第154話 良い買い物
王都第一城壁西側の端にある比較的大通りの場所に位置した『
ちなみに頼まれた種とは現在、エルダーロックで育てている二条大麦の別品種で、麦酒の新たな原料にする為のものである。
ヨサク達はより美味しいものを作ろうといろんなものを試したいということでコウに別品種の買い付けをお願いしたのだ。
コウ達もエルダーロック産の美味しい麦酒がさらに美味しくなるならと、今回の買い付けとなっていた。
「苗は何を買っていこうか? 高地で育つものがいいんだよね?」
コウが前世の知識で高地向きのものを思い出しながら、大鼠族のヨースに聞く。
「俺は果物が良いと思うんだけどな。ヨサクも言っていたが、エルダーロックはアイダーノ山脈の麓だから、作物の病気も吹き飛ばしてくれる風通しのいい土地、だから多少育てるのが難しいものでもいけると思うんだよ」
ヨースがここにはいないヨサクの代わりにそう熱く語る。
「高地で育つ果物かぁ……。(前世だとリンゴやあんず、梨なんかだよなぁ。こちらの世界に同じもの、あるのかな?)」
コウは前世の知識を引っ張り出しながら頭を悩ませると店頭に並ぶ苗の数々を見て回る。
だが、高地で育つ品種の品揃えが悪いのか、あまり置いている様子がない。
「あまり、ピンとくるものがないな。それに、王都周辺は高い山があまりないからか、高地向けの品種はあまり置いていないみたいだ」
一緒に見て回っているヨースもコウと同じことを思ったのか、口にしてそう告げる。
「お客さん、高地で何か育てたいのでしゅか?」
赤帽子の小人店員が、ヨースの独り言を聞き逃さなかったのか、話しかけてきた。
「うん、そうなんだけど、あまり、ここには置いていないみたいだね」
コウがヨースに代わって小人店員に答える。
「……それなら、格安で引き取ってもらいたい高地向けらしいものが、沢山売れ残っ……、在庫があるのでしゅけど、どうでしゅか!?」
小人店員は、在庫を引き取ってもらえそうなお客が来たので、食い気味にかわいい口調で進めてきた。
「それは確認してみないと……」
売れ残りと聞いてコウは一瞬躊躇う。
欲しくもないものを押し付けられても事だからだ。
「実は会長が北国に珍しい植物を探しに行った時、山の奥地で見つけたものらしいでしゅが、綺麗な花が咲いていたからと数十本も持ち帰ってきたのに、会長に聞いたら何が育つかもわかっていないんでしゅよ? 育て方もわからないのにうちの倉庫に置きっぱなしで、何本かはすでに枯れ始めていて困っているでしゅ」
小人店員はそう言うと、コウの手を引いて従業員用の倉庫の方に引っ張っていく。
「おいおい、そんなものを俺達に売りつけようってのか? 最悪、タダでも引き受ける気はないぞ?」
ヨースがあえて怒ったフリをして購入する際の値段交渉の前段階のやり取りを開始した。
コウはそれがわかったので、自分は黙って引かれるがまま、倉庫の前に立つ。
「安くてもいいでしゅ。農業小人の意地として、枯れさせて無駄にするのは一番最悪の展開でしゅから」
小人店員はそう言うと倉庫の扉を開けて中に二人を案内する。
そこには、苗とは言い難い大きな木が数十本ぎっしりと大きな鉢に入れられた状態で並んでいた。
前世で果物農家で働いていたことがあるコウから見ても、その木々の状態が良くないものが何本かある。
だが、それは倉庫に入れっぱなしという理由が最大の理由であろう。
コウはそれを瞬時に理解すると、それがどんな植物なのか一応確認する。
確かに数本、枝にピンクの花を咲かせていてそれが綺麗なのはわかった。
コウはその花を見た覚えがあったので近づいて確認する。
その花の軸は短く緑色で、同じ付け根から二輪花が咲いていた。
これはもしかして!?
コウは内心で驚きの声を上げていた。
だが、その表情は表に出さず、
「確かに綺麗な花ですが、これだけの数、普通は引き受ける人いないでしょ?」
と駆け引きを始めた。
「そうなのでしゅ……。うちが育て方がわからないから、買い手もつかない状態でしゅ。でも、高地で育てるならこれは向いているはずでしゅよ! 数本でも良いので引き取ってくれるとありがたいでしゅ!」
小人店員は、農業小人の誇りにかけてこのまま、駄目にしてしまうことがよっぽど嫌らしくコウに二束三文で売りそうな勢いである。
「うーん……、わかりました! 普通なら荷物になるだけなので引き受けないところですが、幸い僕は魔法収納鞄持ちです。それにそちらの気持ちもわかるので全部引き受けても良いですよ?」
コウは長考の末という感じで、全てを購入する姿勢を見せた。
「本当でしゅか!? それに魔法収納鞄持ちということは、運送費もかからないでしゅね! ──わかりましゅた。運送費を差し引いて一本につき銅貨五枚でどうでしゅか?」
小人店員は破格の値段で交渉してきた。
銅貨五枚はつまり、前世の価値で言うと約五百円くらいだからだ。
前世の相場であれば、何十分の一くらいのものだが、何が育つかわからないし、育て方もわからない側としては、このまま倉庫に寝かせて枯れさせ、場所を取っているよりも、タダ同然で売って構わないと思ったようである。
「……わかりました。そちらの言い値で購入しましょう!」
コウは笑顔で応じると、その苗木というかすでに木になっている植物を五十本近くも一度に購入するのであった。
「コウ、いくら安いからってあの数をどうするんだ? その感じだと何の木かわかっているみたいだが、良いものなのか? その後に購入したぶどうの苗は俺でも良いものだとわかるけどさ」
ヨースはホクホク顔でお店を後にする為、剣歯虎ベルに跨るコウに声を掛けた。
「ふふふっ。購入した植物は多分、モモの木だよ」
「モモ?」
ヨースが聞いたことがないらしく首を傾げる。
「うん。地域によってははるか昔、仙人の食べ物、または祭祀用の果物とも言われて神聖な扱いをされていたものだよ。(まさか、こちらの世界で出会うことになるとは思わなかったけど!)」
コウは嬉しそうに答える。
「果物の苗木を買ったの!? それって美味しいの?」
二足歩行の蜥蜴、ヤカー・スーに跨りながら、ダークエルフのララノアがコウに興味を引かれて聞く。
「品種にもよるだろうけど、僕は好きだよ。それに多分、買ったものは甘い方の『当たり』だと思う」
コウは笑顔で応じると、前世の知識で見分けた桃の木が甘い品種のものだろうことを口にする。
「本当!? それは楽しみね!」
ララノアが喜ぶと、同じく街長の娘カイナも果物と聞いて喜ぶのであった。
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