第173話 岩星の見学者

「みんな、使者が来たぞ!」


 工房から外を見張っていたドワーフ職人の一人が、コウ達に知らせが入る。


「いつもの自然な感じでやるんだぞ!」


 イッテツも、一流ブランド『岩星ロックスター』の使者が見学に来るということで、胸躍らずにはいられないようで、ウキウキしながら職人達に注意した。


 すると、職人達はいつもの通り、鍛冶仕事を始める。


 とはいえ、今回は、近衛騎士団から受注している仕事ではなく、街の者達から注文を受けていた日用品や鉱夫から依頼のあったものの製作であったので、気楽ではあった。


 そこに、ダークエルフのララノアが、『岩星』の一流営業マン、ガストンを伴って工房に入ってくる。


「イッテツさん。こちらが、『岩星』王都本務から訪れたガストンさんよ。──ガストンさん、こちらが、ここの工房主であるイッテツさんよ」


 ララノアは両者の間に入ると、紹介を簡単に済ませた。


 イッテツは、憧れの『岩星』関係者が相手であることの嬉しさを抑え、すまし顔で「おう、よろしく……」と短く応じる。


「ここが、この街一番の工房と聞いたのですが、工房主殿は、今、何を作っておられるのですかな?」


 ガストンは、鉱山で使用されている無名の五等級ツルハシを作ったと思われるイッテツに探りを入れた。


「儂か? 今は、近所の奥さんからお願いされていた鍋底の穴を塞いでいる最中さ」


 イッテツは、「『岩星』の関係者に質問されたぞ!」と内心、興奮気味であったが、また、すまし顔で答える。


「鍋底の修理!?」


 ガストンは意外な返答だったので、拍子抜けする。


 ガストンがそれまで想像していた辺境の鍛冶屋の仕事そのものだったからだ。


 だが、鉱山では、五等級のツルハシを使用していたから、腕は一流のはず。


 もしかしたら、その鍋も魔鉱鉄製のものかもしれない……。


 そう考えると、


「見せてもらってもいいですかな?」


 とお願いする。


「……いいぞ」


「ふむ……。(何の変哲もない鍋だ……。穴のあった底も普通に塞がれているし、変わった様子はない。だが、仕上げ作業が丁寧で、かなり腕が良さそうだ……)」


 ガストンはイッテツから鍋を受け取ると、表から裏までひっくり返して事細かに観察して感心した。


 だが、鉱山で目撃した無名の五等級魔鉱鉄製ツルハシ程の衝撃はない。


 ガストンが内心がっかりしていると、他の職人達の作業を見渡す。


 工房内は、増築を繰り返して大きくなっているのが見てわかった。


 そして、奥まで炉が沢山並んでおり、職人達が作業を行っている。


 どうやら、裏でも作業を行っているようで、金属を打つ音が何重にも聞こえていた。


「辺境の街にしては、とても大きな工房ですね。(だが、見学する程のこれといった技術はなさ──)」


 ガストンがそう思っていた矢先である。


 並んで作業している職人達が、炉から金属を取り出して、金槌で精錬を始めた。


 まだ、始めたばかりだから、その出来はわからないが、『岩星』の工房で聞き慣れた音、いや、それ以上に、リズムのある透き通った音色で金属を打っているように聞こえる。


 特に前日、街長邸であった英雄と呼ばれていたハーフドワーフのコウと言ったか? が、精錬する音は、他の者とは飛び抜けて良い音を立てていた。


「!(先程までと違って、急に職人達の動きが良くなってきた気がするぞ?)」


 ガストンもここでようやく、この工房の職人達の能力が高いことに気づく。


 コウ達は、先程まで緊張しすぎて、あまり動きが良くなかったのだ。


 だが、作業に集中し始めることで、それもなくなったのである。


 その中で、犬人族のシバだけは最初から緊張せずにやっていたのだが、作業工程が仕上げの段階をガストンからは離れたところでやっていたので、注目されずにいたようだ。


 コウは憧れの『岩星』の見学だから緊張して半端な仕事をしていた一人だが、ふとイッテツ工房の職人の一人として、これはいけないと感じると緊張も解けた。


 そして、本領を発揮し始めたのである。


 コウは、鉱山のドワーフの依頼で、ツルハシの修理をしていたのだが、無名の五等級のものを本気で叩き過ぎて、一つ上の四等級まで上げてしまう。


 それを仕上げするイッテツに渡すと、じろりと睨まれた。


 当然だろう、修理で等級を上げることが出来る職人などそうそういないからだ。


「! この輝きは五等級どころか、四等級では!?」


 ガストンも仕上げを始めたイッテツの手元を見て、そのツルハシの出来に目を剥く。


 やはり、見る目は一流のようで、その出来を見逃さなかった。


「コウ殿だったかな? この街の英雄という話でしたが、鍛冶師の腕が良くて英雄扱いされているということなんですな!?」


 ガストンはコウの存在についてそう早とちりする。


「それもそうだが、コウは、この街を救ったから英雄なんだ。鍛冶師どうこうではないぞ」


 イッテツが、コウの価値が鍛冶師に留まらないとばかりにガストンの早とちりを否定した。


「でも、これを見る限り、一流の鍛冶師には違いないのでしょう? ──どうです? うちと専属契約を結びませんか? 報酬も弾みますよ!」


 ガストンはコウが腕利きの鍛冶師と判断するとすぐさま引き抜き交渉を始める。


 魔鉱鉄製の精錬を行える職人はいくらいても足りないくらいであるから、ガストンも一流の営業マンとしてそれを心得ていた。だから、コウを獲得しようとするのは当然の動きである。


「それは無理な話です」


 コウは、ガストンの誘いにも間髪を入れず、断りを入れた。


「なぜです? あなたの腕をこの辺境で無名のまま腐らせるには勿体ない! 同じドワーフなら『岩星』で、その力を存分に発揮しましょう!」


 ガストンはまたしても、殺し文句である『岩星』を口にする。


 一流ブランドの営業としてはその言葉は最大の強みと言っていい誘いだろう。


 普通ならこの名を出した時点で無名の職人、それもドワーフとなるとコロッといくものだ。


「いえ、うちにも(『コウテツ』ブランドの)誇りがあるので」


 コウはきっぱりと再度断った。


 これにはガストンも驚くしかない。


「な、なぜです!? 鉱夫ブランドでは最大手である『岩星』ですよ? 同じ『ホリエデン』や『ドシャボリ』では、ドワーフであるあなたを評価するところはないでしょう。──最近では、新星で『コウテツ』という謎の商会ブランドもありますが、それも最近、武器の製作に移行したようですから、実質、鉱夫ブランドであなた方を正しく評価できるのはうちくらいですよ?」


 ガストンの言うことは的を射ている意見だろう。


 人族経営の『ホリエデン』、蜥蜴人族の経営の『ドシャボリ』では、ドワーフであるコウ達を正当に評価するか怪しいところだからだ。


 ただし一点を覗いては。


 武器製作に移行したと思われている『コウテツ』が、その当人達であり、その本部の工房であることをガストンは知らなかった。


「同じドワーフということで気を遣ってくれていることに感謝します」


 コウはガストンの誘いに感謝すると、イッテツと目配せした。


 イッテツは、黙って頷く。


「──その上でお話しすると、僕達はすでに、ブランドを立ち上げているんです。ですので、そちらと専属契約を交わすことはできないんです」


 同族の誼でコウはそこまで言うと、苦笑する。


「え? そうなんですか!? 鉱山で使用していた『魔鉱鉄製』のツルハシなど一流の道具を見させてもらいましたが、そんな刻印はどこにも……」


 ガストンはそれを確認したうえで誘っていたのだ。


「あれは、あえて刻印を打っていません。そうすると価値が上がって鉱夫が入手しづらくなるので」


「そんなことをしてもメリットは……。あっ、まさか……!? ──最近、鉱夫ブランドの方で名を聞かなくなった『コウテツ』ブランド商会とは、もしかして!?」


「はははっ……」


 コウは否定もしないが肯定もしない。


「……そうでしたか。なるほど、おおっぴらに宣伝しないのもわかりました。自治区にあるとわかると、色々とやりづらくなるでしょうから……。このことは同じドワーフとして秘密にしておきます。──そうか、同じドワーフの商会だったのですね。実は、私、『コウテツ』ブランドに感動したうちの一人なんですよ。凄い新星ブランドが現れたと喜んでたのですが、同じドワーフとわかって誇りたい気分ですよ。イッテツさん、コウさん、お互いこれからも頑張りましょう」


 ガストンは、思わぬところで、『コウテツ』ブランドの正体を知って喜ぶ。


 そして、そうとは知らずにコウ達の腕を見抜いた自分に対しても、誇りたい気分になるのであった。

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