第164話 高原村の重要性

 エルダー高原に完成した農業とヤカー牧場の村は、そのまま、エルダー高原の村という名に落ち着いた。


 村長である農業ドワーフ・ヨサクに命名権は任せたのだが、コウが仮定で名付けて呼んでいた名前をそのまま付けた形である。


 村民はすでに四百人を越えており、村としてもかなり大きい方の部類だが、今は、高原一帯を耕すことと、コウが持ち込んだモモの木を育てることなどやることは沢山あったから、しばらくは忙しいだろう。


 ヤカー・スー牧場も初期育成から騎乗するまでの中期育成、そして、各使用目的に応じた最終育成が行われるから、かなりの範囲に柵を巡らした施設ができている。


 ヤカー・スーは全般的に大人しく温厚で頭がよく、飼い主に従順なのはほとんどが変わらない。


 だが、個体によっては臆病だったり、我慢強さだったり、人懐っこいものだったり、勇敢な面を持ち合わせていたりもする。


 その為、牧場長である生き物大好き変人ドワーフのアズーが、その辺りの性格を見極め、荷駄車を引っ張るものにしたり、移動向けにしたり、騎兵向けに育てたりしているようだ。


 一番は、急務である騎兵用であるが、こちらは元々のヤカー・スーの性格から向いているものがほとんどなどで、どんどん育成していた。


 お陰で、機動力に優れたドワーフ重騎兵部隊を編成できたので、警備から緊急の出撃まで対応できるようになっている。


 これらは、エルダー高原で訓練を行っている姿がよく見られたので、高原村の村民達には馴染みの光景になりつつあった。


 コウもたまに剣歯虎サーベルタイガーのベルと共に参加することがある。


 ヤカー・スーと剣歯虎とではその特徴や向き不向きがあり、ヤカー・スーはその力強い脚力から重い荷物を引くことに向いているし、重装備のドワーフなどを乗せるのにも向いていた。


 ただし、二足歩行ということで、剣歯虎程は足場の悪さについては不利で、移動速度も剣歯虎の方が優れている。


 と言っても、アイダーノ山脈という険峻な山々に生息しているだけあって、馬などよりもかなり険しい地形を進める強さがあることに変わりはないのだが……。


 そんなヤカー・スーに比べ、剣歯虎は自身も攻撃手段を持っていることが最大の特徴だろう。


 その剣のような切れ味鋭い歯は最大の武器だが、その爪も強力だ。


 そして、なんと言ってもその柔軟な脚力から生まれる跳躍力は驚異的だったから、剣歯虎による部隊編成は前代未聞の強力な武器であった。


 そんな剣歯虎部隊も、普段は訓練と称してアイダーノ山脈の奥地に地図製作も兼ねて移動しており、人里に下りて目に触れないようにしている。


 人族に警戒されるだけだからだ。


 ヤカー・スーに比べて、野生の剣歯虎を捕縛して従わせるしか、今は増やす見込みはないが、ゆくゆくは繁殖させて数を増やすというのも高原村の仕事になるかもしれない。


 その辺りは街長ヨーゼフとコウ、牧場主であるアズー、高原村の村長ヨサク、剣歯虎部隊を率いるワグ、グラ、ラルなどとも話し合いが今後も続けられるだろう。


 自分達の住む場所を守るにはここまでやらないと、いけないのだ。


 街長ヨーゼフはその点、楽観視して後手に回るような性格ではなかったし、コウもようやくできたドワーフを中心とした他種族も多いこの新たな故郷を守る為に、出来ることは何でもするつもりでいたのであった。



「コウ、それにイッテツの旦那! ようやく王都から例の仕事のデザインが届いたぜ!」


 ある日のこと、大鼠族のヨースが鍛冶屋のイッテツの工房にやってきて、そう声をかけてきた。


「本当か? 意外に時間がかかったな。まあ、だが、その間にヤカー騎兵隊や剣歯虎部隊専用の武器や甲冑が作れたし、タイミング的にはばっちりだな」


 イッテツが額の汗をタオルで拭いながら、仕事の手を休めて答えた。


 その傍にはゴーレムが数体いて、熱した金属を魔鉱鉄にするべく金槌を振るってリズムよく鍛錬している。


「デザインはどんな感じなの?」


 コウも手を休めると、この友人の手に握られていたデザインの記された紙を受け取った。


「……この背中から片方だけ生えている小さい翼は何?」


「近衛騎士団のシンボルにするらしい。何でも王家の一翼を担うという意味らしいぞ。隅っこの方にそう書いているだろ?」


 ヨースはそう言うとコウの右横に来て広げたデザインの紙の一か所を指差して説明する。


 イッテツもそれを見に、コウの左横に来た。


「翼は邪魔になりそうな程に大きすぎないし、まあ、いいんじゃねぇか? こっちは注文通りに作ればいいのさ」


 イッテツはデザインについて、文句を言う気はないらしく、気になるのはその出来栄えということだろう。


 今回、鍛錬は『コウテツ』で仕上げは『五つ星ファイブスター』という形ではなく、上から下まで全て『コウテツ』ブランドで担当する形だから、デザイン通りだとしても細かいところは両ブランドの技術の差が如実に出てくると思っている。


 それだけに、拘りのある職人イッテツは『五つ星』とのタイマンだと考えていた。


「師匠達、あまり張り切り過ぎて、一般団員用を超魔鉱鉄製に仕上げないでくださいよ?」


『五つ星』から『コウテツ』に転職してきた犬人族のシバが、コウとイッテツに釘を刺す。


「……ふむ。まあ、一般団員用は、お前達とゴーレムに任せるさ。団長、隊長クラスの超魔鉱鉄製装備品一式を儂とコウで先に作ってしまおう」


 イッテツはデザインをひとしきり睨むように確認すると、コウを背中を叩いてそう答える。


「イッテツさん、まずは試作がてら一般団員用からですよ。作業工程をゴーレムにも覚えてもらわないといけないですし」


 コウは、すでにやる気満々のイッテツを宥めるようにそう言うと、苦笑するのであった。

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