第141話 村から街へ 第四章

 バルバロス王国とヘレネス連邦王国の間に、南から北にかけてあるアイダーノ山脈は、両国の緩衝地帯として存在している。


 そして、その村は、その緩衝地帯にあった。


 普通ならば、緩衝地帯に村ができることなど認められないところだが、非公式で存在することは度々あったので、この村も黙認されていたのである。


 その黙認されたエルダーロックの村は、両国の思惑を無視して急速に発展を続けていた。


 数か月前には境を接しているダーマス伯爵との間で問題が起き、その存在が世間の注目を浴びたがそれも一時的なもので、ドワーフが作った辺境の村について興味を持つ者はごく少数である。


 そういう意味では、エルダーロックも過疎化しそうなものであるが、現在、興味を持つ者達が、少しずつだが確実に移住をする為に集まりつつあった。


 そのお陰で、エルダーロックは、発展を続けている。


 人口がすでに三千人近くになっていることを考えれば、その証明となるだろうか?


 このエルダーロックは、特殊なことにドワーフの村としてスタートしたが、その後、人族以外の異種族が続々と移住してきたことで、なかなか多種多様さに富む村と化している。


 異種族同士となれば、文化の違いが問題になりそうなものであったが、ドワーフが中心の村ということでその文化を一番に尊重してもらうことを条件にして、それが嫌なら出て行ってもらうことになっていた。


 「郷に入っては郷に従え」ということだ。


 たまに、ドワーフ中心の文化を気に入らないのか「俺達の文化を尊重しろ!」と訴えながら、移住してこようとする種族もいたが、「それなら自分達で村を作れ」と受け入れを断っている。


 移住先の文化を受け入れられない者が、異種族同士での生活が可能とは思えないからだ。


「熊人族というのは、独特でしたね……」


 移住を断り、追い払った熊人族を見送りながら、ハーフドワーフであるコウはため息混じりにそうぼやいた。


「彼らは自分達の血筋に誇りを持っているようだからな。どうやらドワーフを下に見ていてその文化を尊重するのが気に入らないのだろう。だが、相手に頭も下げられない者達を迎え入れれば、ルールに従わず好き勝手にやろうとするだろう。そうなればこの村は瓦解する。到底うちでは受け入れられないな。はははっ!」


 エルダーロックの村長であるドワーフのヨーゼフが、コウの背中を叩いて答えた。


「やれやれ。やっぱり、こうなったか。俺も最初から反対だったんだよなぁ。熊人族は勇猛果敢な獣人だが、相手に妥協することができないんだ。だから俺は商売相手としても避けているのさ」


 鼠の姿をした大鼠族のヨースが、そう漏らす。


 どうやら過去に、問題が起きたことがあるようだ。


 相手にするのは二度とごめんだとばかり、首を振る。


「それにしたって、人の村でお世話になろうとするのにあの態度はないわよね。完全にドワーフや他の種族を見下していたじゃない」


 村長の娘カイナが、怒った様子で、不満を口にした。


「本当にそう。ああいう相手は、もう二度と受け入れない方がいいわ。ここがいくら自由の地とは言え、ドワーフの村だもの。その文化を受け入れないけど、俺達の文化は受け入れろって良く言えたものだわ!」


 人とダークエルフのハーフであるララノアも友人のカイナに賛同するように大きく頷くのであった。



 境を隣接するダーマス元伯爵の襲撃事件から四か月程が経っているエルダーロックの村は、事件をきっかけに、また、異種族の者達が移住を求めて集う者が後を絶たなくなっている。


 先程の、熊人族もその一種族であったが、あまりに自分勝手で頭を下げるつもりもなさそうだったので、村長のヨーゼフが門前払いしたように、誰でも受け入れるというわけではない。


 こうなるとドワーフは都合のいいことを言って人族と同じように差別するのかと非難する者もいるのだが、問題を抱えている者を招き入れる程、お人好しでもないというのが、ヨーゼフの判断である。


 それでも、移住者の数は増え続けていた。


 現在、村の人口は三千人近くであり、丁度、そのことについて村長宅で幹部会による話し合いが行われようとしていたのである。


村長宅に一同は戻り、


「コウから提案があったが、みんなはどう思うか?」


 と村長ヨーゼフが進行役としてみんなに改めて意見を求めた。


「俺も賛成だ」


 ダンカンがコウの意見に賛同する。


「こんなに人口が増えたら当然だろう」


 村長ヨーゼフの右腕である『太っちょ』イワンもコウの意見を支持した。


 他の幹部達も一様に頷くと「「「賛成」」」と応じる。


「……みんなの意見はわかった。──では、このエルダーロックは、村から街に改める!」


 すると、幹部達から拍手が沸き起こった。


 街を名乗るということは、それだけこのエルダーロックが人口が増え、発展してきたということの表れだからだ。


 最初は、このエルダーロックが有名になり過ぎると問題も増えるから村のままで良いのではないかとヨーゼフ以下、みんなも慎重になっていたのだが、ここまでくるとそうも言っていられない。


 実際、人口が三千人近くいるとなると中規模の街と変わらない数だから、村と言い張ることにこそ無理があったのだ。


「それでは今から、街長の投票に移りましょう! ──僕は引き続き、ヨーゼフさんがいいと思うのですがどうでしょうか?」


 コウが、ここぞとばかりに街長には、また、ヨーゼフを推薦する。


 そうなると村の英雄、もとい街の英雄であるコウが推薦するヨーゼフを反対する者がいるわけがない。


 参加しているエルフ族や獣人族などの異種族代表達もコウに対して一目置いている者がほとんどである。


 それに、自分達を受け入れてくれたヨーゼフにも感謝と尊敬こそすれ、街長になることに反対する者などいようがない。


 幹部会は全員一致でエルダーロックの初代街長にヨーゼフを決定するのであった。

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