第169話 傭兵団への奇襲

 コウ達一行は、尾行の冒険者を巻いてそのまま、街郊外に出た。


 ダークエルフのララノアの契約している氷の精霊フロスが、一同を深夜の道を案内する。


「本当にフロスってただの精霊じゃないよね。エルダーロックの街のエルフ達も、フロスは上位精霊かもしれないって言っていたし」


 コウは、先頭を二足歩行の蜥蜴ヤカー・スーに跨って進むララノアとフロスを見ながら、街長の娘カイナに漏らす。


「でも、上位精霊は人と同等の大きさか、それ以上の巨大な姿をしていると、エルフ達は言ってたでしょ? フロスは人型だけど手のひらサイズの大きさだし」


 カイナはその疑問の言葉に指摘する。


「それなんだよね。ララに聞いたら、『フロスは知らないって』と言われたらしいから、謎は深まるばかりだよ」


 コウが晴れない疑問に首を傾げる。


 だが、心配するのも仕方がないだろう。


 ララノアは、子供の頃にダークエルフの村から、追放された身だったから、魔力の訓練を知らずに育ったので、魔力が他のダークエルフよりもかなり劣っている。


 その分、脳筋気味の剣の使い手ではあるが。


 そんな魔力が少ないララノアが上位精霊と契約するのは難しいはずなのだ。


 通常、身の丈に合わない精霊と契約を結ぼうとしたら、痛いしっぺ返しを受けるという。


 精霊はそれだけ、自己主張が強く、誇りを持っているからだ。


 もし、フロスが上位精霊ならば、身の丈に合わない精霊と契約を結んだララノアは、何かしら代償を払わされてもおかしくないのである。


 だから、コウはララノアの身に何も起きずに済んでいることを、不思議に思わざるを得ないのであった。



 そんなことをカイナと話しながら、三人は町はずれの森の一角が見える丘に到着した。


 見下ろすと、微かに木々の間から明かりが見える。


「ララ、あそこが例の傭兵集団が待機している場所かな?」


「ええ、そうみたい。──フロス、見張りはどこにいるかわかる?」


 ララノアはコウの言葉に応じると、契約精霊のフロスに詳しい情報を聞く。


 フロスは、手足を動かして、ララノアの質問に反応している。


「──うん、わかったわ。フロス、ありがとう。──コウ、見張りは三人。街が見える西側に一人、森と街道の間に一人、あとは傭兵集団が休んでいるところの焚火番が一人みたい」


 ララノアは、フロスの説明を正しくコウに伝えた。


「だから、森の北に位置するこの丘に案内してくれたのか! フロスは頭が良いね……! よし、それじゃあ、このまま、森に下りて奇襲をかけるよ。──あっ、……さすがに敵のリーダーはわからないよね?」


 コウが、少し期待してフロスに直接聞く。


 フロスはその質問をララノアに向かって答える。


 もちろん、コウには身振りだけしかわからない。


「フロスが言うには、『とても良い魔力に包まれた装備を携えていた者がそうなら、わかるよ』らしいわ。──隻眼の男だって」


「おお! その特徴だけでありがたいよ。まずは、奇襲で数を減らし、その中で、その特徴の男を僕が狙ってみるね? ──それじゃあ、行くよ」


 コウはララノアとフロスから提供された情報に満足すると、仮面を付けて剣歯虎サーベルタイガーのベルに跨ったまま、丘を下りて森に入っていく。


 ララノアとカイナも仮面を付けて頷くと、ヤカー・スーに跨ったまま、その後に続くのであった。



 奇襲は、焚火番をしている見張りの男を狙い撃ちするところから始まった。


 それは、コウが魔法収納鞄からスコップを取り出すと、それを振りかぶり標的に向かって投じる。


 スコップは風を切って焚火番の胸元に吸い込まれていき、サクッという小さな音と共に、焚火に倒れ込んで絶命した。


 焚火番の体と大量の血で明かりが消えて、当たりは月明りだけになる。


 それを合図にして、ララノアとカイナがそれぞれ、氷の精霊魔法、土魔法を詠唱する。


 そして、発動すると氷の精霊魔法と土魔法が地面を走り傭兵達が就寝しているテント内部を襲う。


 傭兵達は、寝たまま氷と土の魔法に串刺しになり、テントの内側が血に染まった。


「「「ぎゃっ!」」」


 仕留めそこなった者達の悲鳴で、他のテントで寝ていた傭兵達も異変を察知し、剣だけを握りしめた状態で、下着姿のままテントから飛び出してきた。


「なんだ!? 何が起きて……、見張りがやられている!? 誰──」


 傭兵の一人が焚火番がやられているのに気づいて、他の者達に声をかけようとしたが、闇の中から迫って来ていた小さい影に首を飛ばされる。


 そう、コウが大戦斧を握って敵の真っただ中に突入したのだ。


 コウは、敵が態勢を整える間を与えず、大戦斧を暴風のように激しく振り回して傭兵達を仕留めていく。


 ララノアとカイナは、月明りを雲が隠した闇に乗じて、その後も魔法で敵を仕留め続ける。


「各自、木を背にして密集体形! 敵は魔法も使用している。発動場所を特定して接近戦に持ち込め!」


 暗闇の中、冷静な判断で傭兵達に命令する声が森に響く。


 どうやら、それがリーダーのようだ。


 コウは、大戦斧を振るいながら、その声の位置を確認した。


 そして、勝負とばかりに、そのリーダーがいると思われる暗闇に敢えて、照明魔法を使用する。


 照明魔法は、リーダーの顔近くで周囲をパッと照らした。


「くっ! 目が!」


 隻眼のリーダーは思わぬ光に、残った片目が眩んだ。


 その瞬間に相手が隻眼であることを確認したコウが、大戦斧を振りかぶって距離を詰める。


 隻眼のリーダーは、目が眩む中、殺気を感じ、左手に握っていたブランド製の盾をとっさにかざした。


 すると、その瞬間、大きな金属音と共に火花が散り、盾が大きく凹むと、その手から吹き飛んだ。


 隻眼のリーダーは、盾を諦めると同時に、長年の経験と勘で右手の剣をコウのいる方に突き立てる。


 コウは、思わぬ反撃に身をよじって、躱した。


 完全には躱しきれず、頬に傷を負うがコウは飛び退る。


 隻眼のリーダーはここで、ようやく照明魔法で目が眩んだ状態から回復した。


 その間にも傭兵達は魔法で攻撃を受けていたが、態勢を整え直し、魔法が使用されている方向を特定して動き始める。


 隻眼のリーダーの周辺にも部下達が集まってきて、単独で突入して来たコウに対して身構えた。


 それぞれが、ブランド製の剣や盾を構え、コウを半包囲しようと動き出す。


「敵は、魔法使いとこの戦斧のガキだけだ! 落ち着いて囲んで殺せ!」


 隻眼のリーダーがそう告げて、傭兵達が完全に態勢を整えた時であった。


 その背後から、剣歯虎のベルが茂みから飛び出し、傭兵達を次々と爪と牙で襲う。


「『山の殺し屋』、剣歯虎だー!」


 誰かが、ベルの姿にすぐ反応して、悲鳴を上げる。


 もしかしら、山岳地帯出身者でその恐ろしさを知っているのかもしれない。


 その言葉と、ベルの襲撃によって整いつつあった陣形がまた、崩れた。


 その瞬間、コウが土魔法で傭兵達の陣形の足元に剣山のような攻撃をする。


 ベルに一瞬意識を向けた傭兵達は、その不意を突かれて多くの者がコウの土魔法に負傷した。


 隻眼のリーダーは、とっさにジャンプして回避していたが、この連携に舌を巻く。


 コウは、大戦斧を魔法収納鞄に戻すと、金槌と杭を数本取り出した。


 隻眼のリーダーは、その行動に理由がわからず、一瞬身構えるのが遅れる。


 すると、コウは、その一瞬を捉えたかのように、杭を無造作に空中に回転させて投げると、素早く金槌でその杭をタイミングよく打ちつけた。


 杭は火花を散らし、弾丸のように隻眼のリーダーに向かって飛ぶ。


 隻眼のリーダーは、この意表を突いた攻撃に反射神経のみで反応すると、身をよじった。


 だが完全に躱しきれずに、杭は隻眼のリーダーの右肩を貫く。


「ぐっ!」


 隻眼のリーダーが、傷みに思わず言葉を発した。


「頭、負傷!」


 傭兵達は、剣歯虎のベルの奇襲にも、すぐ態勢を整え直していた直後だったので、動揺が走る。


 だが、動揺しながらも反撃する姿勢を整えようとするのは、やはり、プロの戦闘集団というところだろうか?


 コウはその反応から、これ以上の戦闘はベルやララノア、カイナの身が危険になるかもしれないと考え、


「退くよ!」


 と一言だけ発っし、ベルと合流して騎乗すると、現場から退散する。


 ララノアとカイナも、身を潜めていた茂みから、その場を離れるのであった。

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