第155話 白昼の誘拐未遂

 思わぬ良い買い物ができたコウ一行は、満足のまま昼食を取った。


 そして、明日の朝に合流し、エルダーロックの街に向かう予定である猫妖精族ケット・シージトラのお店に顔を出すことにした。


 ジトラはほぼお店を引き払う準備は終えていると言っていたが、あの小さい体である。


 二足歩行の猫と変わらないから、荷物運びを大変だろうということで、コウ達がその辺りを手伝ってあげた方がいいだろうということになったのだ。


「すみませーん! ジトラさんいますか?」


 コウはお店の出入り口の扉の鍵が閉まっていたので、ノックをすると大きな声で呼びかけ室内に誰かいないか確認する。


 だが、誰も反応する様子がないので、しばらく、コウが扉をノックしたり、声を掛け続けた。


 すると、鍵が開く音がして、扉が開く。


「うるせぇんだよ! ──うん? ガキ? ──お前誰だ?」


 店内から出てきたのは、見知らぬ人族で人相の悪い男だ。


 どう見てもジトラの友人とは思えない。


 それに、扉も少ししか開かず、その隙間からこちらを覗くようにしていたから、怪しさ満点である。


「ジトラさんの友人というか元お客というか、あとはこれから仲間になるというか……」


 コウもジトラの関係性については、何と答えていいかわからないので言葉を濁した。


「はっきりしねぇガキだな! それに後ろの連中は? 魔獣と大鼠族にダークエルフや魔法使い? どんな組み合わせだよ。冷やかしならとっとと帰れ、こっちは仕事で忙しいんだ!」


 男はそう言うと扉を締めようとした。


 だが、扉はびくとも動かない。


 コウが、少しの隙間に足と手を入れていたのだ。


「おい、ガキ! その邪魔な手と足をどけろ! 痛い目に遭いたいのか!」


 チンピラ風の怖そうな男はコウを恫喝する。


 だが、コウはどけるつもりは一切ない。


 というのも、その扉の隙間から店内を覗くと、他にも二人の怖そうな男が一瞬見え、その一人がジトラの口を塞いでいたからだ。


「ちょっと話をしましょうか(ニッコリ)」


 コウは、作り笑顔でそう言うと腕に力を入れる。


 そして、扉の端を力強く握り、男が扉を閉めようとする力以上の腕力でコウはゆっくりだが、確実に扉を開いていく。


「な!? なんだこの力は!? この俺が腕力で負けている、だと!?」


 男は腕力に自信があったのか、押し切られると完全に扉が開いた。


 そして、店内がはっきり見える。


 コウが先程一瞬見えたように、店内には他にもチンピラ風の悪人顔の男がもう二人いて、その一人に猫妖精族のジトラが口を塞がれていた。


「うちの友人に何をしているんですか? 見るからに怪しいですよね?」


 コウは、はっきりと確認できたので、こめかみをピクリと動かし、男達の行為を咎める。


「うるせい! ガキどもはすっこんでろ!」


 扉の傍にいた腕力自慢の男がコウの肩を押そうと手をかけた。


 しかし、


「う、動かねぇ……!?」


 腕力自慢男は、コウが大木か、石柱のようにピクリとも動かないので驚く。


「おい、早くその扉を締めろ!」


 事情が分からない店内奥にいる悪そうな男の一人が腕力自慢男に命令する。


 命令された腕力自慢男はその命令に従うべく、コウに対して拳を振り上げた。


 実力行使するつもりなのだろう。


 そして、その拳がコウの頭に振り下ろされる。


 だが、その拳はコウの左手に掴まれて、途中で止まった。


「正当防衛の理由成立、かな?」


 コウはそう言うと、握った腕力自慢男の拳を掴んだまま力任せに引っ張り、体勢を崩した相手をそのまま地面に叩きつける。


 腕力自慢男は、あっという暇もなく地面とキスをするとそのまま、気を失った。


 その光景を見た残りの男二人は、ギョッとする。


「なっ!? ……いや、あいつが態勢を崩して倒れただけ……なのか? ──おい、そのガキに痛い目を見せてやれ」


 リーダーらしい男は、ジトラの口を塞いでいた男に命令してジトラを引き取る。


 その手には大きな袋が握られており、どうやらその袋にジトラを入れて攫うつもりだったようだ。


「みんな逃げるニャン! こいつらは貴族から雇われた人攫いニャン! 関わると危険──」


 口を塞がれていたジトラはその手が無くなった瞬間、コウ達に警告する。


「おめぇは黙ってろ!」


 リーダーはそう言うとジトラの口を手で塞ぐ。


「ガキ、うちの若いのを偶然倒せたくらいで調子に乗るなよ!」


 もう一人の男はそう言うとコウに殴り掛かる。


 だが、コウはその拳にカウンターを軽く合わせて、相手のお腹を殴った。


「ぶへっ!」


 男は見苦しい声を上げると、勢いよく店内の奥の壁まで吹き飛ばされる。


 これには、リーダーも驚きのあまり、目を点にした。


「馬鹿ね。コウを相手に腕力で敵うわけがないじゃない」


 ダークエルフのララノアが、店内に入ってきながらそう警告する。


「そうそう。喧嘩を売る相手を間違っているわ」


 街長の娘カイナもそう言うと店内に入ってきた。


「もう、決着がつきそうだな」


 大鼠族のヨースが外から店内の様子を窺い、そう宣言する。


「貴様ら何者だ……!?」


 リーダーの男は、茫然としながらコウ達の正体を聞く。


「だから言っているじゃない。ジトラさんの友人というか、元お客というか……」


 コウは最初にいったセリフを言い直す。


「はっきりしねぇ奴らだ……。俺は、とある貴族様の依頼でこの猫妖精族を攫……、運ぶ役を任されている。邪魔するな!」


 リーダーの男は、腕力ではコウに勝てないと思ったのか、雇い主が偉い人だということを匂わせてその場を凌ぎ切ろうとし始めた。


「今、攫うと言いかけたよね? それって違法でしょ? つまり、僕らは犯罪者を成敗しているだけだよね?」


 コウは怒りを滲ませて言うと、前に一歩出た。


「ま、待て! 相手は貴族だぞ!? それも上級貴族だ! その貴族の邪魔をしたらタダで済まないのはわかるだろう!」


 リーダーの男は、ジトラを人質にするように身構えると、そう警告する。


「タダで済まないのはこれから誘拐を失敗するあなたですよね? 僕には関係ありません」


 コウはさらに一歩前に出た。


「だから待てって! 報酬の三分の一、いや、半分やろう! それでこの場で起きたことは目を瞑る。これでどうだ? 普通なら俺達コモン一家から後日、報復があってもおかしくない状況だぞ!?」


 リーダーの男は、遂にコウを買収するべく交渉し、さらには自分の所属する組織名も出して、これ以上の暴力は損するだけと説得を始めた。


「コモン一家ですね? あとで話に行くので問題ないです、よっと!」


 コウはすたすたと前に進んで前方にジャンプして距離を詰めると、リーダーの男の顔を返答終了と共に右の拳で殴って吹き飛ばし、それと同時に左手はジトラを奪い返す芸当を見せるのであった。

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