第137話 検問所襲撃事件
エルダーロックの村は専用路の完成によって、村の生産物もバルバロス王国に輸出することが順調に行われた。
これにより、その玄関口になっているボウビン子爵領は税収が大きく上がり、エルダーロックの村との結びつきも強めつつある。
ボウビン子爵は貴族だから、必ずしも異種族相手と対等な取引というのは満足しないのではないかと疑うところだろうが、ボウビン子爵はそれ以上に領内の貧困に困っていたから、それが解消されつつあるので喜んでいた。
つまり、ボウビン子爵にとっては差別より、領民がまともな生活を送ることができることの方が大事だと判断したのである。
それに、エルダーロックの村の住民達は乱暴狼藉を行わず、礼儀正しく領内を通過するから今のところ問題らしい問題は起きていないことも大きい。
酒場で酒好きドワーフ達が騒いでいることはあったが、それは許容範囲内のことであったから、トラブルにはならなかった。
こうして、エルダーロックの村民達の評判は日増しに上がっていたのであった。
ある日、緩衝地帯との領境にある検問所が、深夜に襲撃される事件が起きた。
警備にあたっていたボウビン子爵領の領兵五名全てが惨殺され、にわかにエルダーロック側の犯行ではないかという疑いが広まる。
「やっぱり、ドワーフ《モグラ》共は酒場で偉そうにしてて信用できないと思っていたんだ。鼠の連中も金にがめついからな。きっと、税を取る検問所が邪魔になったんだろうさ!」
「ついに奴らが本性を現したぞ! 領主様に願い出て奴らの討伐をお願いせねば!」
「「「そうだ、そうだ!」」」
ここぞとばかりに異種族がのさばるのを許せなかった連中がエルダーロックの住民を攻撃するように訴え始めた。
こういう連中は、周囲が先に貧困から脱出してしまうことで、自分達だけその恩恵に預かれていないことをそのドワーフ達のせいにしたかったのだろう。
中には過激なことを言って同じ境遇の者達を煽り始めた。
「領内にいる奴らは全員血祭りにして、異種族は駆逐してしまおう!」
「「「おお!」」」
こうして、一部の暴走した領民が鍬や鎌、中には剣まで持ち出して徒党を組み、ボウビン子爵領内にいる異種族を襲撃することになる。
これに慌てたのがボウビン子爵だ。
せっかく領内が潤ってきたのに、犯人もわからない襲撃事件のせいで全てが台無しになりかねない。
慌てて領内を通過するエルダーロックの村の住民達の保護を領兵に命じた。
幸いエルダーロックの住民は検問所襲撃事件発生後すぐに警戒して、ボウビン子爵領への通行を一時的に止めていたので、ほとんど被害は出なかった。
もちろん、このタイミングで子爵領を通過してエルダーロックの村に帰ってくる者もいたのだが、そちらはボウビン子爵が保護を命じた領兵によって間一髪守られることになった。
しかし、元々領内に住んでいた異種族の者達が災難に遭うことになる。
少しよい生活をしていたというだけで、エルダーロックの村と繋がりがあるのだろうと決めつけられ、襲撃を受けたのだ。
襲撃犯達は、裕福な異種族を目の敵にして略奪や暴行、そして、放火を行ったので、これにはボウビン子爵も後手に回ってしまう。
まさか、異種族とはいえ、同じ領民を襲う者がいるとは思ってもいなかったのだ。
すぐに、エルダーロックの住人には領内から退去してもらい、今度は自領の異種族の保護にあたる。
しかし、これがまた、一部の領民の反感を買うことになった。
「なんで検問所の領兵を皆殺しにした異種族を守るのだ!?」
とである。
もちろん、検問所を襲撃したのは、エルダーロックの者達ではない。
だが、勝手に異種族のせいだと決めつけた者達にとっては、それが真実となり、より一層、領内の異種族を襲撃する口実となり、エスカレートしていくのであった。
そしてついに、その時がきた。
つまり、暴動により、死人が出たのである。
命の危険を感じた異種族は、ボウビン子爵領から逃れる選択をしてエルダーロックの村に向かう為、緩衝地帯の領境に向かう者が家族単位で増えていたのだが、それが民衆には、
「ほら、やはり、奴らは繋がっていたんだ! 犯人が混ざっているのかもしれないぞ、逃がすな、殺せ!」
という口実になったのである。
異種族の者達は、一層、命の危険を感じて領境に殺到し、緩衝地帯に逃れようとした。
だが、この残虐な者達が次々に女子供容赦なく襲い掛かり、死者が出たのである。
異種族の者達もこうなると、戦いの経験がない男達が家族を守る為、棒切れを持って抵抗を始めた。
家族を守る為だから、彼らも必死だ。
そこに子爵の命令を受けた少数の領兵隊が止めに入る。
しかし、圧倒的に数で勝る襲撃者達は、その領兵隊も飲み込んで、緩衝地帯まで逃げる異種族に襲い掛かるのであった。
「
「だが、決してボウビン子爵領内には入るなよ! そうなると越境問題になるぞ!」
「「「おお!」」」
緩衝地帯の森から、大きな声が聞こえると、剣歯虎に跨ったドワーフの部隊が現れた。
率いるのはワグ、グラ、ラルの髭なしドワーフグループの三名である。
剣歯虎隊はすぐに緩衝地帯で追われる異種族の者達を守る為、襲い掛かる襲撃者達との間に、剣歯虎に跨ったまま入った。
そして、剣歯虎が狂暴な牙を見せて、威嚇する。
これには熱気に包まれ勢いづく襲撃者達も少し怯んだ。
「下がれ! ここはすでに緩衝地帯だ! つまり、お前らを守る者は誰もいない。ここで何が起きようとも命の保証はできないぞ!」
ワグが戦斧を掲げて、そう警告する。
グラ、ラルもそれぞれ自分の武器を掲げると隊列を組み、突撃の姿勢を取って身構えた。
あまりに訓練が行き届いてる剣歯虎隊の隊列に恐れおののいた襲撃者達は、先程までの狂気に満ちた熱気は急激に収まり、たじろぐ。
そこに、剣歯虎のベルに跨ったコウが、蜥蜴鎧を付けた二足歩行蜥蜴のヤカー・スーに跨った重装騎兵五十騎を率いて駆け付けた。
その後続として荷馬車を引いた部隊もいる。
「死にたい者は前に出よ! 僕が相手をするぞ!」
コウはベルに跨ったまま魔法収納鞄から大きな戦斧を取り出して大きな風が巻き起こる一振りを見せると、大きな声で警告した。
これには数で勝っていた襲撃者達も完全に戦意を削がれた。
何しろ相手は、見たことがないヤカー種に跨る重装備の騎兵隊だからだ。
その為、怖気づいた後続の者達が悲鳴を上げて一人逃げ、二人逃げすると、それはすぐ全体に伝播し、ボウビン子爵領へと逃げ返っていくのであった。
「ヤカー部隊は怪我人の収容のお手伝いをお願いします! その間、剣歯虎部隊は警戒態勢を崩さないでください!」
コウは剣歯虎部隊とヤカー部隊にそうお願いすると、自身も逃げてきた異種族の者達を荷馬車に乗せて回収していくのであった。
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