第147話 魔導具店を探して

 香辛料である『鉱椒』が正当な価格で売ることができたコウ達の前に積まれた革袋の数は、結構な量であった。


 これは当然だろう。


 胡椒は、その入手先が遥か東の遠方からだから、安定供給ができないのがネックなのだ。


 その為、高額にならざるを得ないのだが、それでも一攫千金を狙って多くの商人達が東の遠い地へと旅立ち、少量を買い付けて戻ってくる者が一定数いるので、ある程度は安定している。


 だが、品質が安定していないという弱点があった。


 もちろん、市場に出回る量だけでは需要に見合っていないから、高額取引されるのは変わらないが品質面の向上は香辛料組合としては信用に関わる問題である。


 だから胡椒の代用品、いや、それに代わる品質も良い香辛料が市場に出せるのは重要なことであったから、コウ達が持ち込んだ『鉱椒』は、組合にとって渡りに船であった。


 その為、ヨースに吹っ掛けた形の上司の男も実はそこまで、痛い目を見たわけではない。


 ヨースが大鼠族ということで無理難題を言いはしたが、本音の部分もあったのである。


 だから、この高額な取引でもお互い利益が十分出るものであった。


 そのお金は全てコウに回収させる。


 ヨースも小さいながら魔法収納を持っているが、この高額なお金を何人もの職員が見ている中、それを自分が預かるのは身の危険を感じるものだったからだ。


 コウもそれは同じだが、ヨースと違ってコウは大抵の問題から自衛ができる。


 そういう意味では、コウに預けるのが一番安全であった。


「『鉱椒』って、予想以上にお金になるんだね……。まあ、ヨースの交渉力のお陰だとは思うけど」


 コウが感心しながら香辛料ギルドを出たところでそう漏らした。


「『鉱椒』は、農業ドワーフヨサク達が頑張って作った血と汗の結晶だからな。それを任された俺には『マウス総合商会』の会長としても、一小銅貨でも高く相手に価値を付けさせる義務がある。だから、交渉にはいろんな策を用いて駆け引きもするさ」


 ヨースは自分を誇るでもなくそう答える。


「でも、まさか、組合もその『鉱椒』がまだ、沢山あるとは思わないわよね」


 ダークエルフのララノアがクスクスと笑いながら言う。


「これを定期的に卸すということでしょ? 何度も王都に来るくらいなら一度に全部買い取ってもらうことはできないのかしら?」


 街長の娘カイナがもっともなことを指摘した。


「それだと、価格に影響が出るんだよ。想定より多すぎる仕入れは値崩れを起こす。もちろん、魔法収納があるならそこに保存して様子を見ながら市場に出せばいいが、そもそも魔法収納持ちが限られているからな。俺やコウ、街長のヨーゼフさんが珍し過ぎるんだよ、普通は」


 ヨースは自慢げにカイナの疑問に当然の返答をする。


「そうだったわ。コウが当たり前のようにいろんなものを魔法収納するものだから、それに慣れていたのかも……。──あ、そうだ。コウは盗賊討伐の際に報酬で魔法収納鞄をさらに一つ得たんでしょ? それはどうするの?」


 カイナはふと思い出したように、聞いた。


「……実はこれ、使用者が死んで中身は強制的に外に出されたんだけど、それはまあ、僕が回収したからいいとして……。この魔法収納鞄は、持ち主が死亡したせいか鍵が掛かったみたいに反応しないんだよ」


 コウは、カイナの疑問に答えながら、報酬として貰っていた魔法収納鞄(小)を取り出して使用できなことを説明した。


「あー、それ、持ち主の魔力で収納を維持するタイプだったのか! それならこの後、その魔法収納鞄を魔導具専門店に持ち込んで、見てもらえばいいんじゃないか? 運が良ければ、鍵を外してもらえると思うぞ」


 ヨースが魔導具にも詳しいのか、そう提案した。


「使えるようになるのなら、見てもらおうかな」


 コウもヨースの言葉に頷くと、剣歯虎サーベルタイガーのベルと共に一行は、魔導具専門店に向かうことにするのであった。



 王都の大通りから二つほど奥に入ると大通りに比べたら狭い通りだが、通行人はそれでも多い。


 そこは通称『総合職人通り』と呼ばれている通りで、王都中の腕利き職人のお店が軒を連ねている。


「これだけあると、どこに魔導具専門店があるのかわからないなぁ……」


 コウは看板が通りに沢山出ていたのでそれに目移りしながら、独り言のようにつぶやく。


「こういう時は、同族の職人がやっているお店に飛び込んで、魔導具専門店の場所を聞いてみるというのが基本だぜ?」


 ヨースはそう言うと、お店の中を覗き込みながら職人の種族を確認していく。


「……ということは、ヨースは大鼠族がやっているお店を探しているのかしら?」


 ララノアは、ヨースの背中を見ながら、カイナに聞く。


「どうかしら? 大鼠族の職人を探すより、ドワーフ族の方が早く見つかりそうだけど……」


 カイナがそう言うのも仕方がない。


 大鼠族はその手の形状から繊細な作業が多い職人仕事には向いていないからだ。


 だからこそ、大鼠族は行商をしている者が多いのである。


 そんな会話をしていると、


「お、いたぞ!」


 と言ってとあるお店に入っていった。


 コウも後に続いていく。


 そのお店は、ランタンの修理を行っているらしく、沢山のいろんな種類のランタンが店内の至る所にズラッと並んでいる。


 そして、店主はドワーフだ。


「……いらっしゃい」


「この辺りに魔導具専門店、それも、魔法収納鞄の修理ができるところはあるかい?」


 ヨースはいつもの調子で、相手がドワーフということで気楽に聞く。


「……客じゃないのかよ。──……魔導具専門店だな? それなら、ここからすぐ右に入ったところの路地に看板の無い茶色の壁のお店がある。そこがあんた向きのお店だろうよ」


 ドワーフの店主はヨースとコウを見て、そう答えると、手で払うようにとっとと帰れという素振りを見せる。


「ありがとうございます」


 コウがお礼を言うと、少し驚いた反応をする。


 どうやら、コウを人族だと思ったようで、それがドワーフに礼を言うとは思っていなかったようだ。


「お、おう」


 ドワーフの店主はバツの悪そうな返事をすると、作業に戻るのであった。



「ここみたいだな」


 ヨースは路地に入った狭い通りに目的である魔導具専門店が数店舗並んでいた中に、看板の出ていない茶色い壁のお店の前でそう確信した。


「本当に看板出ていないね。大丈夫なのかな?」


 コウが営業しているとは思えない雰囲気に首を傾げる。


「こういうお店は、腕がいいから看板無しでも客が来るんだよ、きっと」


 ヨースをそう言うと、扉に鍵がかかっていないことを確認すると、堂々と入っていく。


 コウ達もその後に続いて店内に入っていくのであった。


 カラン、コロン。


 扉に付いていたがベル店内に鳴り響く。


「いらっしゃいニャン」


 すると、独特の語尾の声が店内の奥から聞こえてきた。


「あのドワーフの店主。俺への嫌がらせでここを紹介しやがったな……!?」


 ヨースは思わず、コウにだけ聞こえる小声でそう漏らした。


 コウがその意味が分からず、「?」という感じで店内の奥を見る。


 そこには、猫の姿をした異種族が立っているのであった。

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