村へ街長ヨーゼフの右腕『太っちょイワン』と一緒に警備隊の訓練に参加することになっていた。


 コウは、剣歯虎サーベルタイガーのベルに跨り、『太っちょイワン』とララノア、カイナがヤカー・スーに騎乗、そして、ドワーフ警備隊のヤカー騎兵隊五十名が、あとに続いて一路、コボルトの村へと到着するのであった。


「よくぞ、お越しくださったワン。コウ殿、イワン殿。そして、みなさんも」


 この日は、珍しくコボルトの村の相談役である老オルデンも出迎えに現れていた。


 普段は、事務仕事を忙しくしていたから、若い村長ドッゴに任せているのだ。


 コボルトの村もエルダーロックの街程ではないが、かなり発展を続けていた。


 すでに、人口は千人を越えていたし、コウ達の協力もあり、強力な警備隊も編成して治安を維持し、盗賊の類にも対抗できるようになっている。


 コボルトの良さは、いざという時は四足歩行で高速移動が出来るところにあった。


 武器である剣や盾、弓などを背負って、全員が隊列を乱さず移動できる。


 現在精鋭はその数、五十名ほどであるが、すでに倍に増やす為に訓練も行っており、コウ達がやってきたのも、その訓練の一端を担う為であった。


「オルデンさん、お久し振りです。今日はどうなされました?」


 コウはこの老オルデンが好きなので、笑顔で対応する。


「コウ殿、イワン殿にちょっとご相談があるのですワン……」


「「?」」


 コウとイワンは、神妙な顔つきのオルデンに怪訝な顔をすると、案内されるがまま、村長宅へと移動するのであった。



「──それでご相談とは?」


 イワンがドワーフ側の代表代理として、まずは口を開いてオルデンの用件について話すように促した。


「実は……、ヘレネス連邦王国に不穏な噂があるのですワン……」


「「噂?」」


 コウとイワンは最近ドワーフ側でも悪い噂が増えていることから、それを想像して目を見合わせると、苦笑する。


「ええ。中央王都から、こちらに移住してきたコボルトの一人から聞いた話なのですワン。この村を我々から取り上げ、人族の村にしようという意見が持ち上がっているという噂なのですワン……」


「「!?」」


 老オルデンの情報内容に、コウとイワンも驚いて目を合わせる。


 それが事実なら、コボルトの村が消滅することになるのだから、噂と軽く聞き流せるものではない。


「実は、最近、地方の役人がこの村にやってきて、中を見せろと命令してきたのを何度も追い払っているのですワン。もしかしたら、それがこの噂と関係があったのではないかと、村の者達とも、先程、話しておりましたワン」


 老オルデンは、困った様子で、コウとイワンに打ち明ける。


 これが事実なら、ひと悶着ありそうだ。


「……イワンさん、これは、街長にも知らせた方が良いですね」


 コウは、ヨーゼフの右腕であるイワンに提案する。


「確かにな。──オルデン殿。この噂の真偽を確かめる為にも、間者をヘレネス連邦王国側に放って情報収集を行った方が良い。……できるか?」


「ええ、もちろんですワン。──ドッゴ村長。逃げ足が速く、頭の回る者を十名ほど集めてくれるかワン?」


「わかったワン!」


 村長のドッゴは頷くとすぐに屋敷から飛び出していく。


「まずは情報を集め、その内容から対策を練りましょう。こちらは、この村を守る為に動ける準備をヨーゼフ街長にお願いしてみます」


 コウは、イワンそのように同意すると、老オルデンに協力を告げるのであった。

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