第138話 子爵の使者
ボウビン子爵領境の検問所襲撃事件が起きたことで、ボウビン子爵との間に結ばれていた通商協定が一時凍結されることになった。
当然ながら襲撃したのはエルダーロックの村の者ではない。
それは、ボウビン子爵もよくわかっており、領内で起きた異種族を排斥する暴動を取り締まることでそれを示した。
だが、一度、領境で起きた民衆による異種族襲撃死傷事件で興奮した民衆達は、さらにその後にエルダーロック側が緩衝地帯に見慣れぬ部隊を展開したことでそれを理由に、自分達が異種族を襲撃したことで死傷者が出たことの正当性を主張した。
そう、彼らは、検問所襲撃事件はその謎の部隊によって行われたものだとこじつけたのだ。
そして、その危険性を訴えることで騒ぎを大きくしようとしていた。
ボウビン子爵はその主張を信じていなかったが、亡くなった領兵の家族を中心に民衆が騒ぐのでエルダーロックの村にその真意を確認する使者を送ることにする。
使者はボウビン子爵の次男で、命がけのつもりでエルダーロックの村に初めて訪れたのだが、想像に反してとても長閑な雰囲気なので呆気に取られていた。
想像では、ドワーフ達を中心とした異種族達は死傷者を出したこちらと、戦争の準備でもしているのではないかと考えていたからだ。
だから、ボウビン子爵領の雰囲気とは全く違い、殺気立つ様子がないので、訪れる場所を間違えたのではないかとボウビン子爵の次男は、勘違いしそうであった。
「よくぞ、いらっしゃいました。私は、このエルダーロックの村の村長を務めるヨーゼフです。本来であれば、こちらから使者を出したかったのですが、そちらの領地は、あまりに殺気立っているようなので少し様子を窺っていたのですよ」
村長ヨーゼフはそう言うと、ボウビン子爵の次男を歓迎した。
「い、いえ。確かにご指摘の通り、領民達が殺気立って異種族に対し略奪や暴行を行う者がいる始末で、わが父、ボウビン子爵は、異種族の領民を保護してもらえたことに感謝しております」
使者の次男はそう言うと頭を下げる。
「そちらの事情はわかっているつもりです。実際、検問所の襲撃犯は謎のままですから、こちらを疑うのは当然。その確認の為の使者ですよね?」
村長ヨーゼフは、ずばり、使者の真の目的を指摘した。
そして続ける。
「我々も、この襲撃犯を捜索している最中なのですが、五十騎程の馬の足跡が現場付近に残っているのは気づかれましたかな?」
「ええ。我が領の領兵隊長もそれを指摘しておりました。統制の取れた騎馬の群れ、それが我が領内の検問所を襲撃した相手だろうと……」
使者の次男は、領民からの報告で統制の取れた謎の部隊を組織しているエルダーロックを疑うように言葉を濁した。
「それならうちは、疑いが解けましたね」
村長ヨーゼフの傍で一緒に話を聞いていたコウが、疑いを否定した。
「……? それはなぜでしょうか?」
使者の次男は、怪しい部隊を組織しているエルダーロックが一番疑わしいはずだから、疑問符が頭に浮かぶ。
「エルダーロックには五十頭もの馬がいません。それに軍馬ではなく、馬車を引いたり、農耕馬として利用するものが二十頭あまりいるだけですから。そちらが疑っているであろう、うちの剣歯虎部隊やヤカー部隊の足跡では馬の蹄とは全く異なります」
コウはそう言うと、使者の次男を外に村長宅の外に誘導すると、剣歯虎のベルとヤカー・スーを連れてきて足の裏を使者の次男に見せて証明した。
使者の次男の護衛としてついていた兵士がその足の裏をじっと確認すると、
「そちらの彼が指摘する通り、全く違う足跡です。それに村を見渡す限り、指摘された馬の数はとても少ない様子。……ただし、隠している可能性も疑われますが」
と一つの疑惑を残す指摘した。
「まあ、そうなりますよね。ですが、この村が出来てわずか一年あまり。最初から軍馬を五十頭も用意する為には、野生の馬でもかき集め、訓練する必要があります。ましてや、この緩衝地帯には野生馬の生息を確認したことはないのでそれも不可能なことですが」
コウは護衛の疑問に対しても的確に答える。
「……確かに。そうなると盗賊や山賊の疑いもありますが、訓練が行き届いていることを考えるとやはり、どこかの訓練された部隊の可能性は拭いきれません」
護衛はコウの言葉に納得すると共に、やはり、可能性としては完全否定できないことを匂わせた。
「個人的な想像ですが、このエルダーロックとボウビン子爵殿が仲良くするのを快く思わない勢力があるとするならば、その疑問もすぐに解けると思うのですが?」
コウは使者の次男に向き直って第三勢力の存在を指摘した。
「……それは失念していました。確かに、我がボウビン子爵領はエルダーロックの村との通商協定で大きな利益が生まれて潤いつつあります。それに嫉妬する他貴族がいてもおかしくありませんね……。それに気づかなかったとは……!」
使者の次男は、コウの鋭い指摘に目を見開いて驚くと、第三者の存在に考えが及ばなかったことを恥じる。
「実はこちらでも、その可能性が一番高いと考え、それを実証すべく罠を貼っている最中なんです」
「「「罠?」」」
使者達はコウの言葉に疑問符を頭に浮かべ、その真意を聞く。
「わははっ! 極秘なので今は何も答えられませんが、その罠に敵が引掛かったら、お知らせ致しますよ」
コウに代わり、村長ヨーゼフがそう答える。
「……わかりました。今日はこちらに一泊させてもらい、明日にはこの報告の為に一度帰らせて頂きます」
使者の次男は村長ヨーゼフに答えると、凍結された協定の解除についてはその罠が成功した後に改めて話し合うということになった。
そして、会談が終了すると使者達は、コウの先導の元、この日宿泊する宿屋へと案内してもらうのであった。
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