第149話 新たな住人の可能性

「──これは凄いニャン……。一見すると古い形だし、高いものには全く見えないニャン。それにその生地は何を使用しているのかわからないニャン。でも、よく見ればとても丈夫で高品質なのがわかるニャン。裁縫も一糸乱れぬ繊細な仕事で、その一本一本が意味を成して縫われている可能性が高いニャン……。これは、その辺の職人では作れない代物、超一流の仕事ニャン!」


 猫妖精族ケット・シーで魔導具専門店の店主は、コウから渡された魔法収納鞄(『遺産の部屋』の品)をじっくり観察してそう結論付けた。


 コウは、この『遺産の部屋』で入手した自分達ドワーフの先祖であるだろう『エルダードワーフ』の遺物が褒められたので、とても誇りに思いながら魔法収納鞄を返してもらう。


 店主はもう少し観察したいのか名残惜しそうに魔法収納鞄をコウに返却した。


「あ、そう言えば、魔法収納鞄の修理費用はいくらですか?」


 コウは、この小さい猫の店主に代金を支払っていないことに気づいて確認した。


「本来なら、金貨一枚(約百万円)は請求する仕事ニャン。でも、引退前に良い物を見せてもらったから、半額でいいニャン」


 店主はすっきりしたような顔つきでコウにそう答えた。


「え? とても素晴らしい腕の職人さんだと思ったのに、引退するんですか!?」


 コウは金額よりも、数か月はかかると思われた修理をあっという間に終わらせた店主の腕を評価していたので、驚いて聞き返した。


「……評価してくれてありがとうニャン。──一流の職人というのは、難しい仕事を『俺でも出来そう』と素人に錯覚させる程簡単にこなすものニャン。でも、それが貴族相手や権力のある金持ち相手だと、『簡単に終わる仕事にその請求額はおかしい!』という言いが掛かりを付けられることが多いのニャン。自分もその一人ニャン。お陰で、貴族から言い掛かりをつけられ、閉店に追い込まれてしまったニャン。これ以上ここにいると身の危険を感じるから、早々に引退して王都を去るのニャン……」


 猫妖精族の店主は、最後に自分の仕事を評価してくれる相手に巡り合えて嬉しかったのか、少し安堵した様子で愚痴を漏らした。


「行く当てはあるんですか?」


 コウは店主に同情する気持ちになって聞く。


「わからないニャン。自分達猫妖精族は、とても数が少ない種族ニャン。頼れる者も自ずと限られてくるし、貴族に睨まれている身としては、仲間に頼るのも迷惑が掛かりそうで迷っているニャン。もしかしたら他国に行くかもしれないけど、どこかお勧めとかないかニャン? 長い間、王都で職人を続けていたから他所の国や街を知らないのニャン」


 店主は困った様子で途方に暮れた。


「他国で良いのなら、エルダーロックの街はどうですか?」


 コウは即、勧誘とばかりに、店主に提案した。


「エルダーロックの街? それはどこの国にある街だニャン?」


 店主は具体的な名前を言われたので、思わず興味を引いて聞く。


 コウは大鼠族のヨース達と頷き合うと、エルダーロックについて説明するのであった。



「──そんな夢のような街が辺境に出来ていたのかニャン? そこなら、怯えず余生を過ごせそうニャン!」


 店主はコウ達から説明を受けると希望が生まれたのか目を輝かせる。


「それなら、一緒に行きますか? 僕達も数日王都に滞在した後、帰る予定なので」


「本当かニャン!? それは助かるのニャン。長いこと王都から出ることがなかったから一人旅は不安だったのニャン」


 店主はパッと表情を明るくすると、コウ達の誘いに乗った。


「それでは三日後の朝に迎えに来ますので、それまでに荷物をまとめておいてください」


 コウはそう言うと、ヨース達と一緒に自己紹介する。


「ありがとう、コウ殿達。自分の名前はジトラと言うニャン! 道中よろしくお願いしますニャン」


 ジトラと名乗った猫妖精族の店主は、安堵すると深々とお辞儀をするのであった。



「はぁー。エルダーロックの街に、猫妖精族も来てしまうのか……」


 大鼠族にとって犬猿の仲である猫妖精族だから、ヨースは沢山いる大鼠族の仲間に申し訳ないと思ったのか溜息を吐いた。


「でも、なんでそんなにヨース達大鼠族は大きさも小さい猫妖精族が苦手なの? 私、その理由は詳しく知らないのよね」


 ダークエルフのララノアがベルを撫でながら、疑問を口にした。


「ベルを撫でながらそれを聞くのか? 俺達大鼠族はベルのような猫系統の魔獣や種族のことは本能レベルで苦手なんだって! 世間でもそれが有名なのは知っているだろう? あとは猫妖精族の毛は特殊だからそれも原因と言われているんだ……」


 ヨースはそう言うと鼻をムズムズさせて答えた。


 もしかして、猫アレルギーってことだろうか?


 コウは前世を思い出して、そう考える。


「特殊?」


 街長の娘カイナが興味を引かれたの聞き返す。


「ああ、猫妖精族は魔力に優れた種族なんだが、その為、その毛にも魔力が残るらしい。それが大鼠族にはある症状を起こさせると言い伝えにはあるんだ」


 ヨースはそう言うと、嫌な顔をする。


「「ある症状?」」


 ララノアとカイナは声を揃えて、さらに聞き返す。


 コウは猫アレルギーなら目のかゆみや鼻水・くしゃみ、喘息症状で間違いないだろうと内心で思っていたので何も言わない。


「……俺はまだ、さっきの猫妖精族ジトラの毛を吸いこんでいないみたいだから、何も起きていないがな。噂では……、魔力のこもった毛が大鼠族の体質に反応して毒や痺れなどの状態異常を引き起こすらしいんだ。だから、俺達はいつもお守り代わりに毒や痺れ用の治療薬を持ち運んでいる奴が多いのさ」


 ヨースは嫌そうに答えた。


 思ったより深刻そうな悩みだった!


 コウは、猫アレルギー程度の考えていたから、内心驚く。


 確かに大鼠族にしたら、そんな状態異常を振りまく相手は本能レベルで避けるのも仕方ないところである。


「それだと道中大丈夫かしら? ヨースが危険な目に遭うことになるけど……」


 カイナが一緒に帰ることの危険性を訴えた。


「そんな深刻な症状が出るにしては、ジトラさんはヨースを見ても慌てる様子がなかったよね? なんでだろう?」


 コウはふとヨースに対するジトラの反応が普通だったことを不思議がった。


「あいつらは珍しい種族だからな。あまり、俺達大鼠族と遭遇することもないから自覚がないんじゃないか?」


 ヨースは呆れる様子でそう応じる。


「そうなのかな? 大鼠族と猫妖精族が仲が悪いのは世間では有名なんでしょ? そんな大変な理由を知っているのなら、あっちも慌てておかしくないと思うんだよね。見た限り凄く繊細な人っぽかったし……」


 コウは納得がいかない様子でヨースに反論する。


「……俺も会うのは初めてだから警戒して距離を取っていたし、あっちもそれがわかっていたのかもしれないぜ?」


「……うーん、そうなのかな? まあ、あちらにもそのことを聞いて道中は気を付けてもらえば大丈夫じゃない? それに、軽い毒や痺れは僕とララ、カイナが治療できるし」


 コウはそう言ってヨースを安心させると、一行は、一旦、宿屋『星の海亭』に戻ることにするのであった。

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