第175話 魔導具師との発明品

 エルダーロックの街は、何事もなく日々が過ぎていた。


 鉱山も、採掘量は安定していたし、『コウテツ』ブランドの近衛騎士団からの受注作業も滞りなく進んでいた。


 他には裁縫の『アルミナコ』ブランドも、バルバロス王国内でその安さとデザインから人気は確実に伸びている。


 さらに、安定的に近くの大きな森で討伐で伐採しているトレントの木材も最近では、他の街や村に卸すようになっていた。


 新築の主要な柱にと求める者がいるのだ。


 さすがに、全てトレント木材で家を建てるという贅沢な使い方はできないので、主要な柱はトレント木材でという金持ちはいたから、そういったところに大鼠族が営業をかけて、仕事を取ってきている。


 こういった具合で、エルダーロックの街は、景気はずっと上向きになっていた。


 もちろん、エルダー高原の村も、畑仕事と牧畜作業が無難に進み、発展を続けている。


 まだ、収穫まで日があるので、収入らしい収入となると、二足歩行の蜥蜴ヤカー・スーによる運搬や旅の足としての貸し出し、エルダーロックの街へ騎兵用として卸すことで収益を得ているのだが、これが意外にお金になるので、エルダー高原の村も一年目からほぼ赤字を出すことなく運営できていた。


 そして、コウはというと、近衛騎士団長、隊長クラスの装備品が全て完成したので、一般騎士用はゴーレムに任せ、自らは猫妖精族ケット・シーのジトラと魔導具修理店の作業場に籠って、新たな開発に勤しんでいる。


「ニャー! なかなか難しいニャー!」


 ジトラは、コウの提案したものを形にするべく、知恵を絞って色々試していたが、失敗の連続で悩んでいた。


 コウは、前世の知識はあるからいろんな案をすぐに思いつけるのだが、こちらの魔法や魔導具の専門知識となると全くないので、その辺りはジトラに任せるしかない。


 最近では、ダークエルフのララノアや街長の娘カイナも魔法についての知識や知恵を絞って協力してくれている。


 他には髭なしドワーフグループのダンカン達も出来ることは協力すると言ってくれているが、みんなは、魔法よりも力仕事の方が得意だから、今のところ、ほとんど出番はない。


 一つあるとしたら、ゴーレム研究を続けているドワーフの変人・レムーゴが、その仕組みをかなり理解し、修理ができるようになったことくらいだろうか?


 だから、地下の工場にあった壊れたゴーレムをコウが回収してきて、レムーゴの修理の練習用に預け、それで腕を磨いてもらっている。


 話を戻すと、携帯用魔導コンロ製作は進んでいないのであった。


「火魔法の魔法陣を組み込むのがこんなに難しいとはね……」


 コウは、苦戦するジトラを横目に、未完成のコンロを見てそう漏らす。


「調理ができるくらいの火力にしようとすると、どうしても大きくなるニャー。それだと携帯用どころか、窯と大きさが変わらなくなるから、意味がないニャー!」


 ジトラは頭を抱えると、そう愚痴を漏らす。


 コウは、ずっと魔法陣の仕組みがわからないから、専門的なことには口を出さず傍で見守っていたのだが、ずっと気になっていることがあった。


 それは、火魔法でなければいけないのかな? ということだ。


 技術的なことはわからないので、火魔法の火力を高くする魔法陣をコンパクトにまとめようとして苦戦しているジトラに悪いと思って黙っていたのだが、ずっと見ていると、どうも自分が想像しているものとジトラが想像しているものは違う気がしてきていた。


「ジトラさん。もしかしてですけど……。携帯用魔導コンロのこと、火が噴き出す窯みたいに想像していますか?」


「違うのかニャ? 今まで、ずっとその想像で作業していたのニャー」


 ジトラはコウの質問の意味が理解できず、首を傾げる。


「やっぱり! 僕が想像するものは、熱で温めるものなんです」


「熱?」


「ええ。僕はてっきり、火魔法の応用から『熱』に変換するものをジトラさんが作ろうとして苦戦しているんだと思っていたんですが、どうやら、火魔法自体の火力を上げる方向で作っているようなので。──僕が想像しているのは、風の強い場所でも影響を受けないように、『熱』で温めるものなんです」


 コウの想像では、前世で言うところの、IH調理器具だったのだが、こちらの世界の想像では、火で温めるのが常識であり、熱で温めるという発想がないようだとジトラを観察していて感じたのだ。


「熱かニャー? 考えた事もなかったニャ……。熱を発するのが火で、その火で鍋やフライパンを温めるものだと考えていたニャー。熱で温めるという発想はなかったニャ! 熱なら、火魔法の前段階の魔法陣だから、まだ、複雑にならなくて済むかもしれないニャー!」


 ジトラは、そう言うと、一から魔法陣を組み直す作業を始める。


 どうやら、ゴールの無い迷路から抜け出したのか、ジトラはコウのアドバイスのお陰で、そこから二日で新たな魔法陣を組みなおすのであった。



「これで、コウ殿の求めていた携帯用魔導コンロの大きさになったニャ!」


 ジトラは完成した魔法陣を、コウの想像通りに作った携帯用魔導コンロに組み込んだ。


 コンロは耐熱にも優れている魔鉱鉄製だから価格は高くなるだろうが、携帯できる程の大きさになるのでその実用性は、かなり素晴らしいものになるだろう。


 冒険者などのグループで一つという感じなら、十分元は取れるはずである。


「ジトラさん、ご苦労様です! ──あとは、技術の盗難防止とか付けられたら、良いかもしれないですね」


 コウは、ジトラを労いつつも、完成には欠かせないアイディアも告げた。


「それは大丈夫だニャー。すでに魔法陣を組む時に、しっかり入れておいたのニャ!」


 ジトラは一流の魔導具師として、その辺のことにも抜かりがなかったようだ。


「さすがですね。それでは、実際に使用して、使い勝手を確認していきましょう」


 コウはそう言うと、魔法収納鞄から鍋を取り出し、そこに水を注いで試作品のコンロの上に置く。


 そして、スイッチを入れてコンロを稼働させる。


 しばらくすると、ポコポコと水が泡を立てて沸騰し始めた。


「おお、成功ですね! ──ところで、ジトラさん、熱量調整はどうやるんですか?」


 コウは、コンロには、稼働スイッチしかないことに、ここで気づいた。


「熱量調整って何んだニャン?」


 ジトラが首を傾げる。


 その間にも鍋の中の水はぐつぐつと沸騰し、泡を吹いて鍋からこぼれ落ち、その水がコンロに触れてジュっと蒸発していく。


「改良の余地がまだ、ありました!」


 コウは、慌ててコンロのスイッチを消すと、鍋をどけて試作品のコンロが未完成であることを指摘するのであった。



 このあと、コウからの指摘を受けたジトラは、改良を重ね、ようやく、熱量調整ができるタイプの携帯用魔導コンロが完成した。


 大きさは、一般的な背負い袋に入れられる四方三十㌢くらいであり、厚さは三㌢ほどに抑えてあるからコンパクトだ。


 また、熱の元になる魔力は魔石を隅の部分に装着することで使用可能である。


 魔石は、魔物から入手できるのだが、ゴブリン程度の魔石でも、一回使い捨てでいける程度だ。


 あとは、魔鉱鉄製ということで、背負っているところに剣や矢を受けても、十分防げるような頑丈さなので、頑丈さは十分保証されていると言ってよいだろう。


 街長ヨーゼフにこの完成品を持っていくと、まずは、剣歯虎部隊、ヤカー部隊に支給して、その使い勝手を改めて検証する形で導入されることになるのであった。

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