第177話 ヘレネス連邦王国セイレイン王家領

 コボルトの村はにわかに慌ただしくなってきた。


 エルダーロックの街との共同訓練が急遽延期になり、コボルト警備隊の精鋭がヘレネス連邦王国に潜入する為に村をあとにするのだから、何か起きたと思うものが多かったのだ。


 それに、エルダーロック側のヤカー騎兵部隊が、続々とコボルト村入りすると、緩衝地帯を北上していく。


 これは、ヘレネス連邦王国領内に入ると領土侵犯で問題になること、その為に領地内の情報はコボルト達に任せているので、コウ達は緩衝地帯側から、ヘレネス連邦王国の動きを監視することにしたのである。


 村長のドッゴやその相談役である老オルデンが事情を村人達に説明すると、動揺が走ったが、混乱することはなかった。


 なぜなら、彼らにとってこのコボルトの村を故郷と定めている者がほとんどであったからだ。


 だから、すぐに村を守るという共通認識となって、団結する動きになりつつある。


 老人や女子供は、食糧の確保や、男達の手伝いをすることに精を出したし、男達はみんな武器の扱いはもちろんのこと、集団戦の訓練も行い始めた。


 指導するのは、コボルト警備隊とドワーフの『太っちょイワン』達実戦経験のある者達で、コウはその姿が人なので、ヘレネス連邦王国領に行くこととする。


 同行者はいつもの面々でダークエルフのララノア、街長の娘カイナだ。


 そして、コボルトの若者の代表で、エルダーロックで技術を学んでいるレトリーも同行している。


 レトリーは、コボルトの村から偵察に出ている仲間を見分けることが出来るので、コウ達に同行することにしたのだ。


 コウはいつも通り、剣歯虎のベルに跨り、ララノア達は二足歩行の蜥蜴ヤカー・スーに騎乗している。


 国境の検問所では、魔物使いとしてベルとヤカー・スーを登録して堂々と越境した。


「剣歯虎に大型のヤカー種か……、珍しい魔物だな。しっかり、従魔である首輪もしてあるし、問題ないな。──これは、この国で従魔と一緒に短期滞在を示す証明書だ。期限は一週間。もし、延長、もしくは正式なものが欲しい場合は魔物使いギルドで手続きを行ってくれ。費用は別途かかるぞ」


 検問所の兵士はコウを少年だと勘違いしていたから、親心を刺激されたのか手数料のみで魔物使いに発行している証明書を渡し、丁寧に教えてくれる。


「ありがとうございます!」


 コウも子供扱いされていることを察したので、手数料を支払って感謝してみせた。


「このセイレイン王領の街道を北上したら、セイレイン王領王都がある。さらに北上していくと、セイレイン王家、キリス王家、カーミル王家の中央に位置する中央王都だ。中央王都領は税金が高いから、セイレイン王領内のどこかの街で延長、もしくは正式な従魔証明書を手に入れると都合がいいぞ」


 世話好きな検問所の兵士は、そう説明すると、「行っていいぞ」と道を開ける。


 コウ達は、改めてこの親切な兵士に頭を下げて感謝を示すと、セイレイン王領に入国するのであった。


 バルバロス王国との国境線であり、交易が盛んなところとあってか、検問所を越えてすぐにあるボルダの街は十分栄えている。


 ここは、コボルトの村から緩衝地帯を南西に数時間高速で移動したところでアイダーノ山脈地帯が途切れ、バルバロス王国とヘレネス連邦王国が直接国境を接するところだ。


 その為、両国ともに、国境線に要塞化した街を作っており、ヘレネス連邦王国側の要塞がボルダの街である。


 もちろん、街とは別に軍の要塞もあって、連携できるようになっており、両国ともにここは重要拠点と定めていた。


 現在、何年もの間、問題らしい問題はなく小競り合い程度であったから、審査も交易の為に甘い。


 だから、コウ達はあえて国境を密かに越えず、堂々と検問所のあるところまで行って、国境を超えたのである。


 それに、兵士からも発行してもらった従魔と一緒の短期滞在証明書は、ヘレネス連邦王国内を自由に動き回る為にも必要なものなのだ。


 剣歯虎のベルやヤカー・スーは非常に目立つから、行く先々で職務質問は当然されると考えた方がいいので、少し遠回りでも検問所を利用する方がいいのであった。


 コウとララノア、カイナにベル、そして、コボルトのレトリーとヤカー・スー三頭は、国境の要塞街ボルドを早々に通り過ぎると北上し、まずはセイレイン王領の王都、セイレインを目指すことにした。


 すでに、セイレイン王都などの要所にはコボルトの村から派遣した偵察が潜入している。


 そこで、情報を貰いつつ、中央王都に向かい、コボルトの村を人族のものにするという噂が本当なのか確認するのだ。


 もし、このことが事実なら場合によっては軍が動く可能性もある。


 その判断は、中央王都だろうから、そこで情報を集めるのが一番だろう。


 コウ達一行はそう判断すると、まずはセイレイン王都に向かう為、街道を高速で移動するのであった。



 セイレイン王領王都まで馬車なら一週間近くかかるところを、コウ達一行はわずか三日で北上してしまった。


 途中、バルバロス王国でも経験したヤカー・スー泥棒に遭遇することもあったが、これはベルが撃退してくれたので、あまり問題にならなかった。


 他人の従魔に手を出すことは、禁止されているからだ。


 盗人には関係のない話だが、その代わり、死んでも文句は言えないので、ベルもその辺りはコウから加減しなくてもいいと言いつけられていたこともあり、自慢の剣歯で腕を切り裂いたり、足を嚙み千切ったりと容赦のない対応をしてくれた。


 盗人達はそのまま御用となり、警備隊に引き渡され、その時、例によってコウ達の短期滞在証明書を確認されたのだが、それだけで済んだので、やはり、密入国しなくてよかったようだ。


 こうして、少しの問題がありつつも、コウ達一行はセイレイン王都に到着するのであった。

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