第174話 新たな案

岩星ロックスター』の一流営業マンであるガストンは、結果的に辺境までやってきてエルダーロックの街との大型契約を取ることが出来ず、残念な結果であったが、そこはプロである。


 コウとイッテツが、あの新星ブランド『コウテツ』の創設者であることがわかったので、合同製作の可能性を二人に持ち掛けたのだ。


 本来なら、王都本部の幹部に伺いを立ててから打診すべきことなのだが、ガストンは相手が『コウテツ』ブランドだから、問題ないと考えていた。


 それに対し、コウとイッテツは、『コウテツ』ブランドの営業マンである大鼠族のヨースがこの場にいないので約束はできないが、前向きに検討すると答えた。


 ガストンとしては、最初の訪問でその口約束を貰えただけで上出来だろうと考えていたから、手ぶらで帰らないところはさすがである。


 そんなわけで、『岩星』王都本部からの使者ガストンは、大きな契約は取れなかったが、『コウテツ』ブランドの繫がりを得て王都に帰還するのであった。


「同じドワーフでもかなり印象が違う人だったなぁ……。口が達者な大鼠族みたいな雰囲気があるというかなんというか……」


 コウが、口の達者であったガストンをそう評した。


「『岩星』は、鉱夫ブランド大手だからな。そこで働いているくらいだから、嫌でも口が達者になるのかもな。がははっ!」


 イッテツは、武骨で口下手が多いドワーフの特徴とは違うガストンに悪印象を持つということもなく、そう評価する。


「きっと、あのガストンさんは、『岩星』でも上の方の人かもしれないですね。ヨースに通じるものを感じましたから」


 コウは、頼もしい友人である大鼠族と比べて同じく評価した。


「確かに、そうかもしれんな。──よし、みんな。午後からはまた、装備品製作に移るぞ。気合いを入れろ!」


 イッテツは、職人達に声をかけると、目下の目標である近衛騎士団装備品一式の製作に戻るのであった。



 それから数日後。


 ヨースが王都方面から戻ってきた。


『岩星』からの使者が来たことを話すと、その場に居合わせなかったことを残念そうにしていたが、合同製作の可能性を聞くと、


「また、『コウテツ』ブランド飛躍の好機じゃないか!」


 と喜び勇む。


 ヨースとしては、近衛騎士団の装備品一式の納品後の大きな仕事を取るべく、全国を旅しているから、これは渡りに船だったのだ。


「はははっ。あとはヨースに任せるよ」


 コウは、この頼もしい友人に仕事を任せると、納品の為に、仕事に戻る。


「みんな、それじゃあ、納品に間に合うように頼んだぜ。俺は、ヨーゼフの旦那のところに、報告があるからな。──あ、コウも付いて来てくれ」


 ヨースはそう言うと、コウを連れてイッテツの鍛冶屋工房をあとにするのであった。



 街長ヨーゼフの邸宅。


「──オーウェン第三王子殿下が!?」


 ヨースの報告を聞いた街長ヨーゼフが、驚きの表情で聞き返す。


「ああ。隣領の統治状況の視察がてら、こちらにも寄りたいそうだぜ。なんでも旧ダーマスの王家直轄領の統治状況があまり芳しくないらしくて、その原因の一つがここのせいだと、代官から報告が上がってきたらしい。だから、その確認の為、王家の者がこの辺境まで送り込まれることになったんだが、その役をオーウェン王子殿下が周囲から押し付けられた形だそうだ。まあ、本人はまた、ここに来れる口実が出来たと喜んでいたけどな」


 ヨースは、すっかり仲良くなっているオーウェン王子の再訪問の理由を、街長ヨーゼフとコウに知らせた。


「あ、それと、王都での猫妖精族ケット・シージトラの誘拐未遂事件のことだが、背後にいたダマレ侯爵の伯爵への降爵と罰金刑が決まったらしい」


「え? 爵位はく奪ではないの!?」


 コウはヨースからの報告内容が意外過ぎたので聞き返す。


「なんでも、オーウェン王子殿下が担当して追及しようとしていたら、第二王子殿下にその任を横取りされたらしい。そして、爵位はく奪から、軽い刑になったんだとさ」


 ヨースは、嫌な顔をして、そう告げる。


「ジトラさんにも知らせないといけないよね……?」


 コウは眉をひそめながら、ヨースに聞く。


「黙っていた方がいいんじゃないか? 怖い思いをした相手が軽い刑で終わって表を堂々と歩いていると知っても、嬉しいことは何一つないからな」


 ヨースは、過去は天敵であった猫妖精族の仲間に気を遣ってそう答えた。


「……そうだね。知らない方が良いこともあるか……。──それじゃあ、この件は聞かなかったことにするよ。──あ、そうだ! そのジトラの話なんだけど──」


 コウは、思い出したように、ヨースに報告する。


 それは、ジトラが魔導具修理だけでなく、新たな魔導具の開発の為、『コウテツ』ブランドにも協力して欲しいとのことだった。


 コウ自身は、ジトラのこの街での門出だから、全然協力を惜しまない立場であるが、『コウテツ』ブランドは、ヨースの『マウス総合商会』管理の下で製作を行っているので相談したかったのだ。


「──それは別にいいが、『コウテツ』は今、近衛騎士団の装備品納入で忙しい時期だろう? その辺は時間的に大丈夫なのか?」


 ヨースはジトラが一流の腕を持つ魔導具師であることを理解しているので、『コウテツ』にとってプラスにしかならない提案だろうと考えている。


 だから、反対はしないのであったが、『コウテツ』職人達にばかり無理をさせられないのでその辺りを心配した。


「それは、もう大丈夫かな。団長クラスの装備品一式は、すでに精錬が終わって、イッテツさんの仕上げ作業に入っているからね。一般騎士の装備一式についてもゴーレムが昼夜問わず作業してくれるお陰で、納入日に十分間に合うと思うよ」


「ちょっと留守の間に、そんなに作業進んでいたのかよ!? ……なら、問題なさそうだな。じゃあ、ジトラと何を作るつもりなんだ?」


「色々考えているのだけど、まずは、携帯用魔導コンロかな?」


「携帯用魔導コンロ?」


 コウの言葉が理解できず、復唱するヨース。


「うん。ワグさん達剣歯虎サーベルタイガー部隊のみんながよく、アイダーノ山脈地帯の地図を作る為に、訓練も踏まえて旅に出ることが多いのだけど、山ということで場所によっては、風が強く枯れ木がない場所もあって火が使えないことがあるそうなんだ。だから、旅先でも困らないように携帯用の調理器具としてコンロを──」


「ちょっと待て。そのコンロって、そもそもなんだ?」


 ヨースが聞き慣れない単語をコウが話すので、言葉を遮るように聞き返した。


「あ、そっち? コンロというのは、調理用加熱機器のことだよ。携帯用コンロは、持ち運びができる『窯』みたいなものかな」


 コウは、一人突っ走っていたことに気づき、ヨースに丁寧に説明する。


「持ち運べる『窯』? ……それができたら、とんでもないぞ? ──これはお金の匂いがするぜ!」


 ヨースはコウの案を聞いて、まだ、出来るかもわからない携帯用コンロに期待するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る