第166話 尾行者

 コウ達一行は、『五つ星ファイブスター』ブランドの幹部達と試作品の確認をチュケイの街のとある工房で会合を行う為、馬車で片道五日の距離をわずか三日で到着していた。


 剣歯虎サーベルタイガーのベルはもちろんのこと、二足方向の蜥蜴ヤカー・スーでの移動は快足を極め、移動はあっという間であったのだ。


 コウ達一行は、移動時間も計算して、約束の日時の前日に到着したのだが、そこで不穏な報告を受ける。


 それは、『五つ星』との会合場所として予定してある工房の見習い鍛冶師からの者からで、


「『五つ星』の幹部の方から、誰からか尾行されてそれを撒くことができずにこの街に到着してしまったので、そのことを『コウテツ』側のみなさんに密かに伝えてくれと伝言を言付かりました」


 ということであった。


 この報告を受けた場所は、コウ達が前回から利用している宿屋であり、『五つ星』とは違う宿屋であったから、その尾行相手に、こちらのことは気づかれていないはずである。


 とはいえ、知らずに会合場所である工房に向かっていれば、『コウテツ』関係者であることを特定されていただろうから、この報告のお陰で紙一重でバレずに済んだというところだろう。


「それで、『五つ星』の関係者は今、前回と同じ宿屋に泊まっているのでしょうか?」


 コウは、この事を伝えてくれた見習い鍛冶師にダメもとで聞いてみた。


「前回と同じです。あとは、工房での会合は延期して、その間に尾行する者を捕らえるつもりだと」


 見習い鍛冶師は、緊張気味にそう答えると、自分の役目は終わったとばかりにコウ達に頭を下げ、宿屋をあとにした。


「どうしようか? あちらの宿屋と工房はその尾行者に見張られていると考えた方がいいよね?」


 コウは、同行している犬人族で職人のシバと、護衛役のララノア、街長のドワーフ娘カイナに相談した。


「工房とあちらの宿屋に不用意に近づかない限り、こちらのことは気づかれないでしょうけど、その尾行している相手が何者なのかが問題よね」


 ララノアは、そう言うと考える素振りをみせる。


「そうだね。尾行している相手の目的はいくつか予想が付くけど、その場合、尾行だけでは済まない可能性もあるかなぁ」


 コウに困った様子はなく、ララノアの言葉にそう答えた。


「私もそう思うわ。尾行相手が『五つ星』の好敵手ブランドの差し金なら、試作品を奪う、もしくは、合作相手で、『五つ星』より与しやすいだろう『コウテツ』ブランドの関係者の顔を覚えて圧力をかけるとか嫌がらせするとかかしら?」


 街長の娘カイナが、一番考えられる可能性を口にする。


「そうなると、相手は『五つ星』とうちに近衛騎士団との契約を奪われた『アーマード』の可能性が高いですね。あそこはただでさえ『五つ星』に対して強い敵対心を持っているところですから」


 元『五つ星』の職人であった犬人族のシバが、以前の関係性については詳しかったので、そう告げた。


「『アーマード』かぁ。『五つ星』も大きいけど、『アーマード』は防具を中心とした老舗中の老舗だよね……。嫌いじゃないブランドだからその通りだったら少しショックだなぁ……」


 コウはシバの指摘に、ブランド同士の妬み嫉みにがっかりするのであったが、だが、そんなことばかり言っていられない。


 試作品について意見を出し合い、完成形を作って納品しないといけないからだ。


「コウ。顔が割れていない私達で、その尾行者の正体を暴くしかないわよ」


 ララノアは、すでにノリノリの状態である。


「うーん、でも、尾行だけだとこちらも手を出せないよ? ……そうだ。僕達の正体がバレなければいいのだから、対策は簡単か」


 コウはララノアの言葉に不穏なものを感じたので注意すると、対策を思いついた。


 コウは、魔法収納鞄から、仮面を取り出す。


「単純だけど、確かに顔が割れなければ問題はないわね。でも、私達、特徴があり過ぎるから、仮面だけだとすぐに気づかれるわよ?」


 カイナはコウの対策に、欠点を指摘する。


「コウさんは、一見少年だし、自分は犬人族、剣歯虎のベルを従えて、世にも珍しいヤカー・スーに跨るダークエルフのララノアさんと小柄な魔法使い風のカイナさん。……すぐに気づかれますね」


 シバもカイナの指摘に、苦笑して頷く。


「だから、姿形もばれないようにフード付きの外套を着て、仮面をするのさ。そして、工房に現れるのは僕と、シバの二人だけ。ベルとララ、カイナには別行動をとってもらおうかなと」


 コウはその辺りも抜かりなく提案する。


「そうね、それじゃあ、私とカイナ、ベルは尾行者の正体を調べるわ。私はフロスを使えば、相手に気づかれることなく身辺を調査できるだろうし」


 ララノアはそう言うと、空中にポンと氷の精霊フロスを登場させた。


 フロスは、ララノアの肩に乗ると、任せろとばかりに胸をポンと叩く素振りを見せる。


「どうやら、やる気十分みたいだね」


 コウはその姿を見て笑顔で応じた。


 そして、続ける。


「それじゃあ、僕が一人工房まで行って、予定通りに明日、会合を開くことを提案してくるよ」


 コウはそう言うと、フード付き外套を羽織り、仮面を付けた。


「その姿だと、帰り道は確実に尾行されるわよ?」


 ララノアがコウの姿におかしそうに答える。


「そこは、うまく巻いて戻ってくるよ。一人ならそれも難しくないと思うし」


 コウはそう言うと工房まで出かけるのであった。



 用件を済ませたコウは、案の定、工房を出た辺りから、尾行されていた。


「やっぱり、工房は見張られていたかぁ……」


 コウはそれがわかると、走り出す。


 尾行を始めた二人組が、それを追う。


 コウは、その尾行に追われるがまま、街中を走り続けることにした。


 最初、尾行者二人は、その速度にぴったりと合わせて追いかけていたが、速度が衰えないコウが延々と走り続けるのでその持久力に、尾行者二人は息が上がっていく。


 そして、徐々に距離が離れだしたところで人混みの多い通りへと向かう。


 尾行者達は息を切らせて遅れながら、その後を追った。


 角をコウが曲がり、かなり遅れて尾行者も角に達する。


 そこは直線だからまだ、その特徴的な後ろ姿を見逃すことはないはず。


 尾行者達はそう思いながら、限界に近い状態で角を曲がった。


 その時、少年とぶつかる。


「はぁはぁ、す、すまない」


 尾行者達は、子供に謝ってから、コウの背中を追ってその直線の通りに視線を向けた。


 しかし、すでにそれらしい姿は人混みもあって見失ってしまった。


「はぁはぁ……、逃げられた……か」


「はぁはぁ……、くそっ! ……あの持久力、……多分、『コウテツ』ブランドの護衛だろうな……」


 二人組は横っ腹を抑えながら、息も絶え絶えにそう言うと、尾行を諦めて仲間の元に戻っていくのであった。


 そして、尾行者にぶつかった少年はコウであったことは言うまでもないだろう。


 コウは、角を曲がった瞬間、仮面とフード付き外套を一瞬で魔法収納鞄に納めて通行人のフリをして、尾行者にぶつかったのだ。


 その時に、二人の顔も記憶し、疲労困憊で仲間のところに戻っていく二人の後を尾行したのであった。


「あの宿屋かぁ……。人数までは確認できないけど、ララに特徴を伝えれば、フロスが調べてくれるかな?」


 コウはそう考えると、悠々と自分の泊まる宿屋へと戻るのであった。

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