第148話 猫妖精族の店主

 王都の『総合職人通り』、その裏通りにある看板もない魔導具専門店に職人ドワーフの紹介で訪問したコウ達であったが、大鼠族のヨースが先に店主が誰かを知って、嫌そうな声を上げていた。


「「「ヨース?」」」


 コウとダークエルフのララノア、街長の娘カイナは、ヨースの反応に首を傾げながら奥を覗くと、そこには二足歩行で服を着た茶色い模様のあるそれこそサイズもそのままの猫が立っていた。


「もしかして、猫妖精族ケット・シー?」


 街長の娘カイナが店主の姿を見てすぐにピンときたのか、種族名を口にする。


「そうだニャン。お客さん達は初見の人達みたいだけど、誰からここを聞いたニャン?」


 店主の猫妖精族は種族名を認めると、溜息をつく大鼠族のヨースを無視してコウに聞く。


「通りのドワーフの職人に聞いたら、ここを紹介されました」


「なるほどニャン。もしかして、そこで聞くだけ聞いて何も買わなかったニャン? それでそっちの大鼠族に嫌がらせでここを紹介されたに違いないニャン」


 猫妖精族の主人はそう答えると、クスクスと笑う。


 大鼠族にとって、剣歯虎サーベルタイガーのベルも猫系だからヨースは基本的に苦手なのだが、猫人族だとそうでもない。


 どうやら、猫人族の場合は、人に近い種族であることが関係しているようだが、大鼠族も猫妖精族も、人より獣に近い容姿をしていることが関係しているのだろう。


 だから、ヨース達大鼠族にとって、同じ猫系でも猫妖精族は天敵と言ってもいい部類に入るのは確かで、それは世間でも有名な話であったから、この場所を聞いたドワーフは明らかにヨースに対しての嫌がらせでここを教えたことは間違いないようである。


 ちなみに、当の猫妖精族は、大鼠族のことは苦手ではない。


 一方的に大鼠族が猫妖精族を苦手にしているというのが、事実である。


「ヨースの反応から察するにそのようですね。──あの、ちなみにここは魔導具専門店ですか?」


 コウは、猫妖精族の店主に応じると、店内を見回した。


 店内は棚にはほとんど何も置いておらず、職人の作業するところは片付けられて仕事をしている様子はない。


 もしかしたら看板がないのは、もうお店をやっていないのではないかとコウは勘ぐるのであった。


「魔導具専門店であっているニャン。……でも、お店を閉じようと片付けている最中だったニャン。でも、まだ、やっているニャン」


 年齢不詳の猫妖精族の店主は、ため息混じりにそう答える。


「実はこれを見てもらいたいんですけど……」


 コウはそういうと自分の魔法収納鞄から、使えなくなっている魔法収納鞄を取り出した。


「ニャン? そっちの魔法収納鞄は見たことがない型ニャン。こっちのは、魔力供給式魔法収納鞄新二型だニャン。鞄のデザインや造りからヘレネス連邦王国産っぽいニャン」


 猫妖精族の店主はコウの腰の魔法収納鞄と目の前に置かれて魔法収納鞄を見比べてそう指摘する。


「僕のものは多分かなり古いものなので、わからなくて当然だと思います。ちなみにそっちの魔力供給式は持ち主が亡くなったので僕が貰ったんですが、使用できなくなっているんです。ですから、使用できるようにできますか?」


 コウは自分の魔法収納鞄は当然ながらエルダードワーフの『遺産の部屋』で得たものであったから、そこはあまり答えず、用件を伝えた。


「……私はそっちが気になるところニャン……。こっちのは話を聞く限り、持ち主以外には使えなくする魔法陣が組み込まれているニャン。ヘレネス連邦王国産の貴族向けの生産品にはよくある仕様ニャン。でも、盗難防止用魔法陣を解けば、再度、登録し直すことができると思うニャン」


 店主はコウから渡された魔法収納鞄を手にして、いろんな角度で見ながら答えた。


「魔法陣? それって解読するのに時間がかかるということかしら?」


 ララノアが暗号化された魔法陣式について少しは知っているのか、それを考慮して聞く。


「よく知っているニャン? こういう高価な代物に施されている暗号化された魔法陣を解くのは、製作元が手っ取り早いニャン。でも、それ以外のお店の職人に任せるなら通常、月単位で時間がかかるところニャン」


 店主はそう言うとチラッとコウを見る。


「足元見るんじゃねぇよ。つまり、あんたは時間をかけずに魔法陣を解除できるってことだろう?」


 ヨースは店主の言葉の言い回しから、それを察して指摘した。


「よくわかったニャン。大鼠族はそういうところが鋭くて話が早いニャン。この形は過去にいくつも見てきているから、私ならすぐニャン。修理する代わりに、そっちの魔法収納鞄も見せて欲しいニャン! これまで長いことこの仕事をしているけど、そっちのものは見たことがない形ニャン!」


 店主はその金色の目をきらりと光らせると、好奇心旺盛さを見せた。


「見せるだけなら……。でも、その鞄を修理してからが条件ですよ?」


「良いのかニャン!? わかったニャン。すぐに使えるようにするニャン!」


 店主はそう言うと、魔法収納鞄のかぶせ(鞄のふたのこと)を開けて、中身を確認する。


 そして、銀色の金属棒を二本、道具箱から取り出すと、その内部をつつき出す。


 それから五分ほどは同じことをしていたが、今度はおもむろに糸切りはさみを取り出すと、刺繍の施されている鞄の表面の糸を五本立て続けに切った。


 そして、また、道具箱から針と金糸を取り出すと裏側から縫いはじめ、最初に使用した銀色の金属棒を再度取り出すと、縫った金糸の上をなぞりながら、魔力を込めていく。


 魔力を込めた金糸は、その色をスッと消して、革の色に溶け込んで見えなくなった。


「これで終わりニャン! さあ、その鞄を見せるニャン!」


 店主は修理した魔法収納鞄をコウに渡すと、腰のものを要求した。


「早くないですか!? ──……あ、でも、確かに使えるようになっている!」


 コウはあまりに呆気なく修理が終わったので疑うのであったが、渡された魔法収納鞄に手にしていたお金を入れると収納される。


「……仕事はできるな」


 ヨースは相手が猫妖精族だからケチの一つもつけたかった様子であったが、仕事が出来る職人は大好きであったから、素直に認めるのであった。


 こうして、コウは、この店主に『遺産の部屋』で入手した魔法収納鞄を三十分だけの条件で渡し、その間は心行くまで観察させるのであった。

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