第168話 一大事を前にして

 チュケイの街のとある工房で行われた『コウテツ』と『五つ星ファイブスター』会合は、三日間の予定であったが、『コウテツ』側の試作品に全体的に寄せるという結論に至ったことで、すり合わせをする必要もなくなった為、仕上げの仕方について少し技術のやり取りが行われただけだったから、一日を残して早めに無事終了した。


 とはいえ、予定は三日間であったので、残りの一日は、コウから『五つ星』の会長ゴセイに一つの提案がなされる。


 と言っても、鍛冶師としての技術供与だとか新たに何か作ろうということではなく、王都への帰り道についてであった。


 コウは、『五つ星』側に尾行者についての情報を、提供したのだ。


 二日間、コウ達と会長ゴセイ達が情報交換をしている間に、ダークエルフのララノアと街長の娘カイナ、剣歯虎サーベルタイガーのベルが街の外に待機している尾行者の雇い主について調べていたから、その結果を伝えたのである。


「……うちを狙っている、……だと?」


 会長ゴセイは、腕利きの冒険者十名を護衛として雇ってやってきていたから、襲撃される恐れだけはないだろうと高を括っていたのだ。


「はい、うちの護衛からの報告だと、尾行者は冒険者五名のチームでしたが、街の外に待機している集団が五十名程います。彼らは盗賊に扮してみなさんを襲撃するつもりのようです」


「「「五十名!?」」」


 コウの衝撃的な情報に、会長ゴセイのみならず、幹部や職人達も驚いて思わず声を上げた。


「はい。それも、対人戦闘に特化した私設傭兵団らしいとのことです。いくら護衛に腕利きの冒険者が十名いても、対人戦闘となると勝手が違うので、このまま無策で帰路に着くのは危険だと思います」


「……会長。これは、この街で追加の冒険者達を雇って対抗するしかないのでは?」


 幹部の一人が、コウの情報を信じて、会長ゴセイに助言する。


「……いや、相手が傭兵集団となると、寄せ集めの冒険者集団では太刀打ちできないかもしれない……」


 会長ゴセイは冷静にそう判断した。


 とはいえ、大手商会長も、戦闘に疎い商人である。


 予想でしかないから、それも正しい判断なのか難しいところだ。


 そこで、外で見張りを続けている冒険者のチームのリーダーを中に呼んで、この情報について相談した。


「傭兵集団五十名ですか!? ──それはちょっと難しいかもしれません……。私達冒険者は、対人戦闘よりも対魔物に優れているのが特徴です。もちろん、人型魔物にも対峙するので戦い方はある程度心得ていますが、傭兵は対人戦闘の専門集団です。それがこちらの約五倍の数で、あちら側が先手を取れる襲撃側となると、こちらは対応がかなり難しいと思います……」


 冒険者のリーダーはオブラートに包んで難しいと伝えたが、こちらの全滅の可能性を示唆したものであった。


「……君達が難しいというのなら、そうなのだろう。これは、この街の街長に相談して領兵を護衛に借りるのが妥当か……。足元を見られるだろうが、こういう時の為の大手ブランド商会の看板だから、その辺りは役に立つかもしれん。誰か、ひとっ走りしてくれ」


 会長ゴセイはそう言うと、一通の手紙をしたため、部下にそれを委ねた。


 しばらくすると、その部下が戻って来た。


「すみません、会長。『今は街長が留守にしているので会えません』の一点張りで、手紙を受け取ってもらえませんでした……」


 部下は悔しそうに言う。


「……会えないなら手紙くらいは受け取るもののはず……。それが駄目ということは、すでに、手が回っている、ということかもしれない……。傭兵集団といい、街長への手回しといい、どうやら相手は、うちよりも力を持つところらしい。そうなると、やはり、差し向けたのは老舗の『アーマード』辺りか……?」


 会長ゴセイは、部下の報告から敵の雇い主をある程度予想できた。


「敵はどうやら、勝つ為の準備を行っている様子。それに勝つ為には、『後の先』を取るのが肝要だと思います」


 コウは、黙って会長ゴセイのやり取りを聞いていたが、手詰まりのようなので、そう指摘した。


「後の先?」


「はい。こちらが不利な状況である以上、こちらが有利になる策を取るしかないです」


 コウは、意味ありげに提案する。


「それはもちろんだが、その手段がなくて困っているのだぞ?」


 会長ゴセイは、この難しい状況を前に、そう答えた。


「こちらが有利な点は何でしょうか? まず、事前に襲撃される情報を掴みました。さらには、その敵の数、待機場所も知っています。そして、こちらに知られていることを敵は知りません。──つまり総合すると、こちら側からの奇襲が成功しやすいということです」


 コウは、冷静に全体を把握して、最も可能性が高いであろう提案をした。


 会長ゴセイをはじめ、幹部、冒険者のリーダーは、この指摘にハッとしてコウを見つめる。


「……それならば、私達冒険者チームが、今晩、その傭兵集団に奇襲を仕掛けましょう」


 護衛冒険者のリーダーは、覚悟を決めたとばかりに告げる。


「いえ、護衛のみなさんが動くと、敵の尾行冒険者に気づかれてしまう可能性があり、奇襲成功の確率が大幅に下がると思います」


 コウは、確率について、そう告げた。


 そして続ける。


「もちろん、奇襲作戦をせずに、この街で待機して打開策を練るということもできますが、相手は街長まで手を回す徹底ぶりですから、長期戦になった場合、ゴセイさんは忙しい身。この状況が良くなるころには時間が経ちすぎて、仕事に大きな支障が出ることになると思います。ですからやはり、今やるべきことは、奇襲。それも成功確率が高いであろう今晩辺りが絶好の機会だと思います」


「だから、それを誰がやるというのだ……! うちの護衛冒険者達が動けないとなると、奇襲そのものができないではないか……!」


 幹部が声を抑えながら、コウの策が机上の論理である指摘をした。


「僕達がいますよ」


 コウは、その指摘を論破するように、笑みを浮かべて淡々と答える。


「「「えっ?」」」


 会長ゴセイ達は、その言葉に耳を疑った。


 目の前のコウは、一人の少年でしかない。


 もちろん、腕力に優れ、鍛冶師としての技術に優れているのは十分わかっているのだが、そのコウが傭兵集団を奇襲することが出来ることとイコールではないのだ。


「僕達が今晩、敵に奇襲を仕掛けます。みなさんは、予定通り明日帰郷する準備を行い、尾行者に気づいていることを悟られないようにしてください」


 コウは相手の疑問に、答えることなく淡々と話を進める。


「ま、待て待て……! 君達は、全員で四人だろう……!? それも、シバはただの職人だ。実質三人じゃないか! 相手は五十名を超える傭兵集団。いくら奇襲でも勝敗を明らかだろう……!」


 幹部の一人が当然の指摘をする。


「確かに相手はブランド装備で身を固めた戦闘のプロ集団です。ですから、装備されている状態では、僕の戦斧でも手強くなります。ですから、寝静まった夜に奇襲を仕掛けることで成功に繋がります。──あとは僕達に任せ、宿屋で朗報をお待ちください」


 コウは整然と、会長ゴセイに告げた。


「……わかった。だが、奇襲に失敗したらすぐに逃げてくれよ? 君は『コウテツ』ブランドを背負う一流の職人だ。それが失われたら大きな損失だからな」


 会長ゴセイは、決意と自信に溢れるコウの目を見て信じることにした。


「はい。僕達も無茶をするつもりはありません。最悪の場合、護衛のみなさんだけで守れるくらいの数まで減らして逃げるだけです」


 コウは笑顔で応じる。


 数を減らす、それだけでも十分とんでもない目標であったが、コウはサラッと答えるのであった。

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