第139話 罠と餌
ボウビン子爵の次男である使者との会談があった翌日。
使者の次男は、護衛と共に、エルダーロックの村をあとにしようとしていた。
村の出入り口には見送りの為に村長であるヨーゼフ、右腕である『太っちょ』イワン、同じく村の幹部であるダンカンなどが見送りに来ている。
コウも
ダークエルフのララノアや村長の娘カイナも
「それではうちの者が領境までお見送りしますので、道中ご安心ください」
村長ヨーゼフがそう言うと、少年姿のコウとダークエルフの娘、村長の娘という一見すると心許ない護衛? に使者の次男は「お気遣いなく」と礼儀上答えるのであったが、内心では気遣われていないな、と苦笑して馬車に乗り込み、エルダーロックの村をあとにするのであった。
帰り道はよく整備された専用路を順調に進み数時間が経過していた。
「あちらが女子供という心許ない護衛を付けたのは、何か異種族なりの意図があるのだろうか?」
使者の次男は同乗している部下に疑問を口にした。
「さあ? 私もそのような見送り方は聞いたことがございません。何かドワーフ族特有の慣習でしょうか? もしかしたら、専用路はそのくらい安全です、というアピールかもしれませんね」
部下は、次男の疑問に明確な答えがなかったので憶測でそう答えた。
「……なるほど、そうかもしれない。来る時、一定間隔で駅舎があり、そこで休憩できるようになっていたし、駐在する警備隊もいたからな。──だが、気のせいか? 帰り道の駅舎の警備隊の人数が減っているように見えたが……」
次男は部下の分析に少し納得して見せると、さらに疑問を口にする。
「そう言えば、先程の駅舎は閑散としていましたな。来る時は賑わっていたので感心していたのですが……。もしかして、我々への見栄からそう見せていただけなのでしょうか?」
部下は穿った推測をした。
「……条約を結び直した今、これ以上、見えを張る必要がないということか……。ドワーフめ……、したたかなことだな」
次男はまんまと自分達は乗せられていたのかもしれないという思いに至って、再度の条約締結は早まったかもしれないと後悔し始めるのであった。
その時である。
外が騒がしくなってきた。
馬車の横に部下の騎兵がいち早く寄せてきて、
「次男様、敵襲です!」
と知らせてきた。
「敵襲!? 相手は誰だ? 異種族か!?」
次男は目をむいて相手を見定めるべく聞く。
「見る限り人族のように見えます。ですが、顔を隠しているので確信はもてません!」
部下はそう答えると、剣を抜いて馬車を守るべく応戦する。
すでにエルダーロックの村から護衛として付き従っている剣歯虎に跨る少年やヤカー・スーに騎乗する女二人は応戦しているのであった。
「敵の数は五十余り! 多分、ボウビン子爵領の検問所を襲った連中と同じ奴らかもしれない!」
コウは戦斧を魔法収納鞄から取り出すと、ベルに跨ったまま身構えて答えた。
「──ということは?」
ヤカー・スーを駆るララノアが、ニヤリと笑みを浮かべて応じる。
「罠にかかったということね!」
同じくヤカー・スーを駆る村長のカイナが、狙い通りとばかりに告げた。
そう、エルダーロック側の犯人を捕まえる為の罠とは、専用路の警備を一時的に減らし、使者一行を狙わせるというものであったのだ。
つまり、ボウビン子爵の次男を敵の餌にしたのである。
コウはボウビン子爵領の検問所が襲撃された時点で、人族によるものであることは現場に残された足跡から確信していた。
そこからその原因は自分達エルダーロックとの結びつきに対する嫌がらせ、嫉妬、妬みなどがすぐに予想できる。
想像通りなら両者の結びつきを強める使者一行を帰り道の緩衝地帯で襲撃して全滅させれば、エルダーロックの責任としてボウビン子爵は、エルダーロックとの関係を破棄すると考えて襲うのではないかと予想したのだ。
村長ヨーゼフも同じことを考えていたので、すぐに罠を張ったのである。
そして、この罠にまんまと敵が引っ掛かってくれた。
あとは、近くに伏せてある剣歯虎部隊、ヤカー部隊が援軍に駆け付けるまで奮闘するだけである。
ちなみに、コウとララノア、カイナが護衛役になったのは、護衛役として申し分がないが、敵が襲いやすそうな見た目ということで白羽の矢が立った形であった。
コウ達は一応、守りに徹する姿勢で応戦している。
ここで、いきなり本気を見せて蹴散らすと、援軍が来る前に逃げられてしまう可能性が考えられたからだ。
だが、いざ戦ってみると、敵はとても訓練されて動きが良く、一騎一騎もかなりの腕前であったのでその心配はなさそうであったが……。
使者である次男の部下達はわずか五名。
敵は訓練を受けているであろう精強な五十名余りの部隊ということで、ボウビン子爵の使者側は絶望的な戦いになっていた。
「次男様だけは必ずお守りしろ! ここで傷一つでも付けさせてみよ、子爵様に合わせる顔がないぞ!」
指揮官のその言葉に、部下達は奮起して馬車を命がけで守ろうとする。
だが、その心配も意外にすぐ解消されることになった。
それはコウ、ララノア、カイナの三人が獅子奮迅の活躍を始めたからだ。
敵はこの三人の強さに一瞬怯んだが、数で圧倒的に勝ることから、遠巻きに馬車を狙って火矢を放つ。
だが、それは、ララノアの契約精霊フロスの氷の息によってすぐに吹き消され、火矢を放った弓兵にコウがベルに跨って突っ込んでいき、戦斧を振るってあっという間に蹴散らす。
カイナは、馬車に肉薄する騎兵の足元を土魔法で攻撃して馬を棹立ちにして兵士を地面に落とした。
これは逃げる手段を奪う為だ。
敵が馬車を攻めあぐねていると、近くに伏せてあった剣歯虎部隊、ヤカー部隊がようやく駆け付けてくれた。
「もう、援軍が駆け付けた、だと!? 想定よりかなり早すぎる! ──ひ、引け!」
当初、無言で襲撃を行っていた敵であったが、援軍の速い到着に慌てて、指揮官が思わず声を上げ、撤退命令を出す。
コウ達はその瞬間を見逃さなかった。
馬車の心配がなくなったので、コウとララノアは攻勢に打って出る。
コウは指揮官を、ララノアは逃げ足が速そうな相手を目指してヤカーを駆って突っ込んでいく。
コウは指揮官と思われる男の槍を握る右腕を一瞬で切り落として、苦しむところを指揮官の左手を掴み馬上から引きづり下ろした。
ララノアは援軍の包囲から逃れようとする者達に追いすがって容赦なく斬り捨ていていく。
そこに馬より速く走る剣歯虎部隊も加わり、単騎で逃げおおせるのは無理そうであった。
残りの者達はばらばらに逃げるのが不可能と考えると、密集体形でヤカー部隊に突っ込んで活路を開こうとしたが、ヤカー部隊は鎧を纏わせた重装騎兵である。
軽騎兵の突撃を跳ね返し、騎乗するドワーフ達が、精鋭であるはずの敵を次々と返り討ちにしていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます