第172話 一流営業マンの衝撃

岩星ロックスター』の営業マンであるガストンは、ドワーフの街であり、バルバロス王国から非公認ながら自治区として認められているエルダーロックが十分お金になると睨んでいた。


 同じドワーフの誼ということもあるし、契約を結ぶのは容易だと考えていたのである。


 それは、王都本部の幹部会議でも同意見だったことから、ガストンも甘い考えでこの辺境まで足を運んだのだ。


 だが、何もない辺境だと甘く見ていたら、『岩星』よりも価格が安い『魔鉱鉄製』ツルハシを現場のドワーフ達が使用しているではないか。


 ガストンはそれだけでも、かなりの驚きであったが、五分の一と安すぎる価格で入手できるという事実にも敗北を感じずにはいられなかった。


(このまま帰るわけにはいかない……)


 それがガストンの一流営業マンとしての思いである。


 そう考え直してから、ガストンはようやく自分の泊まっている宿屋の雰囲気を観察することが出来た。


「これは……、改めて室内を見ると、辺境の宿屋とは思えない立派な作りだ。それにこの壁や床の材料……。──まさかトレント製の木材を使用しているのか!? ──一流の宿屋でも柱の一部にしか使用しない程、高価な代物だぞ……!? 宿屋名は確か『鉱山の精霊ノッカー亭』だったか? どうなっているんだ、この街は……。宿屋代も良心的だし、鉱夫道具も無名ながら一流のものばかり……。私は鉱山の精霊にでも化かされているのか?」


 ガストンは、エルダーロックの街に来てからは、自分のペースが崩されっぱなしで困惑していた。


 食堂で出てくる料理も、上質な柔らかい肉のステーキに添え物の野菜も新鮮、そして、具沢山で深い味わいのシチューに辺境で出てくるはずがない白パンだ。


 そして何より、麦酒がかなり美味い。


 王都でなら、一流の宿屋に行けばいくらでも食べられるが、ここは辺境である。


 何度も言うが、辺境なのだ。


 それも、王国から切り離された緩衝地帯にある自治区。


 通行人の着ているものも、最近王都の一部で流行っているデザインと同じ服だったことから、流行りもいち早く押さえているようだ。


 それらを含め、王国よりも生活水準の高い良い生活を送っていると思われるから、感覚がおかしくなりそうであった。


「……お客さん、どうなされました? 料理がお口に合いませんでしたか?」


 宿屋の主人は、コウ達髭なしドワーフグループの一人、ポサダである。


 そのポサダが、この賓客であるガストンの様子に気が付いて声をかける。


「い、いや……。──……ご主人、この料理で採算は取れているのかね? 宿代に比べてずいぶんと料理の質が高く感じるのだが?」


 ガストンは思わず率直な疑問を、宿屋の主人であるポサダに確認した。


「ええ、もちろん採算は取れていますよ? うちも商売なので、その辺りはしっかり料金に反映させてもらっています。お肉も野菜もパンの材料である小麦粉も地元で採れるものを使用していますから、そのお陰で、安く出せているとは思うのですけどね」


 ポサダは、控えめながら、率直に答える。


 相手は、一流ブランド『岩星』の使者なのだ。


 辺境の宿屋風情が背伸びしたところで、笑われるのがオチだと思ったから、正直に答えるのが一番だろうと考えたのである。


「地元の食材!? 全てなのか……?」


「ええ、まあ。以前は高い金を出して隣領から仕入れていましたが、最近ようやく、小麦粉も地元で賄えるようになってきました。お陰で白パンを出せるようになったのは、うちの自慢ですよ」


 白パンが贅沢品であることは、全国共通のことだったので、そこに関してはポサダも自慢する。


 王都では珍しくないかもしれないが、田舎では十分珍しいはずだとポサダは思い込んでいた。


 だが、王都でも白パンは今でも十分珍しく贅沢品であり、食べるのは富裕層が中心であったから、ポサダの認識は間違っているのだが……。


「そ、そうか……。──この辺境にドワーフ中心の街が出来ていると聞いて、もっと質素なところを想像していたのだが、想像を遥かに超えてきたな……。──ご主人、この街で一番の鍛冶屋はどこかね?」


 ガストンは、この辺境の鉱山街であるエルダーロックが田舎であるという固定イメージを拭い去ると、『岩星』以上のコストパフォーマンスで鉱夫製品を作り出している鍛冶屋の存在が気になって聞いた。


「一番の鍛冶屋……、ですか? あそこは忙しいですからね……。──それではうちの方で許可が下りれば、見学できるように話を通しておきますので、二時間後にまた食堂に来てください」


 ポサダは慎重にそう返答する。


 一番の鍛冶屋といったら、イッテツのところしかない。


 つまり、『コウテツ』ブランドということだ。


 相手は『岩星』の使者だから、すぐに『コウテツ』ブランドと気づくかも知れない。


 だから、前もってコウとイッテツに知らせておくのが一番だと考えたのである。


「それはありがたい。それでは二時間後に」


 ガストンは、ポサダに感謝すると、一旦部屋へと戻るのであった。



「──ということで、見学させていいものか、前もって聞いておこうと思ったそうよ?」


 宿屋で給仕の仕事をしているララノアが、ポサダの使いで鍛冶屋に訪れると、コウに確認をとる。


「見学かぁ。──イッテツさん、どうしますか? 相手は『岩星』の使者の方なので、無下には出来ないところだと思うんですが?」


 コウは、イッテツに確認の為、声をかける。


「別に構わんだろう。ゴーレムは奥で作業しているから気づかれないだろうし、儂らの作業風景を見たところで、相手は鉱夫ブランドの大手『岩星』。参考になるとも思えんしな」


 イッテツは相変わらず、自分の作業以外興味が無いのか、ゴーレムの存在以外警戒する様子もない。


「……そうですね。ゴーレムの存在はさすがにバレるとマズいので奥を見学させられませんが、それ以外で、普段の注文作業の見学ならば、『コウテツ』ブランドであることも気づかれないかもしれないですね」


 コウは少し考えると、みんなに聞こえるように、答えた。


「あの『岩星』の使者が見学に来るのか……、緊張するな!」


「俺達ドワーフ憧れのブランドだからなぁ」


「少し前なら考えられなかったな!」


 ドワーフの職人達は、子供のようにはしゃぐ。


 それくらい、鉱山で働くドワーフ憧れのブランドなのだ。


 今では、『コウテツ』ブランドも鉱夫ブランド界に彗星の如く現れた一流の存在なのだが、辺境にいると、どうしてもその凄さがよくわからないのは仕方がないところではあった。


「それじゃあ、二時間後にお願いね」


 ララノアは、みんながはしゃぐ様子を見て笑顔になると見学時間を確認し、宿屋へと戻るのであった。

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